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 タオルを渡された意味は、分からない。  だけど、決まっていることはひとつだけ。 「……必要、ない」  そう言って、俺は高遠原にタオルを突き返す。 「俺を無理矢理連れてきた理由は、これ? ふざけんなよ、マジで……っ!」  ここでタオルを借りれば、コイツはその話をネタに俺を脅すだろう。  この男はそういう奴だと、俺は知っている。  だからこそ俺は立ち上がり、高遠原に背を向けようとした。  けど、高遠原は俺を呼び止める。 「待てよ、諸星。……話がしたい」 「いやだ。俺は高遠原と話すことはなにもない」 「そっちはなくてもこっちはあるんだよ。とにかく、逃げんな」 「うるさいっ! 俺は逃げてるワケじゃないし、お前にかまわれたくないんだよっ!」  このままここにいても、埒があかない。  コイツは俺と、話がしたいらしい。だけど、俺はこんなところ……一秒でも早く出て行きたい。  口論したって、意味はない。だったら、強行突破しかないだろう。  高遠原に背を向け、俺は玄関から出て行こうとした。  ――瞬間。 「――待てよ、真冬……ッ!」  ――ギュッ、と。  ――抱き締められた、感覚。 「な、っ!」  いきなり、背後から何者かに抱き締められた。それは、分かる。  そしてその【何者か】など、一人しか考えられない。 「なに、して……っ! こんなの、家族に――」 「忘れたのか? 今日は誰も帰って来ないっつの」  今日は、金曜日。  余談だが、仕事の都合上……高遠原の両親は金曜日。家に帰ってこない。それは、小学生の頃から知っている。  だからと言って、だ。  高遠原の両親が不在だとしても、こんな風に腕を回される理由にはならない。 「だと、しても……っ、は、離れろよ……っ!」 「ここで離れたら、お前は帰るんだろ。……だったら、離すワケねェ」 「俺は、早くこんなところから帰りたいし、話すこともないんだよ……っ!」  突然のことに動揺してか、口がうまく動かないのが、悔しい。  こっちはかなりテンパっているのに、高遠原は動じていない。  むしろ……やけに、落ち着いていた。 「――真冬」  耳元で囁かれた声に、背筋がゾクリと震える。  高遠原のこんな声……聞いたこと、ない。 (――何で、そんなに……優しい声、で………っ?)  ゾッとするほど、優しい声。  その声色は……いつもの高圧的で腹立たしい物言いとは、全く違う声で。  ――まるで、恋人を呼ぶかのような……甘い声だ。  尚更、思考回路がグチャグチャに乱される。  だが、更におかしなことが起こった。 「……ひ、っ!」  ――背筋が、ゾクッと粟立つ。  ――前触れもなしに、いきなり耳朶を甘噛みされたからだ。

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