33 / 83
4話 : すれ違うのが好き 1
ある日の、木曜日。
昼休みだ。
「あ、真冬くーん!」
突然、女子に名前を呼ばれたのは。
俺のことを下の名前で呼ぶ女子は、一人しかいない。
「胡桃沢さん?」
胡桃沢さんはよく、俺に話しかけてくれる。
高遠原が子供の頃にしたことを、知らないのか。……もしくは、知っているからこそ関わってくれるのか。
とにかく、胡桃沢さんは優しい人だと思う。
長い髪をフワフワと揺らしながら、胡桃沢さんは俺の前で手を合わせた。
「世界史の教科書、ある? あったら貸してほしいの! 今日、世界史があるって忘れちゃってて……」
「あ、うん。あるから、今持ってくるよ」
「あるのね! よかった~! じゃあ、お邪魔しま~す!」
廊下で待っていてくれたらいいのに、胡桃沢さんはわざわざ教室までついてくる。
すると、俺のすぐ真後ろの席に座っている徹が、胡桃沢さんに気付いた。
「あれっ、詩織じゃん? わざわざどうした? ……もしかして、徹くんに会いたくなっちゃったのか~?」
徹が冗談めかしたことを言う。
だけど、胡桃沢さんはサラリと受け流す。
「教科書を忘れちゃったから、真冬くんに貸してもらうのよ」
その答えに、徹は眉を寄せた。
「んん? 何で美鶴に借りないんだ? 親戚だろ?」
ピタリと、俺は動きを止める。
確かに、それもそうだな。……そう、思ってしまったからだ。
胡桃沢さんはよく、俺にちょっとしたお願いをしてくる。
(高遠原じゃ、いや、なのか?)
俺は自分の中でそう結論を出し、机の中から世界史の教科書を取り出す。
なにも返事をしない胡桃沢さんを見上げながら、徹は笑う。
「まぁ、美鶴の教科書は使いたくないかっ!」
「何で徹はそう思う?」
ストローでジュースを飲んだ徹が、何でもないように答える。
「詩織が美鶴に頭下げるとか、想像できねぇじゃん?」
「確かに」
徹の答えも、俺と同じだった。
俺は胡桃沢さんに、世界史の教科書を渡す。
教科書を受け取った胡桃沢さんは、パッと笑顔を浮かべる。
「ありがと、真冬くん! もうっ、お姉さん助かっちゃうな!」
「『お姉さん』って……年齢、変わんないでしょ」
愛くるしく笑う胡桃沢さんは、綺麗だ。
……それに、可愛いと思う。
(高遠原と胡桃沢さんって……一回くらい、付き合ったりしたこと……ないのかな)
いがみ合ってるけど、何だかんだで相性はいいんじゃないか。
そう考えて、すぐに首を横に振る。
(胡桃沢さんの尻にしかれる高遠原とか……想像できない)
一人で笑いをこらえていると、胡桃沢さんが突然……俺の頭を撫でてきた。
「な、なに……っ?」
「ん? よく分かんないけど、はにかんでる真冬くん可愛いな~って」
同じことを、高遠原にも言われた気がする。
『いや? 可愛いな、と思ってな?』
親戚は、言う冗談が同じらしい。
ともだちにシェアしよう!