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 翌日。  金曜日の、朝。  いつも通り徹の家の前で、徹を待つ。  すると数分後、トーストをくわえた徹が出てきた。 「おまたへっ!」  ネクタイはグチャグチャ。  朝食は途中。  オマケにズボンのチャックは今上げた。  髪……は、いつもと同じく寝癖つき。  明らかな、寝坊だ。 「おはよう徹。……ネクタイ、やろうか?」 「んむっ、んぐっ! ぶはっ、頼む、真ふ――って、真冬? どうした?」  徹のネクタイに伸ばした手が、ビクッと一瞬、はねる。 「首、怪我したのか? あと何か……顔、ちょっと腫れてね?」  トーストを無理矢理飲み込んだ徹が、心配そうに俺を見下ろす。  その目は、温かい。  だけど俺は、必死に考えていた言い訳を紡いだ。 「き、のうさ! 旧体育倉庫の掃除、頼まれたんだけど……信じられないくらい汚かったんだ! いきなり棚から用具が落ちてきたりして……たぶん、そのときの傷だと思う!」  ヘラヘラと笑って、徹の疑問に答える。  ネクタイをしっかり縛り、距離をとった。 「ふーん?」  口の端についていたパンくずを指で拭った徹が、ジッと俺を見下ろす。 「……じゃあ、信じるわ!」  クシャクシャっと。  俺の頭を豪快に撫でて、徹は歩き出した。 (ごめん、徹)  徹は、優しい。  こんなにも、優しいんだ。 (嘘吐いて、ごめん……)  だからこそ、言えなかった。  放課後になって、俺はあることに気付いた。 (今日、金曜日じゃん……っ!)  今日は、金曜日。  つまり、高遠原の家に泊まる日。 (どうしよう……っ)  生徒玄関で高遠原を待ちながら、俺はグルグルと……高遠原から逃げる方法を考える。  金曜日はいつも、ここで高遠原を待つ。それが、いつの間にか恒例になってしまった。  いつも、高遠原は俺を待たせる。今だって、まだ来ていない。おそらく、女子にでも捕まっているのだろう。  逃げたい理由……それは、俺の体だ。  今の俺は……体中に、キスマークがある。昨日の夜風呂場で確認して、ガッカリしたくらいだ。  こんな体で、アイツとヤるなんて。 (『今日は無理だ』って、メールでもしよう)  携帯を取り出して、ハッと気づく。 (俺……高遠原の連絡先なんて、知らない……)  今まで散々、高遠原を避けていたのだ。  そんな俺が、高遠原の連絡先を知っているはずがない。  どうするべきか悩んでいると、目的の人物が視界に入った。 「……よう、諸星」  取り巻きたちをつれた、高遠原だ。 「あ……っ」  取り巻きたちや、高遠原の視線がどこに向けられているのか、意外と分かり易い。  俺の、首筋だ。 「……行くぞ」  靴を履き替えた高遠原はそう言い、女子たちに軽い挨拶だけをして、歩き出した。 (何とも、思ってない……のか?)  それも、そうか。  俺の首に絆創膏が貼ってあっても、高遠原には関係ない。 (コイツ、俺に嫌がらせするのが趣味みたいな奴だもんな……)  だったら、俺の怪我とか気にしないだろうし……最悪、喜びそうだ。  そんな簡単なことに、何で気付かなかったんだろう。  俺たちは、セフレみたいなもので。ヤれれば、それでいい。  なのに、何で、俺は……。 (『心配されるかも』とか『怒るかも』って、考えたんだろうな……)  分かり切っていた現実を突きつけられただけなのに。  何故か、すごく。  ――悲しかった。

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