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高遠原の部屋に入り、開口一番。
「脱げ」
そう言われた。
「……っ」
別に、キスマークを見られたっていいじゃないか。
高遠原にはきっと、関係ないし。
そうとは分かっているのに、俺は。
(脱げない……っ)
無数に散ったキスマークを『何とかしよう』とは、思った。
思ったのだが……一日ではどうにもできなかったのだ。
「おい、聞こえないのか?」
不遜な態度。
首に絆創膏があろうが、顔が若干腫れていようが。
高遠原にとったら、ただ、それだけ。
大したことじゃ、ないんだ。
「……なぁ、真冬? お前、俺様に逆らえる立場か?」
高遠原の口調には、怒りが滲んでいる。
言うことを聞かないと、変な噂を立てられるかもしれない。
……でも、じゃあ、先輩たちはどうして?
(……もしかして、もう……っ)
俺のしてきたことは、無意味だったのかもしれない。
胸が、チクチクと痛む。
頭が、考えることを拒否しているみたいだ。
すごく悲しいような、複雑な気持ち。
(どうせ、見ても何とも思わないんだろうな……)
諦めなのか、決断なのか。
俺は言われるがまま、制服を脱いだ。
「……ッ!」
下着姿になった俺を見て、高遠原が息を呑む。
無数にある、キスマーク。しかも、自分以外がつけた印。
こんなの……自分でも、見たくなかった。
「後ろ向け」
言われた通り、背中を向ける。
全ては把握していないが……おそらく、後ろにもついているのだろう。
何とも言えない気持ちで立っていると、不意に。
「……痛っ! な、何だよっ!」
グリッ、と。
太腿を指で押された。
思わず声を漏らすも、高遠原はそのことに対しては返事をしない。
「……何だよ、これ……ッ」
呆然としたような。
だけどヤッパリ、怒っている。
そんな……どこか、いつもの高遠原らしくない声。
「こっち向け」
言われた通り、高遠原に向き直る。
「なにがあった?」
高遠原の質問に対して、俺は俯く。
それでも、徹に対してと同じ答えを返す。
「昨日、旧体育倉庫の掃除をさせられたんだけど……そのとき、用具が色々崩れてきたりして。……たぶん、それで怪我したんだと思う」
「ウソ吐くんじゃねェよ。どう見たって、ぶつかってできた痕じゃねェだろ。誰につけられた」
そのまま腕を引かれ、抱き寄せられる。
目の前にある高遠原の目は、怒りを孕んでいるようだ。
いつもとは違う輝きを放っている。
「何で、怒ってるんだよ」
「俺様の質問が先だ。誰にやられた?」
不機嫌さを露わにする高遠原を見て、胸にストンと……落ちてくる。
たぶん、こういう気持ちのことを『悟った』って言うんだろう。
(自分の所有物が勝手に使われて、子供みたいに怒ってるんだな)
ワガママで、俺様で、自分勝手でいやな奴。
高遠原美鶴は、そういう男だ。
気付いた瞬間、胸がすく感じがした。
『お前の、あることないこと悪い噂を流したのには……色々と、理由があった。けど、一番大きな理由は……俺様以外の奴と仲良くしてるのを見るのが、不快だったからだ』
子供の嫉妬心。
ただの、独占欲。
高遠原にとっての俺は、そういう存在だったじゃないか。
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