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金曜日の夜。
美鶴との行為が終わって、いつの間にか眠っていた俺は。
「……あぁ、そうか」
美鶴の声で、目が覚めた。
(独り言……じゃ、ない。何だ……っ?)
聞き耳を立ててみる。
どうやら美鶴は、俺が起きたことに気付いていないらしい。
俺を起こさないよう、囁くように話している。
そして、衝撃的な言葉を口にした。
「――好きだ」
独り言じゃ、ない。
電話だ。
電話の相手に、言っている。
(好き、って……えっ?)
聞き間違いじゃ、ない。
美鶴は今ハッキリと……誰かに。
(『好きだ』って、言ってた……)
美鶴が、誰と話しているのかは分からない。
だけど、何故か……。
「美鶴……?」
電話の邪魔をする気なんて、なかったのに。
俺は思わず『今起きました』といった声色で、美鶴の名前を呼ぶ。
すると俺の声が届いたのか、美鶴がハッとした様子で振り返った。
「切るぞ」
電話の相手はまだ話したいことがあるのか、なにかを言っている。
だけど美鶴は、無視をした。
すぐに通話を終わらせると、スマホを手放した手で、俺の頭を撫でる。
「今の、聞いてたか?」
「え、っと……」
――聞いていた。
――美鶴が、誰かに『好き』って言っているのを。
だけど。
「電話してるのは、わかったけど……相手とか、美鶴がなに言ってるのかとかは……聞こえて、ない」
俺は思わず、嘘を吐いた。
これが正答だとは、思わない。
なのに。
「そうか」
美鶴が露骨に、ホッとした表情を浮かべた。
――それが少しだけ、ムカつく。
「相手、誰だ……?」
あくまで、寝ぼけているフリをしてみる。
目をこすりながら訊くと、美鶴は一瞬だけ口ごもったが……すぐに答えてくれた。
「……詩織」
気まずそうに、ポツリと。
「……胡桃沢さん?」
「そう」
「こんな夜中に、か……?」
座っている美鶴を、寝そべったままジッと見上げる。
そうすると、美鶴がバツの悪そうな顔をした。
――きっと……踏み込まれたく、ないんだ。
「真冬には関係ないから、寝てろ。……それとも、もう一回するか?」
「し、しない……っ」
「あっそ。それは残念」
美鶴の大きな手が、俺の前髪を上げる。
そのまま額に口付けて、美鶴は俺の頭を、小さな子にするような手つきで撫でた。
「おやすみ、真冬」
目が覚めたはずなのに、美鶴にそう言われたら……不思議と、眠たくなる。
『――好きだ』
美鶴には、きっと……沢山、彼女がいた。
だから、俺以外の人にそういう言葉を言っていたって、変じゃない。
……変じゃない、のに。
(美鶴は、胡桃沢さんのことが……?)
美鶴が胡桃沢さんに告げた、好意。
それを聞いた俺は、何故か。
(美鶴……っ)
すごく、美鶴に抱きつきたくなった。
……そんなこと、できやしないけれど。
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