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人に手を踏まれたのなんて、初めてだ。
しかも悪意を持って、攻撃的に。
そんなの……痛いに、決まってるじゃないか。
「痛っ!」
痛みに呻くも、先輩は足を止めてくれない。
「何でお前なんだよッ! 何でだよッ何でッ!」
「や、やめ――痛い、です……っ!」
「うるせェんだよッ!」
何度も何度も繰り返し踏まれ、手が熱くなってくる。
「こんなモン、壊れちまえッ!」
ガッ、ガッ、と。
明確な悪意と敵意を向けて、先輩がネックレスを踏む。
そして……俺の手も、踏みつける。
「クソがッ!」
踏むという行為に満足したのか、先輩が足を止めた。
だけど最後に、ネックレスを握り締める手を……蹴り飛ばされる。
「二度と高遠原美鶴に媚びを売るんじゃねェぞッ!」
それだけ言い、三人は俺を残して歩き出す。
最後の最後まで、苛立たしげに俺を睨みつけながら。
(媚びなんて、一回も売ったことないんですけど……っ)
吐き捨てられた言葉を思い返して、心の中で困惑する。
先輩たちは、美鶴のことが好き。
だから美鶴が可愛がっていた俺のことが、気に入らなかった。
(だけど、こんなのって……っ)
慌てて、握り締めていたネックレスを見る。
「……っ」
守り、きれなかった。
汚れて、ところどころ土とか砂で傷ついて……一回も身に着けてないのに、すっかり中古品みたいだ。
「初めて……美鶴から貰った、プレゼントなのに……っ」
シンプルなデザインだけど、美鶴が俺のために選んでくれたネックレス。
プレゼントしてくれた意味も、どうしてほしいのかもわからなかったものだけど。
今じゃもう、ボロボロだ。
「……手、痛いなぁ……っ」
動かせるには動かせるけど、痛い。
これだけ痛かったんだから、ネックレスくらい守れたつもりだったのに、守れなかった。
(美鶴と関わると、ロクな目にあわない……)
でも、今回のは……美鶴のせいじゃ、ない。
美鶴は確かに、カッコいい。男の俺でさえ見惚れるんだから、俺以外の誰かが惚れたっておかしくないと思う。
だから、先輩たちが惚れた理由も分かる気がする。
(……でも)
先輩たちのうち、誰か……もしくは全員と、美鶴が付き合ったら?
――すごく、いやだ。
相手が女の子――例えば、胡桃沢さんだったとして。
そうだったら俺は……納得、できるんだろうか。
(美鶴に、会いたい……っ)
つい数ヶ月前までは、顔も見たくなかったのに。
今じゃ、こんなにも……美鶴に会いたくて仕方ない。
「美鶴……美鶴の、ばか……ばぁか……っ」
誰に言うでもない、中身のない暴言。
そんなことを呟きながら、俺はただ呆然と……その場に座り込んでいることしか、できなかった。
5話・監視するのが好き 了
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