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 美鶴は、詩織に告白していなかった。  じゃあ……あの電話は、いったい……? 「お、俺の……っ! 美鶴が、詩織に『好きだ』って言ってたのは、絶対聞き間違いじゃない……っ!」 「それは、確かに……そういう話はしてたが、アイツに言ったんじゃねェよ」 「でも言ってただろっ! 俺、あれからずっとモヤモヤしてたんだぞっ!」 「って言うか、俺様からもお前に質問」  美鶴が突然、ぐっと距離を詰める。 「お前……いつからアイツのこと、下の名前で呼ぶようになったんだ?」  耳に、吐息がかかった。  美鶴の低い声が、頭の中をいっぱいにする。  ――ついさっき。  そう、答えなくちゃいけないのに。 「い、いきなり……耳元で、囁くのは……いや、だ……っ」  俺は美鶴の胸を、押し返すことしかできなかった。  美鶴は今、どんな顔をして俺を見ているんだろう。  顔を、上げられない。……上げられない理由はなにかって?  ――そんなの。 (顔、熱い……っ)  美鶴の顔が近付いてきて、ビックリした。  耳に吐息がかかって、囁かれて。  ドキッと、したから。 「……真冬?」 「な、なに……っ」 「お前――」  美鶴が一度、言葉を区切る。  そして唐突に。 「真冬、外に出るぞ」  俺の腕を掴んで、走り出した。  ワケが分からず、俺は慌てて美鶴を追いかける。 「え、な、なに……っ!」 「お前が隠してた犯人。やっとわかったっぽい」 「犯、人……っ?」 「今さっき、すげェ顔してこっち見てたんだよ」  怪我をした手を見て、血の気が引く。  ――もしかして、今……美鶴が顔を寄せたのを、見てた?  キスマークをつけられたり、手を踏まれたり。  今度はそれ以上のことを、されるかもしれないって。そう考えると。 「……み、美鶴……っ! 俺と一緒にいたらダメだ……っ!」  ――美鶴と一緒にいるべきじゃ、ない。  足を止めると、腕を引いていた美鶴も、つられて止まる。 「ハァッ? お前、なに言って――」 「美鶴も危ないっ! 美鶴は一緒にいちゃダメだっ!」 「ンなこと言ってる場合かッ! いいから、お前は俺様と――」 「――追いかけてきたら、お前のこと……嫌いになるからっ!」  美鶴の胸を押して、俺は走り出す。  どこに行けばいいのか分からないけど、ひとまずは。 (旧体育倉庫だよな……っ)  どうして美鶴が、犯人に確信を持ったのか。それは、イマイチよく分からない。  だけど、美鶴のことを巻き込んでしまうかもしれないなら。 (それだけは……絶対に、イヤだ……っ!)  詩織は俺に、勇気をくれた。  もう少しで……本当に、あとちょっとで……美鶴の気持ちが分かる。  だったら、今日で片をつけたい。 (俺だって、グチャグチャしたりモヤモヤするのは……もう、イヤだっ!)  人を嫌い続けるのは、すごく疲れる。  だから、これからは。  ――美鶴のことを、嫌わない自分になりたい。

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