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「なんだ、料理の皿をじっと見て。ポンコツ駄犬の分際で人様のメシが欲しいのか?」  スルドイ。  度重なるセクハラやパワハラにうんざりしている心情は、一向に読み取れないくせに。 「い、いえ」  俺は慌てて首を振った。 「え、じゃあ鷗くんも食べようよ。見てたら餌付けしたくなる体型だからさあ。それに、生ハム食べてる鷗くんって、想像しただけでエロいというか…」  メガネが自分の取り皿へ、生ハムを追加する。  年齢は俺とさほど変わらないのだろうけど、皿を持つ左手には結婚指輪がはまっていた。 「俺の嫁も、一時期拒食症で悩んでてさ。食べたいって思ったものを食べてたら、元気に」 「やめろ。国見(くにみ)のそういう日和見な性格が、仕事でもいざと言うときに失敗を招くんだ。このアホ犬はな、厳しく躾けてやってこそ丁度いいんだよ」  突如、重形が言葉を遮る。  国見と呼ばれたメガネの男は、続きの言葉を口内でもごもごと濁らせ、肩を落とした。  おそらく、彼はいい人なんだろう。  そしてそんないい人に限って、俺のせいで傷付く。  30年生きてきて、誰も幸せにしたことがない。  珊瑚に言われたセリフを心の中で反復した。 「いや、ほんとに、大丈夫です。すみません」  髪を耳にかけ、国見から目を逸らす。  それは昔から変わらない防衛本能の仕草。  恥ずかしい。嬉しい。怖い。悲しい。  俺は、その全てを「髪を耳にかけて目を逸らす」で表現する。  施設にいた頃、無理やり受けさせられたカウンセリングでそう診断された。  それは、幼少期に感情を殺さざるを得なかった子どもが、自分を守るための数少ない手段の一つ。  その癖が、今も治らない。 「卑しい駄犬が。股開いてちんぽこ見せながら、ごめんなさい、だ。ほら、ぶらぶらさせながら、ごめんなさいって謝れ、ドクズ」  おもむろに立ち上がった重形に髪を引っ掴まれ、俺は頬をデカい手の平で思い切り張り飛ばされた。  バシッと乾いた音が響き、目の前がチカチカして、後から痛みが広がった。

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