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第7話
けたたましい電子音に、意識を取り戻す。
シャワーを済ませた俺は、無意識に濡れた体のまま布団の上へ転がっていたらしい。
暗闇の中、視線の遠く先でスマホのディスプレイが光っていた。
体がだるい。
うなるスマホをすぐにでも黙らせたいのに、腕を伸ばすことすら億劫だった。
どうせろくな相手じゃない。
珊瑚か琥珀、祖父母のどちらか。
あとは一番ハズレの叔父の和志だった。
辛うじて届いた指が、スピーカーボタンに触れる。
「もしもし」
よく通る優しい声。
あろうことか、その声の主は、那緒だった。
「あ、え、あ。もし、もしッ」
一瞬にして駆け巡る脳内のアドレナリンが、早くスマホを取れと体へ命令する。
畳で膝を擦り、ばたばたと音を立ててスマホを自分のもとに引き寄せた。
「すいません、鷗さんの許可なしに琥珀から番号聞いちゃいました」
「いや、別に」
そんなこと全然気にしてないし、むしろ俺、ここ一番の俊敏さで動いたよ、と、思った言葉はなかなか口から出ない。
別に、なんて、味気ない返事で。
声に抑揚もなくて。
「すいません、夜遅くに。今仕事上がったばっかで。迷惑ですよねこんな時間に」
スマホを耳から離せば、ディスプレイに午前2時の文字が浮かんでいた。
「全然、平気」
「あの、珊瑚さんから、今日仕事ブッチしたって聞いて。飛ぶんじゃないのって言われて。俺、鷗さんがそんな無責任な人じゃないの知ってるから、なんかあったんかなって心配で、あの、俺」
電話の向こうで那緒が大きく息を吸った。
「し、心配なんですよ。あの、ほっとけないっていうか。年下のくせに何偉そうなことって。鷗さんのこと、全然知らないくせにって思われるかもだけど」
那緒の言葉が、一つ一つ大事なものみたいに、心の中に積み重なっていく。
俺みたいな欠陥品にも、那緒はこんなにも優しくてあったかい。
30年間、人を不幸にし続けた俺に、もしまだ誰かを幸せにできる力があるなら、それは全部那緒にやってもいい。
「…さん、あの、鷗さん?大丈夫ですか?」
優しい声。
これから先、俺が不幸にしてしまう声。
関わりたくないのに、交わりたい。
「な、那緒。俺…」
那緒に会いたいよ。
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