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 グワッシャーン、と店内に大きな音が鳴り響いた。  ガラステーブルが割れ、ワインがぶち撒けられる。  周囲の客から悲鳴が上がった。 「松井さん、大丈夫ですか?」  琥珀が慌てて飛び出して来た。  珊瑚もモップやタオルを持って駆け寄って来る。 「鷗、なにやってんだ!」  物凄い形相と、声。  オネエ口調が消え去って、本気怒りモード発生中の珊瑚にモップを投げつけられる。 「ぐ、痛ッ」  ガラスの破片で切ったらしい。  左手から血がポタポタと滴っている。 「松井さん、申し訳ございません。何ぼんやりしてんだ鷗ッ!松井さんに謝罪して片付けろ」  俺はおたおたとモップを拾い上げる。  手を切った痛みより、今は恐怖心が上回った。 「すみ、すみませぐふぅッ!?」  立ち上がり頭を下げる俺の腹を珊瑚の膝が捉える。  思い切り鳩尾に入ったせいで、俺は堪えきれずに嘔吐した。 「ぐえ、うえ、ずみ、ずみまぜんッ」  無理やり引き起こされ、もう一発。  シャツのボタンは弾け、俺は床へ沈み込んだ。 「兄ちゃん、他のお客さんもいるから」 「珊瑚くん、僕は大丈夫だから」  二人に宥められても治りつかない珊瑚の怒り。  珊瑚は床でのたうつ俺の頭を踏みつけた。 「やりすぎだって、ちょっと」  顔面蒼白な琥珀が珊瑚の腕にしがみつく。  松井はにやにやと、不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。 「俺の、俺と琥珀の大事な店、無茶苦茶にすんなよ」 「兄ちゃん、大丈夫だって!テーブル壊れただけだ」 「おまえ、俺らがどんな思いで二人で踏ん張って来たか知らねえくせに。いつも自分ばっか不幸ぶって」 「兄ちゃん!」 「見た目弱そうなヤツはいいよなあッ!誰彼構わず甘えて媚び売って。俺はおまえみたいなクズ野郎に、一番虫唾が走んだよ!」  珊瑚はそう言うと、俺から足を退け、割れた破片へ手を伸ばした。  琥珀は無言のまま、モップをかける。  他の客席から死角になっていたとはいえ、騒ぎは聞こえているだろう。  松井がくすくすと笑っていた。  この男は、いったい何がしたいんだ。

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