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お手伝い×クソニート2
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翌日の夕方、きっちりシャワーも浴びて準備完了な俺。普段やる気もクソもなく、パンイチでいることも多いが、ちゃんとする時はするのだ。
「どこいくのさ?」
「お手伝い」
「なんの?」
ユキが押し入れから俺の服を物色しながら聞いてくる。
「知り合いの飲み屋だよ。人が足りない時に呼ばれんの」
「へー」
黒いTシャツにダボっとしたデニムを取り出して、それをまるで自分のもののように着用。幸い、身長が2センチほど違う(俺の方が低い)だけなので違和感は無い。
「オレも行く」
「だろうな」
ユキがここに来て数日、どこへ行くにも何をするにもユキは俺について来る。まるで、犬みたいに。
トイレにまで押し入ってこられたときには、流石に蹴り飛ばしたけど。
俺たちは連れ立って部屋を出る。もはやそれが自然な感じに馴染んでしまってさえいる。
少し離れた繁華街の、路地をちょろっと入ったところにその飲み屋はあって、まあ、いわゆる風営法ギリギリのグレーゾーンな店だ。
時刻はまだ18時を回ったところで、夏場の今、外はかなり明るい。それなのに、古風なネオンに彩られた店には既に客が何人かいた。
「あらぁ、マキちゃん!!いつもありがとぉねぇ!!」
絶妙にキモいオネェ言葉で出迎えてくれたのは、この店のママであるオカマ、エリカちゃん(45)だ。
彼女(改造途中だが一応彼女としておく)は、デブ……じゃねぇ、ふくよかな身体にタイトなドレスをピチピチ……スマートに着こなし、気持ち悪……妖艶な笑みを浮かべてウィンクをよこした。
「オェ、キモッ…」
「やぁだもぉ!!正直なんだからぁ!!」
「正直だけが俺の取り柄だからな」
「イヤん、可愛いんだから!!今度抱いてね!!」
「ムリ。そもそも俺もネコだから」
毎度お馴染みのやりとりをして、店のカウンターに入る。
「エリカちゃん、連れがいるんだけどいい?」
「あらぁ、珍しいわね。そっちの隅の席で飲んでてもいいわよ」
「だってさ、ユキ」
ユキは爽やかな笑顔を浮かべて、礼儀正しく一礼した。
「初めまして、マキの友達の雪村です」
「ユキちゃんね!あたしはエリカ!エリカちゃんって呼んでねぇ」
「はい」
エリカちゃんはユキの全身を上から下までネットリした視線で舐めるように見て、ニッコリ笑った。
ターゲットロックオン。って感じだ。
「ユキ、飲み物何がいい?」
カウンターの端に腰を落ち着けたユキに聞く。少し悩んで応えた。
「マティーニで」
「んな洒落たもんねぇ」
「は?」
「は?」
ここは寂れ切ったオカマバーだぜ?そんな洒落たもんねぇよバーカ!!
「その顔ムカつく」
「奇遇だな、俺もお前の顔ムカつく」
イケメン過ぎて、だけど。
「じゃあなんでもいい」
「はいよ」
バーンと、生ビールを提供してやった。
ユキはジョッキに口をつけると、ものっすごい顔をしかめた。どうやらビールは苦手らしい。ザマァ!!
店は寂れ切っているとは言え、この辺りでは割と賑やかではある。
駅近の繁華街に唯一の異色バーで、自然とゲテモノ好きが集まってくるからだ。
ママであるエリカちゃん以外に二人従業員がいて、そのうちの一人が病欠らしく、かわりに俺が呼ばれたってわけだ。
飲み食い自由で、帰りに手渡しで五万くれるから、嫌々ながらも手伝っている。
「マキはああいう格好しねぇの?」
業務開始から一時間、カウンターの裏でひたすら酒を入れたり食いもん用意したりしていた俺に、退屈なユキが話しかけてきた。
いくつかあるテーブル席は半分ほど埋まっていて、エリカちゃんともう一人のオカマが接待している。キャーとか言いながら、盛り上がっているようだ。
「昔はやった。チャイナとか、ナースとか、一通り」
それで金がもらえるんだから、俺はなんだってする。
「マキならなんでも似合いそう」
「はぁ?んなわけねぇだろ。まあ、人気があったのは認めるが」
俺の容姿は、悪くはない。ユキと並ぶとクソだが。
そんな感じでグダグタと話していると、新たに客が入ってきた。
「エリカちゃん、こんばんは」
「あらぁ!藤間 さん!お久しぶりねぇ」
「そうだね。ちょっと忙しくて……あれ、マキちゃん?」
その客はここの常連で、エリカちゃんと同じくらいの年だが、いつもスーツをきっちり着ている紳士だ。まあ、こんな店に来ているヤツが紳士ってのも変な話だが。
「どうも」
とくに愛想がいいわけでもない挨拶をすると、藤間はにこりと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「君がいるなんて、今日はついてるね」
「はあ」
俺にとってもついてる。というのも、藤間は俺をめっちゃ気に入っていて、めっちゃお金くれる。
「マキちゃん、いつものくれる?」
「はいよ」
カウンターの後ろの棚から、“藤間さん”と札のついたボトルと氷、きっちり磨かれたグラスをふたつ持ってカウンターを出る。
藤間はユキの近くのテーブル席に座った。いつもの席だ。その藤間の隣に腰を落ち着け、俺は用意したグラスに少し値の張るウィスキーを注ぐ。俺のも。
「本当に君は遠慮しないね」
「そうしろって言ったのはあんただろ」
軽くグラスを合わせ、お互いに少し口をつけた。たっけぇ酒はなんでも旨い。不思議だ。
「最近は何してるのかな?」
「パチンコ行って、帰って寝る。それだけ」
「あはは、もう五年もそれしか聞いてないよ」
「プロのニートだからな」
親父が死んで、大学を辞めてからずっとおんなじような暮らしをしてる。藤間はわかっていて聞いてくるんだ。ウザい。
その後も適当に飲みながら世間話を続けた。
途中、客が来るたびに席を外しても、藤間はイヤな顔ひとつしない。何人か常連が来て、エリカちゃんもご機嫌だ。ユキは静かにカウンターで安物のウィスキーを飲んでいた。
「マキちゃん」
ひと仕事して藤間の横に戻ると、藤間が酒で赤くなった顔で真っ直ぐ俺を見た。
「前払いな?」
「はいはい」
藤間がスーツの内ポケットから財布を取り出し、五千円札をテーブルに置く。俺はそれをサッと取ってデニムの後ろポケットに突っ込んだ。
「目、閉じて」
言われた通りに目を閉じる。藤間の息遣いを、直ぐ近くで感じ、その直後に俺の唇に藤間の薄い唇が重なった。
左腕を腰に回し、右手で顎を固定され、藤間の舌が捻じ込むように侵入。紳士なおっさんなのに、キスはめちゃくちゃ粘着質。執念いくらいに口の中を舐めまわされるけど、五千円分は許せる。
「ん、ふっ……ん」
されるがままに身を任せ、チュっと音を立てて藤間が離れる。満足げな目に見つめられると、前より後ろがきゅっとなる。
「追加してくれるなら触ってもいいぜ」
「あはは、それはさすがにね」
藤間が照れたような顔で周りを見る。他の客が、物欲しげにこっちを見ていた。
「マキ!次俺な!」
常連客の一人がそう叫んだ。手には万札を握っている。
「しゃあねぇなあ。つか万札出せんならもっと飲めよ」
「いや、これはマキがいる時のために取っておいた金なんだ!」
「あらやだぁ!!あたしたちに不満でもあるのかしらぁ?」
エリカちゃんが怒ったように言う。
「ち、違う違う!エリカママも綺麗だと思うよ?マキの方がいいけどな、俺は!!」
「もー!!出禁にするわよ!!」
とかいうやりとりはいつもの事だ。店中がゲラゲラと笑い出す。
「んで、どんなキスがいい?万札分楽しめよ」
特別キスが好きだとか、そういう事もないんだが、金に目が眩んだニートの俺は、こうやって稼いでいるわけだ。金額によっては少しのお触りならオッケー。
俺はそんなクソな人間で、しかもここには、お気に入りに金を出す単純で欲に忠実な人間ばかりいる。お互いにいい感じにアルコールも入ってる。
この金でまたパチ屋に行けるわけだから、美味しい商売だ。
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