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風邪ひきました1

★  寒い。  目が覚めて一番に感じたのは、異常な悪寒。それから激しい頭痛。  二日酔いか、とも思ったが、違った。  硬いフローリングの床の上で、なんとか起き上がる。  スッポンポンじゃん。  と、ここで夜中の記憶が蘇った。  店の手伝いから戻った俺を、ユキは無理矢理押し倒してぐちゃぐちゃにした。そして漏らして、トンだ。  自分の顔が、今ものすごく赤いのがわかる。  幸いなことに、ユキはあの後しっかり掃除してくれたようだが、俺の服を回収して床を綺麗にして、俺をベッドに運ぶのを忘れたようだった。  まあいい。アイツはそういうヤツだ。完璧じゃない。むしろクズ野郎。  そのせいで、多分風邪をひいた。風邪と二日酔いって似てるよな。どうでもいいけど。 「う……痛い」  頭もケツも痛い。とりあえず寒い。  のそのそと床を這い進み、ベッドまで辿り着く。シングルのベッドには、ユキが大の字で寝ていた。  寝顔もイケメンなのがムカつく。 「この野郎!」  俺はユキを、渾身の力をこめて床に引き摺り下ろし、ベッドとローテーブルの間に落とす。「うう…」と呻き声がしたが、それでもぐっすり眠ったままだ。  代わりに自分がベッドに入る。あったけぇ。  そのままもう一眠りしようと、俺は目を瞑った。 ★ 「マキ?」  ひんやりした感触が俺の意識を急速に現実に戻す。  相変わらず悪寒と頭痛がする。でも、さっきよりはマシだ。 「ん…?」 「熱…高そうだけど大丈夫?」  目を開けると、ユキの心配そうな顔が俺を見下ろしていた。  額に手を当てると、ヒヤッとした熱さまシートの感触。 「マシにはなった…お前、これどうしたの?」 「コンビニで買ってきた。お前の金で」 「……ありがと」  なんか優しくない? 「食欲あるかわかんねぇけど、なんか食べる?」 「買って来てくれたんだ?」 「ついでだからな。お前の金だし」 「冷たいのがいい」 「アイスか、プリンか…ゼリーもあるけど」 「じゃあアイス」  俺はまだ夢を見ているのかもしれない。ついでに漏らしたことも夢だったらいいなぁ。  ユキは台所へ向かい、カップのアイスとスプーンを持って戻ってきた。ニッコリと笑顔で、ベッドとローテーブルの間にあぐらをかいて座った。ちょうどいい感じの位置にユキの整った顔がくる。 「オレ、バニラよりミルクが好きなんだよな」 「ああそう」 「マキは?」 「チョコ」  答えると、ユキは笑顔のまま、一口目のアイスを自分で食べた。 「あっ!嫌がらせかよ!?」 「冗談だって。はい」  スプーンですくったミルク味のアイスを、俺の口に捻じ込んでくる。絶妙な優しさと意地悪のハーモニー……嫌なヤツ。 「自分で食べられる」  そう言って身体を起こすと、ユキはまたニッコリと笑ってカップとスプーンを手渡して来た。  マジでなんか、優しくない?  この数日四六時中一緒にいるが、こんなにも優しかったことなんてない。  いや、そりゃあ家事はしてくれるし(飯はつくらないけどな)、なかなかに気遣いもできるし、なにより顔が良い。あ、これは関係ないか。  だから、これは不可抗力なんだが、急に俺の心臓がドクドクと大きく反応し出した。  相変わらずユキはパンイチだけど、それが逆にエロい。 「なんだよ、んなに見つめんな」 「見つめてない」 「風邪引いた時って、無条件に人に甘えたくなるよな」 「ならねぇよ」  うわぁヤベェ……  俺、ユキの事本気で好きになりそう。  俺はユキと同じくらいのクズでアホだけど、恋とか愛は知ってるつもりだ。その昔には、俺も恋をしたこともあるし、愛を感じたこともある。  大学を辞めた時から、ちょっとずつおかしくなっていったけど、元々普通の人間だったわけだ。  人並みの幸せが欲しいと思ったこともあった。  まさに、こんな感じの、日常的な幸せに憧れたこともあった。 「マキ、食べたんなら寝たほうがいいよ」 「ん」  ユキは空っぽになったアイスのカップとスプーンを回収して、俺の隣に座った。俺は素直に布団を被り、頭を撫でてくるユキの手の温かさに、ドキドキしたままの心臓を持て余す。 「そんな警戒しなくても、今日はヤラねぇよ」  気恥ずかしくて布団を鼻まで被る俺に、変態的な思考で誤解釈したユキが笑って言った。 「当たり前だろ!俺は今病人なんだから」 「わかってるっつーの」  今さらだが、確認しておこう。 「そういや、ユキは男派?女派?」 「なんそれ…強いて言うなら、どっちでも、かなぁ。穴があるのはどっちも同じだし」 「おまっ!?最低なヤツの言うことだぜ、それ」 「オレは自分が最低だって自覚してる」  どんな自己理解だよ!? 「でも今はマキがいい」 「え?」  あ、あれ?これ、所謂告白フラグなんじゃねぇの? 「だってニートのくせに金あるし」 「そこかよ!?」  もうちょい情緒的なやつ期待した俺がバカだった。ユキにはそんな人間的なところはない。むしろ欲に忠実な分、人間らしいのかもしれんが。 「そこも、だぜ」 「……?」 「お前可愛い」 「か?かかか、かわ?」  ええええええ?なんだこれ?心臓が爆発しそうなんだけど! 「ほらもう寝ろって。いつまでも面倒みないぜ」 「あ、ああ、うん」 「こういう時は助け合いだろ?お前はオレの言うこと聞いて、ちゃんと休めよ」 「そ、そうだな、助け合いな。わかった、ちゃんと寝る」  とりあえず目を瞑る。  今目を開けたら、同時に口も開けちゃって、思わず好きだと言ってしまいそうだぜ。

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