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マキ家3
☆
席に戻ったオレ達は、大学生グループと通路を挟んで顔を突き合わせていた。
マキはまた新しいジョッキを手に、さっきまで涙をながして喘いでいたことなんてなかったかのような涼しい顔をしていた。
「兄ちゃん兄ちゃん、会いたかったよ、とっても!」
「んー、俺は会いたくなかった…」
「なんでそんなこと言うの?僕のことなんかどうでもいいの?」
「ん」
「酷いっ!僕はこんなにも兄ちゃんに会いたくて、苦しかったのにっ!!」
「眠い」
温度差が凄いな、と思いながら、オレは向かいの席でベタベタとマキに触る悠哉を眺めた。
聞けば有名国立大学の四年生らしい。同じ人間の精子と卵子が掛け合わさって産まれたはずなのに、マキとマキ弟でどうしてこうも頭の良さが違うのか。
まあでも二人は間違いなく兄弟だ。容姿が結構似ているだけじゃない。二人とも性癖が歪んでる。
「マキ家は変態の集まりなのか…」
オレの呟きに、ほかの大学生も微妙な顔をした。彼らもマキ弟がこんなヤツだと知らなかったようだ。
「兄ちゃんは別格だよね!うちに数々の伝説を作ったんだから!」
「カテキョとヤってたとか?」
そっと言ってみた。悠哉はニコリと笑って続ける。
「フフッ、懐かしいね!でもそれはまだ可愛い方だよね?」
「可愛いもクソもないぜ」
「僕はあれかな、緊縛調教プレイ中の兄さんの部屋に入っちゃったときが一番興奮した」
弟のクセに、兄の羞恥プレイを公衆の面前で暴露しやがった。
っても今更か。
マキは眠そうな顔で、片方の眉を吊り上げた。
「お前見てたんなら参加しろよ」
「ああいうのは見てる方がいいんだよ、兄ちゃん」
それはオレも同意見だ。ただ、結局見てるだけじゃ我慢できなくなるんだが。
「それで、お前はなんでこんなとこにいるんだよ?」
マキは心底面倒そうに言った。悠哉の通う大学から、ここまでそんなに離れてはいない。だが、わざわざこんな寂れたところに来なくても、大学周辺の方が色々店は多い。
「友達の家がこの辺に集中してるんだよ。今日は恭哉兄ちゃん居ないから」
「ああ、そう」
「一番上のアニキか?」
「うん。夜遊びうるさいんだよね、恭哉兄ちゃん」
うんざりだという顔は、ふたりともソックリだった。
「あ、あのさ悠哉、そろそろ帰らねえ?」
大学生達が恐る恐る言った。
蓮と大地は、まだ赤い顔でマキを見ないようにしている。
「うーん、別の店にでも行く?」
「そうしよう!」
食い気味に答えた大学生たち。どうやらオレたちから一刻も早く離れたいらしい。次は自分が喰われるかも、という、得体の知れない恐怖を感じているようだ。
「じゃあ、兄さん、またね」
「もう来んな」
「何を言ってるの兄さん?住んでる地域がわかったんだから、住所なんてすぐに特定できるのに」
「お前のそういうところが嫌い」
「一切デレない兄さんも大好きだよ」
じゃあね、と言って、悠哉は友達と連れ立って店を出て行った。
「オレらも帰るか」
マキはめちゃくちゃ眠そうだ。今にも目をつぶってしまいそうな顔をしている。
「ほらマキ、財布を出せよ」
「勝手に取ればいいだろ」
そう言うや、マキは長財布を自分のTシャツの中へ隠した。眠そうな顔で、目だけはニヤニヤと笑っている。
「お前なぁ、ふざけんじゃねぇよ」
「ほら、帰りたいなら早くしろよ」
これだから酔っ払いは勘弁してほしい。まあ、可愛いんだけどな。
オレがマキの隣に移動すると、マキはツンとそっぽを向く。
「マキ様、お支払いをお願いします」
「ブフッ!何キャラだよ?」
笑った瞬間に、その口に指を突っ込んでやった。
「ハガッ!?な、なにふんだひょ!?」
「財布を出せ!!」
「オエッ!わひゃったはらやめへ!!」
慌てるマキのTシャツに、下から片手を入れて弄ってやる。脇腹を軽く掠めると、マキがピクッと反応し、その隙に財布を奪う。
「ゴチっす」
「ウゼェ」
拗ねた顔も可愛い。
今すぐ押し倒したい。
というか、あんまりにも興奮して忘れていたけど、何勝手に他人に触らせてんだよ?
本当、首輪付けてリード握ってないと、また勝手にどっかで誰かとそういうことしかねない。
「次誰かとヤルときはちゃんと呼べよな」
「はあ?」
一瞬、なに言ってんの?みたいな顔をした。それから、徐々にニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「もしかして、妬いてんの?」
オレが?
そんなわけないだろ。
でも……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、チクチクした胸の痛みがあるのは事実だ。
今までにない感情だった。例えば付き合っているとして、なら相手が浮気してもいいのかと言われたら、オレは間違いなく気にせずに関係を続けることができた。
なんならご一緒にどうですか、と、実際に浮気現場に突入したこともある。
おかしい。
人類博愛主義の(今からそう主張することにした)オレが、マキだけは特別だなんて、主義にはんするのでは?
「なあ、オレいいこと思いついた」
「?」
キョトンとした顔でジッと見つめられると、なんだかオレのちんこが恥ずかしそうにピクッとした。
「お前オレの前で他の男とヤレよ」
マキがジーっと見つめてくる。ちんこヤバい。
「一回叩いたら直る?」
「いや家電じゃねぇんだから」
「バグが……」
「だから家電じゃないっての」
マキの表情を例えるとしたら、初めて他人のフルボッキちんこを見た少年のような純粋な疑問の浮かぶ顔だった。
「ちょっと待って。どういう思考回路で、他のヤツとヤれとか、そういう突拍子もない話になるんだよ?」
「……妬くってどういうもんなのか、オレにはわかんねぇんだよ」
「ああなるほど」
納得したと、マキの顔が訴えている。冷めた視線が最高にエロい。
「マキが大学生に好き勝手されてんの、物凄い興奮したけど、今思い返すとちょっと胸がチクチクする。ほんの少しだけな」
「妬いてんじゃん」
「って言われたらそうなのかもしれん。でもさ、オレのモン勝手に使われたら、それがボールペンでもオレはイラっとする」
「ボールペン!?俺の価値ボールペンと同列か!?」
その時付き合っている人間が浮気をしても感じなかった気持ちは、今言った通り勝手にボールペンを使われた時には感じていた。
冷蔵庫に入れておいたとっておきのデザートを、勝手に人に取られたとか、そういう気持ちに似ている。まあ、オレには兄弟とかいないからそんな経験無いんだけど。
「他人に犯されるマキを見たらなんかわかるかもしれん」
「最低の思考回路してんな」
「でももしそれでガチ嫉妬したら、オレは本当にマキが好きだってことだろ?今までの相手なんかクソで、お前だけが一番だってことになんじゃん」
「お前がクソって事が新たに証明されるな」
と、悪態をつきながらも、マキは頬を赤くして満更でも無さそうだった。
「な、オレの新たな自我の芽生を助けると思ってさ。つか、お前もそういうの好きだろ?」
「…………好き」
ほらみろ!オレの提案はウィンウィンだ!
「さすがマキ!助け合いの精神で勝負したらマキに勝てる奴なんていねぇよな!」
「ものすごい貶されてる気分なんだが」
「んなことはないぜ?ニートなのにニート養うなんて並大抵の優しさじゃあできねぇよ」
「俺は鬼メンタルのお前を尊敬するぜ……」
マキがボソっと何か言ったが、新しい遊びを思いついたオレは最高の気分だった。
その気分のまま、まるで自分の奢りかのようにマキの財布からお会計を済ませ、ついでにマキの手を握って帰路に着く。
すれ違う人たちに怪訝な顔をされ、途中こっそり女子ふたり組に写真を撮られたりしているのに気付いたけど、全く気にならなかった。
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