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フリーダムウィーク4
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例の如くベロベロに酔っ払った俺が目を覚ましたのは、見慣れない簡素な部屋だった。白い壁と白い天井。LEDの電気が眩しい。
もちろん俺の家じゃない。俺んちはもっとこう、ボロボロで狭い。それに未だに紐を引っ張るタイプの電気だ。
「兄ちゃん?」
俺のことを兄ちゃんと呼ぶのは、この世で一人しかいない。
「悠哉…?」
「おはよ、兄ちゃん」
「……はよ」
ふあっと欠伸が漏れる。二日酔いというほどではなかった。けど、自分がどこにいるのかも、なんでこんなとこにいるのかも、それこそなんで悠哉が目の前にいるのかもわからない。
「兄ちゃんのそのアホっぽい顔好き」
「お前も十分アホっぽい顔だけどな」
俺と悠哉はそれなりに似ている、と俺は思っている。顔だけだが。
「兄ちゃん覚えてる?」
「いや全く。ここどこ?」
そして、
「なんで俺裸なんだ?」
人前ですっぽんぽんなのは平気だ。そんなのとうに慣れきっている。が、両手首と両足首に拘束具をつけられ、ベッドの上に大の字であるというのは、それなりに恥ずかしい。
「あのね、兄ちゃんがオカマバーでひと稼ぎしてる間に、僕兄ちゃんちに行ったんだよ」
悠哉は俺の横に座って、事の経緯を説明してくれた。つか家バレはやっ!!
「そしたらさ、ユキさんがとっても悩んでいてね」
「アイツでも悩む事あんだな…」
「ピッキングで侵入したら、真っ暗な部屋の中で、全裸で逆立ちしてたんだよ。相当悩んでると思う」
そりゃあとんでもない。俺だったらドン引きするわ。
でも(表立っては)良く出来た人間である悠哉は、ユキの相談に乗ってやったらしい。
「嫉妬って何かは、僕にもよくわからないけど」
「お前も壊れてんな」
「協力してあげようと思って」
すぐ余計なことに首を突っ込む困った弟だ。特に俺のこととなると、悠哉は時にぶっ飛んだ思考回路を発揮する。
「それでね、兄ちゃんが今までで一番めちゃくちゃにされた元彼を紹介してあげたんだ」
「めちゃくちゃじゃなくて、素直にしてあげたんだけど」
その声に、ビクッと身体が反応した。逃げたいけど身がすくんで逃げられないという、小動物の気分だ。
「修哉が俺に会いたいって思ってくれて、とても嬉しいよ」
部屋の扉を開けて入ってきたソイツは、真面目そうな銀縁メガネの痩身の男で、白いワイシャツがエロ…違う、よく似合っている。
昔より少し痩せたかもしれない。目元の隈も酷い。医者というのは、身も心も削るんだなと思った。
「ちょ、俺は会いたいなんて言ってないっ!!」
「俺はちゃんと教えたよな?俺が黒っつったら白いもんでも黒なんだよ……忘れたとか、言わないよな?」
と、平気で言うのが、高校の頃付き合っていた(と俺は思っていた)アブノーマルDV男、浅川健一だ。姉の医学部の同級生でもある。
「お、俺はもうテメェに何言われても平気だ!大体、何年たってると思ってんだ?」
「十年くらい、かなあ。でも人間って、植え付けられたものはなかなか消えないんだぜ」
確かにそうだと思う。だって俺は健一の声を聞いた瞬間から、言葉とは裏腹に下腹部が疼いて仕方なかったからだ。
この男が与えてくれるものが、どれだけ自分を狂わせるか知っている。
ヨダレをダラダラ垂らして飼い主を待つ犬と同じように、俺のそこも透明なものを滲ませている。
それでも俺は逃げ出す事を考えていた。コイツと関わってもロクな事がない。これもまた、経験から身に染み付いているものでもある。
「クソッ、悠哉!これ外せよ!!」
「ごめん兄ちゃん、ユキさんの……あと僕のためだから」
そう言って悠哉は、俺んちのビデオを構えた。なんて用意周到なのか。
そしてちゃっかり楽しんでやがる。
「俺がいる前で他の男の名前呼ぶなよ」
健一が暗い声で言った。ユキ、これが嫉妬ってヤツだ!聞いたか!?
つーか、あの言い出しっぺはどこいった!?
「兄ちゃん、ファイト!」
「悠哉テメェ絶対に許さねぇからな!!!!」
悠哉はカメラを手に少し下がった。ニコニコ笑っているのが本当に腹立たしい。
「だからさ、お前俺を怒らせたいの?」
「ちがっ、違うから!」
健一の銀縁メガネの奥の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめる。冷たい、背筋が凍るような瞳だ。昔はこの眼がカッコいいとか思っていた。どうかしてた。
手足を動かすと拘束具に繋がった鎖が、ガチャガチャと騒がしい音を立てる。手首に食い込んで痛い。
「イヤ、来るなっ!っイタッ!!」
パシィン、と鋭い音。太腿に走る激痛は、なんだか懐かしい。
健一の手に握られた鞭は一本鞭というやつで、ピンポイントを的確に、破壊力を持って打ち抜く。バタバタと暴れる俺は涙で霞んだ目を閉じ、見えない事が怖くなってまた開ける。
「も、ヤメテっ、イだぃ、から……」
五回くらい叩かれれば、もはや抵抗する気も失せる。
「痛いのが好きなんだよな、お前は?」
「んなワケねぇ、だろ」
と言おうものなら、健一の眉間にシワが寄った。煽ってるって?……そうかもしれない。
「はぁ。修哉はもともとおバカだったけど、成長して余計頭が悪くなったようだな」
健一は俺の顔を覗き込むと、心底見下したような顔をした。それから徐に手首の拘束具から鎖を外し、命令を下す。
「後ろ向けよ」
「イヤだ」
目と目がかち合う。昔はそうやって、正面から目を見るのも怖かった。
「わかった。なら、こうするしかないよな」
健一の手が俺の睾丸を緩く包み、次の瞬間圧力を加えてきた。まるで腹を殴られたみたいな痛みが走る。
「イッ!?」
「俺は医者だからちゃんと加減はできる。機能を潰さない程度の最大の痛みだって与えられる。知ってるよな、修哉」
「わかった!わかったからやめろよ!!」
恐ろしい。マジで恐ろしい。
言われた通り後ろを向く。足の鎖が絶妙な長さで、ベッドの柵に両手をつくと、ちょうどお尻を突き出すような体勢になった。
「最初から言われた通りにしろよ」
健一の声は嬉しそうで、人一倍強い征服欲を滲ませている。よくこんなヤツと付き合おうと思ったな、なんて考えていると、しなる鞭の音と共に背中に激痛が走った。
「んグッッッッ」
痛い痛い痛い。だけだったのが、不思議なことに、人間イヤなことから逃げようと思うと、その痛みを快感に変えて誤魔化そうとする。
何度もバシバシやられているうちに、俺の頭はその痛みを快感に変換し、変換したそれを真っ直ぐ下腹部に伝えてしまう。
「んっふ…」
閉じようとしてダラしなく開いてしまった口から、唾液がタラタラと垂れる。はしたないが、致し方ない。
「ハッ!喜んでんじゃねぇよ!?」
再度の痛みで、俺は完全に昔の行為を思い出した。
「アハ…も、もっと…」
「いいぜ、ホラ!」
「んはっ、ぁあっ、イタァ…」
何年経っても、ハマってしまうと抜け出せない。これから鞭で打たれようと思っているヤツ。気をつけた方がいい。引き際が重要だ。ちなみに俺はもう手遅れだ。
「頑張ったご褒美をやろう」
健一が鞭を放り出し、部屋の中を移動する。戻ってくると、手にローションのボトルとクソデカいオモチャを持っていた。
ローションのボトルの蓋を開け、その中身を俺のお尻にブチ込む。ジュルジュルと卑猥な音が耳を犯す。
「ひやぁ…あぁっ、冷た……」
「相変わらずなんでも飲み込む穴だな」
そんくらい無理矢理拡げたのはお前だろ、と思う。
「欲しい時はなんて言うんだっけ?」
「は、はぁ、お、俺の…穴に、ふっ、でっけぇの、突っ込んでくださぁッッッツ!?」
勝手に喋り出した俺の口は、また開いたまま塞がらなくなった。ユキのよりデカいものが、下の穴を無理矢理拡げて入ってくる。
顎が震える。いや、顎だけじゃなく、全身がビクビクとコントロールできないくらい震えていた。
「ぁぁぁ…」
健一は何も言わず、ただそのデカいオモチャを押し込んで、グリグリと中を刺激してきた。
「そ、ぁあ!?そこやめっ、ヤメテ!!イッちゃ、ぁあああっ」
ブチュブチュいう音と、前立腺の刺激で今にも出してしまいそう。だけど、勝手に出すと健一は怒る。いやでも、不可抗力だ。出てしまうものは仕方ない。怒った健一は、次はどんな方法で俺をイジメんだろう……
「イかせてっ、おねが、あああっ…んふ…」
本当に出そう、というところで、健一は手を止めた。もどかしいけどホッとした。
「修哉、ちゃんと我慢してお利口だな」
「ふぅ…うぅ、イキたい…も、ヤダ……」
俺何でこんなことなってんだろ?
もう甘んじて受け入れる方が楽しいかもしれない。
と、そういえば。
俺はユキとしかしないって事にしたんじゃなかったっけ?
自分で自分にそう言い聞かせただけだけど。
「修哉はこれ好きだったよな?」
瞑っていた目を開ける。健一がいつのまにか目の前にいた。笑顔の健一の手には、細い金属の棒がある。
「イ、イヤだっ!!ヤダヤダヤメテお願いっ」
「んなの聞くわけねぇだろクズ」
ケツにオモチャを入れられたまま、完全に勃ちあがっている俺のそこをギュッと掴んで、健一はゲスっぽい笑みを溢した。
指で先をグリグリと押し広げられると、ヌルッとした透明の液体が溢れる。逃げれば逃げるほど痛い事はわかってる。じっとしていた方が痛みは少ない。
だから、代わりに声を出した。
勝手にそういう事にしただけだが、ユキとしかしちゃダメなんだ。
「も、ヤダァ!ユキ、ユキっ!!助けてっ!!」
健一の頬がピクリと動く。キレたな、とわかったが、言ってしまったものは取り消せない。
金属の棒が先端に触れ、細いけれど存在感抜群のものが狭く小さな穴にツプリと入って来る。
背筋がゾッと粟立った。その後の痛みを思い出して腰が引ける。
「マキっ!!」
「ふぇっ!?」
バタンと、扉が開いた。それから、飛び込んできたユキが俺の身体を抱きしめる。
心臓が破裂しそうなほどビビった。
「な、ナニ?」
「マキ!ごめん、ちょっと見てられなかった……」
どういうこと、だ?
「あーもう!!ユキさんっ!!」
部屋の端っこでカメラを回していた悠哉(正直存在を忘れていた)が、まるで子どもみたいにその場で地団駄を踏んだ。
「あとちょっとで泣き叫ぶ兄ちゃんを撮れたのに!!」
「悪りぃ、なんか、こう、モヤッとしたものが襲って来てさ…マキが可哀想で…」
ユキの腕の中で、ケツに異物感はあったけど、俺はちょっと感動して泣きそうになった。
コイツこんなかっこよかったか?と、ジーンと来た。顔はカッコいいけど、性格的にはクソなのに。
「はあぁぁあ。せっかく今からが楽しみだったのになぁ、修哉?」
「全然楽しみじゃないっ!!」
健一が残念そうに言ったが、楽しみにしてんのは健一と悠哉だけだ。その証拠に俺の本体は縮んじゃってる。痛いのとビビったので、さっきまでの元気はどこへやら状態だ。
「つか、ユキお前!!どこにいたんだよ!?」
「隣の部屋で悠哉が撮ってる映像見てた」
「んなっ!?おまっ、んむ!?」
怒鳴ろうとした俺の唇をユキの唇が塞いだ。急だったから、俺は目を見開いたままで、ユキの長いまつ毛や、離れる瞬間の鋭い瞳を見てしまった。
「マキ…オレ、マキが人にされてんの初めてイヤだって思った」
「……それってつまり、嫉妬したってこと?」
「この気持ちがそうなんだと思う。マキを誰にも触らせたくない」
軽く下げられた目蓋が、めちゃくちゃエロい。
良かった。ユキにも人の心があったんだ。
俺の努力が報われた気がした。何もしてないけど。
性格は最悪だが、こうしてしおらしくしていると、ほんとタイプの顔だなと思った。
藤間が言っていたように、ユキはデカイだけの子どもで、新しく理解した感情を、俺が大事にしてらやらないと。
「ユキ……」
「……マキの尿道いじめていいのはオレだけだ」
「は?」
「オレわかったんだけど、一回やったプレイは他人にされてるとこ見ても平気だけど、オレがお前にやった事ないことされんの見てるだけってのがホントヤダ」
「ちょっと何言ってんのかわかんねぇ」
「いやだから、普通のセックスもイラマもオレやったから平気なんだよ。でもオモチャも尿道責めも、オレまだマキにやってない」
ブフッと吹き出したのは健一だ。俺たちから顔を逸らし、プルプルと肩を震わせている。
「ユキ?頭大丈夫か?ここに変態だけど一応医者がいるが、診てもらった方がよくない?」
「大丈夫だ。今日も三食しっかり食ったし、適度に間食もした。睡眠も12時間程とった」
「寝過ぎじゃね?」
じゃなくて!!!!
「お前やっぱわかってねぇじゃねえか!?」
「えっ?これが嫉妬ってヤツじゃねえの!?」
もうダメだ。俺たちは一生分かり合える気がしない。
「んでもさ、僕はおあいこだと思うよ」
部屋の片隅で(また存在を忘れていた)、撮った映像を見ながら悠哉が言った。その顔は、なんというか呆れ返ったという感じだった。
「おあいこってなんだよ?」
そう聞くと、悠哉はビデオの画面をくるっとこっちへ向けて、撮りたてホヤホヤの映像を再生した。
「見てよこれ。兄ちゃんの顔、めっちゃ喜んでるよ」
「あ」
そこには、涙を流しいやだいやだと言いながらも、恍惚とした表情で完全に受け入れてる自分が映っていた。超嬉しそうにおねだりとかしちゃってまあ、俺エロい!!
「……間違いなく喜んでるよね?」
「こういうイヤイヤもあるんだ、覚えておけよ、悠哉」
「あっそう」
必死で無理矢理されてる感を出そうと頑張ったのに、これじゃあ台無しだ。
でもユキはそこはどうでも良さそうだ。
「ったく、久々に修哉をイジメられると思ったが、なんだよお前ら、良い相手見つけてんじゃん」
健一があんまり残念じゃなさそうに言った。コイツは昔から、俺を泣かして痛がるのと、ヨガり狂うのを見るのは好きだが、俺のことは好きじゃない。
「嫉妬がどうとか言ってたけど、お前のそれは嫉妬ってより執着じゃね?知らんけど」
やれやれ、と言って、健一は部屋から出て行った。
「とりあえずさ、続きしても良い?」
ユキの視線は、俺のケツに入れられたままのオモチャを凝視している。
「お、おう」
そう答えると、ユキは物凄く嬉しそうに笑った。
なんか、まあ、いいか、どうでも。
そんな感じで、俺とユキの『フリーダムウィーク』はあっけなく終了したのだった。
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