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まずは胃袋から1

★  ユキの変態性が増した、二日後のことだ。 「そういうわけで、『フリーダムウィーク』終了のお知らせだ」 「ええええっ、つまんなぁい!!」  俺の宣言に、エリカちゃんは気持ち悪い絶叫を放った。  横に座っている藤間が、苦笑いでウィスキーを一口啜る。 「にしても、その君の元彼?は、とても凄い趣味を持ってるんだね」 「だろ?俺もちょい引いたぜ。趣味のために家買って、拷問用の部屋用意するような変態なんだぜ」  もちろん健一のことだ。高校の頃、俺の身体を散々弄んだ健一は、それが趣味になってしまって医者として稼いだ金で家を買った。この前の部屋は、その趣味部屋だったわけだ。  そんでもって健一には、不特定多数の拷問用奴隷がいるそうだが、興味ないのでちゃんと聞いてない。 「そんなことより、アタシはユウちゃんが心配よ…アンタのせいで変な性癖に目覚めちゃってるじゃない」 「俺のせいじゃねぇよ!!」  ユウちゃんというのは、もちろん俺の弟のことで、エリカちゃんはもともと俺たちのことをユウちゃん、シュウちゃん、キョウちゃんと呼んでいた。  この店の手伝いを始めた時に、エリカちゃんが「息子同然のアンタが如何わしいことしてんのホント無理」と言われ、一線を引く為に俺のことだけマキちゃんと呼ぶようになった。  俺もそれまでアキラさんと呼んでいたけど、気持ち悪いオカマに転向したので、源氏名のエリカちゃんと呼ぶようにしている。アキラさんはもう死んだも同然だ。  ちなみに、エリカちゃんの本名は|橋本彰《はしもとあきら》という、普通の名前だ。 「言っとくけど、悠哉はもともと変だぜ。小さい頃から、俺の食べかけのお菓子とか、飲みかけのジュースとか奪ったり、怪我したとこ舐めたり抉ったりするようなヤツだった」 「もう血筋ね」  そう言われると否定できない。  上の兄である恭哉も大概だし、姉は姉でヤバい。そもそもオヤジが奇人変人を絵に描いたような人物だった。  エリカちゃんはそんな俺のオヤジのことを知っているから、もはや今更という感じだった。 「まあでも、うまくいってんならいいじゃない」  はあ、とエリカちゃんが物憂げなため息を吐く。そういや、今日はやけに酒がすすんでいるような気がする。 「エリカちゃん、何かあった?」 「今日は少し元気がないように見える」  どうやら、藤間もそう感じていたらしい。 「ちょっと聞いてくれる?」  イヤだなぁ、と思ったけど、話を振ったのは俺なので、できるだけ神妙な顔で頷いておく。長くなりそうだなと思い、藤間と俺のグラスにウィスキーを注ぎ足しておく。 「今ねぇ、付き合ってる人がいるんだけど」 「ブフッ」  思わず高いウィスキーを吹き出してしまった。 「ヤダっ!アンタ汚いわね!!粗相するのは下のお口だけにしときなさいよ!!」  帰ろうかな、と思った。「もうっ!」とか言いながら、エリカちゃんが汚れたテーブルをフキンで拭く。 「……付き合ってる獣って言った?」 「バカ言ってんじゃないわよ!!普通の人間の男よ!!」 「ま、まあ、マキちゃん。話を聞いてあげようよ」  藤間が苦笑いで言うので、俺はとりあえず口を閉じる。 「はぁ。その付き合ってる人なんだけどね……とっても偏食なのよ」 「偏食って何?虫とか食べんの?」 「キモいこと言わないの!!」 「マキちゃん、一応ここ飲食の店だから」  はいはい、と俺はまた口を閉じる。 「偏食といっても色々あるよね?」 「うちの人、野菜全然食べてくれないのよ……」 「なるほど。それはまた、心配になるね」  家政夫だったエリカちゃんの料理の腕は、金持ちの家でキッチンに立てるほどのものだ。普段食事に無頓着な俺でも、エリカちゃんの料理は旨いと思う。  そんなエリカちゃんの料理を、その男は野菜が入っているものは一切食べないのだそうだ。 「贅沢なヤツだな」  そう言うと、エリカちゃんはフフッと笑った。 「そうよねぇ。アンタたち兄弟は、高級レストランでもアタシの料理でも、はっきり意見を言う子達だったわね」 「そりゃ旨いものは旨いし、マズイもんは高かろうがマズいだろ。エリカちゃんの作るもんは旨かった。そいつ、人生損してんぜ」 「ありがと。アンタもたまには良いこと言うじゃない」  そんなつもりはないのだが、エリカちゃんは嬉しそうだった。 「でも、やっぱり野菜は摂らないとね」 「そうなのよ。アタシもあの人も、もう良い歳なんだし、健康のためにもねぇ」 「オカマバーのオカマが健康とか言うなよ」  エリカちゃんが怖い顔で俺を睨む。 「そう言うアンタだって、そのうちどんどん劣化してくんだからね!?」 「俺は劣化する前に死ぬわ」  年老いてヨボヨボになるなんて、耐えられない。そんなヤツ誰が抱きたいって思うんだよ?  セックス出来ないなら死んだほうがマシだ。 「またそんな事言って……ユキちゃんと長生きしてずっと一緒にいたいと思わないの?」 「ずっとってのは、一ヶ月でも一年でも、死ぬまでの期間のことを言うのなら長さは関係ない」 「ほんと冷めてるわね。それこそ人生損してんのよ、アンタ」  なんと言われようとも、何も思わない。もしここで考えを変えることができる人間なら、俺はすでにニートではないだろうし、そもそもユキと関わろうなんて思わない。  俺はデニムのポケットからくしゃっとしたタバコを取り出すと、一本咥えて火をつける。 「そもそもヘビースモーカーの俺に、人生を長く健康に生きるって思いもない」  健康で長生きしたい奴は、とりあえずタバコと酒をやめろ。それで大抵の不調は生じなくなるぞ!! 「はあ。アンタと話してると不健康になりそうよ……そういえば、相変わらず食事も外でしてんでしょ?ユキちゃんもニートなのに、お金かかって大変でしょう?」  エリカちゃんはため息を吐きつつ、心配そうに言った。きついことも言うけれど、基本的にエリカちゃんは俺を心配してくれる。余計なお世話だ。 「あ」  それで思い出した。 「どうしたのよ?」 「いや、つい昨日のことなんだけどさ」  エリカちゃんと藤間が、小首を傾げて俺の言葉に耳を傾ける。 「ユキが急に飯作ってくれてさ。スゲェブサイクなオムライスだったんだけど。そんでもって微妙な味でさ……なんだったんだろうな、と思って」  そう言うと、エリカちゃんが目を丸くして叫んだ。 「ちょっとヤダァ!!アンタ、それ絶対愛よ、愛!!」 「アイ?目がどうかしたのか?」 「面白くないわよ!!って、そうじゃなくて、ユキちゃん、今回のことでアンタを本当に大事にしようと思ったんじゃないの?」  咥えていたタバコが、膝に落下した。デニムのダメージの隙間に落ち、熱さがチクッとした痛みとなる。 「アッツ!!」 「大丈夫かいっ、マキちゃん!?」  藤間が慌てるが、エリカちゃんは冷めた声で言う。 「大丈夫よそのくらい。鞭で血が出るくらい叩かれたっておねだりするような子よ?」 「それは今関係ないだろ!」  言葉を失う藤間を横目に、俺は落としたタバコを拾ってまた口に咥える。  ……動揺した。エリカちゃんが変なこと言うから。 「あのユキがそんな事思うわけないだろ。今のアイツは、俺のちんこにブジー突っ込む事しか考えてねぇよ」  恐ろしい事に、健一に触発されたユキはガチでやりたそうなのだ。加減を知らないアイツにそんなことされたら、間違いなく怪我をする。痛いのは構わないが泌尿器科に行くのは避けたい。恥ずかしすぎるだろ。 「わからないわよ?アタシだって、本当に好きな相手じゃないとわざわざ料理しようって思わないもの。それが仕事じゃないなら尚更ね」 「私もそう思うな。心を掴むなら胃袋からっていうしね」  マジかよ。  どうしよう。ちょっと嬉しい。  でもあのユキの事だ。気まぐれか、そうでなければ何か裏がある。警戒しておくに越したことはない。 「急になんか始めるとさ、怖いんだよな、アイツ」 「それはアンタが今までロクな目にあってないからよ……ユキちゃんに罪はないんだから、怖がらずに受け入れてあげなさいよ?料理って、美味しいから良いんじゃなくて、作る過程に愛があるから良いのよ」 「なんそれ」  ようわからん、と首を傾げる俺に、大人なエリカちゃんと藤間が、ニッコリ微笑んだ。

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