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まずは胃袋から2
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翌日、目を覚ますと、いつも隣でべったりくっついて寝ているハズのユキがいなかった。
かわりに狭い部屋の中いっぱいに、炊きたてご飯と味噌汁のいい匂いがした。
横になったまま台所に目を向ける。ユキの背中は、身長は俺と変わらないのに大きく見える。それだけ見るとカッコいい。
しばらく寝ぼけた目で見つめていると、ユキがサッと振り返った。
「いつまで見つめてんだよ?」
「お前背中に目があんの?」
「いや。ただ、マキの視線はわかるぜ」
「怖っ」
自然と笑みが漏れる。変なの。
ユキは一度手を洗ってから、ベッドの淵に腰を下ろした。そんでもって、身をかがめて触れるだけの優しいキスをしてくれる。
「朝ごはん…って時間でもないけど、食べる?」
「お、おう」
俺は少し警戒した。また、優しさを見せておいて鬼畜な事を考えてんじゃないかと、ユキを疑いの目でみてしまう。
それか俺は今、同じようで少し違う異世界にでも飛ばされているんじゃないか、とも疑う。
「今何時?」
「11時半過ぎ」
「いつから起きてんの?」
「9時くらいかな。一通り掃除もしたし、洗濯物もやった」
「ふーん」
素直にありがとうと言えないのは、俺の悪いところだけど、あまりにもユキがおかしいせいでもある。
ユキは俺の手を引いてベッドから起こすと、ローテーブルの前に座らせる。
「ちょっと待ってな」
何度も繰り返してきたような、自然な流れでユキは俺の前に食事を用意した。
「なあ」
「ん?」
出来立ての食事を前に向かい合って座る。そんで、俺は我慢できなくなって言った。
「なんか企んでんの?」
「え?」
キョトンとした顔で、首を傾げるユキ。俺はさらに言う。
「急にどうした?メシなんか作ってさ…お前そんなヤツだったっけ?」
「あー……そうだよな、そりゃ疑うよな」
ユキがヘラっと笑う。それから、申し訳なさそうに言った。
「いや、ほら。オレお前に世話んなってばっかだしさ…せめて家事くらいちゃんとやろうかなって。それにマキはほっといたら何も食わねぇじゃん。それこそ一日中ベッドから出ないし。なんか、世話してやりたくなんだよ、そういうの」
「あ、ああ、そう…」
あれ?
これは勘違いしてもいいんじゃね?
俺ちょっとユキの事誤解してたんじゃね?
疑うべきは目の前のイケメンじゃなくて、自分の荒みきった心の方じゃなかろうか。
「もともとさ、オレ色んな人のヒモやってたんだよ…っても、長続きした事ないけど。んでやっぱさ、金出してもらってんだから家事全般はやってた。まあ、メシは下手くそだから、あんまやらせてもらえなかったけど」
「確かにお前の作るもん、変な味する」
「正直だな……」
ユキの料理は、こんなにいい匂いがするのに、なんでだろうと思うくらいなんか足りない。
「そう言うわけで。オレ、マキのこと好きだし、ちゃんとしようと思って。マキにはずっとそのままでいて欲しい。オレと一緒にいて欲しい」
「ユキ……」
昨晩エリカちゃんや藤間と、そんな話をしたばっかりだった。健康で長く一緒にいたい。そう思うのは、その人が好きだからだ。わざわざ手間をかけて料理するのも、愛があるからだ。
本当にそうなのだろうか。
とにかく俺は、ほとんどの人が自然と望むような恋愛をしたことが無かった。二人で同じベッドに寝て、起きたら食べるものがあって、テーブルを挟んで食事して。
空いた時間に出かけたり、一緒に買い物したり。
疲れて帰ったら、スキンシップ程度に触れ合ってまたベッドに入って寝る。
そういう事を、したことがなかった。
付き合っているというのは、セックスをする口実で、そこに愛を感じるのかは俺次第だった。
だから、ユキのこの優しさに、やっばり俺はすぐに靡いてしまうんだ。
「……ありがと」
「いいよ。ほら、さっさと食べようぜ」
「ん」
俺のことちょろいって思った?
……不本意だが、アタリだ。
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