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意外な一面1

☆  マキは、もともとお金持ちの家に産まれたクセに、生活の全てにおいてこだわりが無い。  好き嫌いははっきりしている。これは旨い。これはマズい。二択だ。  一日中テレビも無い部屋でぼーっとしている時もある。タバコを咥えたまま、テーブルとベッドの隙間に座っていることもあれば、タバコを咥えたままベランダに立ち尽くしていることもある。  動くのは、トイレ、風呂のみ。  話しかけると返ってくるが、話しかけないと生きてるのか死んでるのか判断がつかないから、オレは三十分に一度、生存を確認している。  いつも似たような黒いTシャツと、ダメージの有無と色合いの違いしかないデニム姿で、家ではパンイチ。  耳には大量のピアス。多分、他にも身体の至る所に空けていたのだろう跡がある。同時に、引きちぎったのか?という跡もあるが、多分やったのは健一だ。羨ましい。  オレと付き合う前は、ほとんど毎日パチ屋にいたが、最近は行ってない。行かないのかと聞いたら、「お前のせいで行けない」とキレた。そんなに無駄遣いしてるつもりはないのになぁ。  オカマバーの手伝いには、相変わらず不定期で行く。二日続くときもあれば、一週間無い時もある。大抵酔い潰れるから、オレは殆ど必ずついて行く。  マキは藤間という客に気に入られているようで、恒例のお楽しみタイム(稼ぎ時)は、藤間が始めたらしい。紳士ヅラしてド変態だ。  オレは寛大な男なので、マキのお楽しみタイムの邪魔はしない(オレにも金が必要だから)。  マキはオレとセックスしている時にだけ生き返る。気持ち良い事には積極的なマキは、普通のセックスではなかなかイかない。それもまた、オレにとっては好都合なところだ。イラマでゲロ吐いても嬉しそうだし、血が出るほど殴っても、赤くなるまで叩いても、身体の自由を奪っても、何をしても嬉しそう。終わったらすぐに正気に戻るところも、ギャップがあって最高だ。  そんな可愛いオレのマキには、まだまだ未知なところがある。オレはそれを、一つずつ知ることがとても楽しみで仕方がない。  今までのどんな相手よりも、マキは特別だ。 ☆  ある日のことだ。   マキと夕食の買い出しに行って帰ってきたら、ちょうど隣のトモちゃんと鉢合わせした。 「トモちゃん!」 「あ、どうも」  嬉しそうなマキが、トモの腕に自分のそれを絡めてニコニコした。  マキはトモを隣の飼い犬かなんかだと思っているようで、見かけては鬼のように絡む。  オレはそれを、微笑ましく思う。  飼い犬に絡む野良猫の映像が脳内に浮かぶ。なんて可愛いのだろう。オレのマキ。 「トモちゃんメシ食った?」 「いえ、まだですけど」 「俺んちで一緒に食う?ユキの料理マズいけどもはや俺には何がたりないのかわからん」 「普通マズいものを共有しようとします?」 「良いだろ別に。食えないわけじゃないんだから」  ヒドいなぁ。散々な言いようだ。でも、マキはオレの手料理をちゃんと残さず食べる。マズいマズいと言うけど、食ってる時の表情は、マズくても旨くても変わらない。  ところで、オレが未だにちゃんと手料理を作っているのは、せめてマキの世話をしようと思ったからだが、それだけではない。  オレが作った料理が、マキの口から入って下から出るのを想像すると、オレの節操のないちんこが爆発しそうになるからだ。オレの手料理から得た栄養が、マキの身体を支配していると考えると、節操のないちんこが爆破しそうになるからだ。  大事なことなので二回言っておく。 「はあ、断っても無理矢理誘うんですよね」 「わかってんじゃん」  トモはこれみよがしにため息を吐き散らし、それでもマキに身を任せて部屋へとやってきた。  マキがいつもの、ベッドとローテーブルの隙間にスッポリと身を落ち着けると、早速タバコに火をつけて言った。 「そういやこの前エリカちゃんに貰った酒があったよな?」 「ああ、なんだっけ?シャンパン?」 「そう、アレだそう。トモちゃんもいるし」 「え?ぼくお酒はちょっと…」  と、断るトモだが、マキの押しには逆らいきれない。酒飲みの強引さは、時にハラスメントだとオレは思う。  オレは言われた通りに、台所の流しの下に保管してあったシャンパンを出し、栓抜きとコップをマキの前に置く。  マキはラベルを一瞥すると、意外な事に、慣れた手つきでコルクを開けた。「開けろよ」とおねだりするマキが見たかったのに、残念だ。 「トモちゃんごめんな、ちゃんとしたフルートグラスがなくて」 「いや、ちゃんとしてても、ぼくには味の違いもわかりませんよ」  マキが、オレの用意した普通のガラスのコップに濃いピンクの液体を注ぐ。シュワシュワと気泡が立ち、幻想的な光景がコップの中に閉じ込められる。丁寧な手つきに、マキの器用な一面が見られた。ごちそうさまです。 「はいかんぱーい」  と、マキがグラスを掲げてから、中身を一気に飲み干す。空になったグラスにまた並々とおかわりを注いだ。 「マキさん…高そうなシャンパンなのに……」 「そんな高くはないぜ。8000円くらいかな…一応ボランジェだけどノンビンテージだし、これはまだリーズナブルで飲みやすい。そういやこれ、有名なスパイ映画で主人公が女口説く時に飲んでたから、そのイメージが強いな」 「「えっ!?」」 「……え?」  思わず、オレもトモも声を上げた。マキが目をパチクリとさせて、怪訝な顔をした。 「シャンパンとか、よく知ってるんですか?」  トモが意外!と言う顔で聞いた。オレも思った。 「人並みに?かな。ねぇちゃんやアニキは俺より詳しいぜ。俺はさすがに年代やらは当てられない」 「へぇ…」  そういえばつい忘れてしまうけど、マキの実家は金持ちだ。オレらなんかより飲み慣れていても不思議じゃない。 「すごいですね。ぼくは二十歳になったばかりなので、シャンパンも初めてですよ」  トモは濃いピンクの液体を少し口に含み、微妙な顔をしてみせた。 「んなもん凄くもなんともねぇよ。飲んで酔っ払えりゃなんでも同じだ」  そう言って、マキはいつものごとくハイペースで酒を流し込む。シャンパン一本では足りないと思い、オレは冷蔵庫のビールを確認する。12本もあれば足りるな、うん。  本日の夕食は、マキの好きな唐揚げだ。マキは社会的に見て不真面目な見た目をしているのに、お子様メニューが大好きだ。可愛いヤツ。  夕食の準備をしている後ろで、マキとトモが楽しそうに(楽しそうなのはマキだけかも)話をしている。 「あっ、すみません、マキさん。少ししなければならないことを思い出しました」  そう言って、トモがリュックからノートを取り出す。赤ペンを手に、そのノートを開ける。オレは先におつまみ用に置いておいた枝豆(冷凍のヤツ)を用意して、テーブルに持っていった。 「勉強?」  オレが聞くと、トモは首を振って答えた。 「いえ、ぼく家庭教師のバイトをしてるんですけど、高校一年生の子の採点をしなくちゃならなくて」 「ああ。トモは頭いい大学いってるもんな」 「ぼく自身はそこまで頭良くないんですけどね」  トモの謙遜には、嫌味な所を感じない。好ましい青年だ。 「ユキも少しは教えて貰えば?この間3割引と30%オフでどっちが安いか悩んでたろ」 「お前だって結局答え言わなかったろ!?わかんなかったんじゃねぇの?」  マキはフンと鼻を鳴らし、グラスのシャンパンを飲み干した。オレはすかさず、冷蔵庫からビールを取り出して空けてから渡す。  受け取ったマキは、水滴の浮く冷たい缶を嫌そうに持って(手が濡れるからイヤなのだそうだ)、チラリとトモのノートを見る。 「そこの、三番目の問題、解法はあってるけど計算が違う」  オレもトモも、それがマキの声だとは信じられなかった。 「「えっ!?」」 「だから、a +bの4乗の展開はあってるけど、aが4で、bが3なら、途中の6×aの2乗×bの2乗の答えは864だろ」  あれ?マキさん、どうした? 「お、おい、オレのマキはどうしてしまったんだ…?」 「お前は驚きすぎ!!俺だってそのくらいの数学はできる!!」  失礼なヤツだな!と、マキが怒って言うが、オレもトモも何が起きたのかわからなかった。 「これでもちゃんと義務教育を受けて、高校も卒業して、大学もセンター入試で入ったっての!!」 「マキさんって、大学行ったんですか?」 「行った。でも卒業はしてない」 「……ああ、なるほど」  トモが驚いた顔から、スンと冷めた顔になった。言わなくてもわかる。だからニートなんだ、と思っていることが顔に書いてある。  ともかくだ。 「普段あんなにアホなのになぁ…」  マキはビールをごくごくと飲みながら、既に赤くなった顔でため息をこぼした。 「まあ、アニキやねぇちゃん、悠哉と比べたら、俺は確かにアホなんだけどな、実際……アニキは法学出てるし、ねぇちゃんは医者だし、悠哉は……なんだっけ?」 「経済学部ですよ」 「ああ、それそれ…俺も経済だったけど、つまんねぇよな、勉強って」  オレも勉強は嫌いだし、実は中卒のオレは、何割とか何%とか言われても?????って感じだが、勉強ができるヤツは素直に尊敬する。  オレは可愛いオレのマキを、この時初めて尊敬した。 「でも、勉強ってやって損はないですよね。出来ないよりは出来た方がいいですし、出来ることが多い方が、世の中は生きやすいです」  トモの言葉は、なにも勉強に限ったことではないけど、出来ることが多くても、世の中に馴染めないヤツもいるんだぞ、と思った。 「出来ることが多くても、結局生かせない人間もいるんだぜ、トモちゃん。そんな人間は、こうやって酒とタバコとセックスにしか、逃げるところが無いんだ」  マキがオレと同じような事を考えていたことになんだか嬉しく思う反面、その心の深く、闇の濃い場所に、オレはまだ入れてもらえていないんだなとも感じた。 「ま!!とりあえず飲もうぜ!!俺の今の目標は、世の若者をアルコール漬けにして、GDPを低下させて日本を破滅させることだ!!トモちゃん、死ぬまで飲めよ!!」 「マキさん……やっぱりアホなんですかね」 「マキはアホだから可愛いんだ」  そんな意外なマキの一面を知り、オレはまたマキの事を好きになった。  こうやって、どれだけオレを夢中にさせたら気が済むのだろう。困ったヤツだ。

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