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意外な一面2

☆  マキが本当は賢いという事を知った、数日後。  その日はマキがオカマバーで手伝いをする日で、夕方ノソノソと無気力丸出しで用意を終えたマキと並んでアパートを出た。  もう何度も一緒に歩いている道だが、マキと並んでいると全てが新鮮だ。同じ日は二度と来ない。昨日と今日のマキも、同じであって同じじゃ無い。  そんな事を考えながら、同じくらいの高さにあるマキの横顔を見ているだけで、ちんこが自己主張を始めようとする。  気を散らせるように話題を振った。 「マキは他に何ができるんだ?」 「ん?…まだ勉強が、とかいう話引きずってんの?」 「勉強はわかったけど、オレはマキのなんでも知りたいからさ」  マキは眉根を寄せてしばらく黙った。 「……英語は、少し話せる」 「へぇ。やっぱ実家の教育方針とか、そういうの?」 「いや、英語を話したいと思ったのは、外国人とセックスしたかったから」  表情を全く変えず、当然だろというような声音だった。 「さすがマキ……で?」 「で?」 「ヤったの?」 「まあ、一応。でも俺のセックスライフは国内で完結できるなと思った」 「へぇ」 「あと日本の外国人は日本語ができた」 「……へぇ」  やっぱりマキはアホだなと思った。  エリカちゃんのオカマバーに到着すると、その日の店内はいつもより賑やかだった。 「なんかのイベント?」  挨拶もそこそこに、マキはいつも通りカウンターの裏へ、オレはカウンターの端の席に座って、働くマキを眺める。 「今日は常連さんがミニライブをやってくれるのよ。だから、いつもよりお客さん多いと思うけど、よろしくねぇ」 「ん」  エリカちゃんは嬉しそうにそう言って、マキは特に表情も変えず、いつも通りの業務を開始する。  エリカちゃんの店には、小さなステージがある。もともとカラオケバーだったところを少し改装して利用しているためだ。  そのステージに、四つの丸椅子が並び、それぞれにオレでも一応名前のわかる楽器を持ったおっさんがいた。サックスとウッドベース、あと電子ピアノ、電子ドラム。  オレにはまったくもって音楽の知識は無いし、さして興味を抱いたこともない。でも、それができる人は、勉強と同じで尊敬する。  ある種の情熱がないと続けられないだろう。そういう意味で、音楽は恋心に似ていると思う。時に思い通りにならないこともある。真剣に向き合わなければ良好な関係を築くのも難しい。  お遊びで手を出してはいけないのは、人も楽器も一緒だ。  オレはマキにだけ真剣に向き合っているから、他のことに手を出す余裕はない。自分では、そのくらいマジメな気持ちのハズだが、マキにはなかなか伝わらない。もどかしいなぁ、と思いはしても、手放す気はない。 「ユキ、ウィスキーでも飲む?」 「あ、おう」  物思いに耽っていると、いつのまにかマキが目の前にいた。いつも通り、無愛想な顔で心底働きたく無いという感じだった。  スッと出されたグラスに口をつけながら、店の中を動き回り、常連客の相手をするマキを眺めていると、楽器を持ったおっさんたちが最初の曲を奏で始める。  なんの曲なのかもわからない、イヤに賑やかな音色だった。  教養もクソも無い家庭に産まれたから、と、環境のせいにするわけでもないが、その華やかな音色にオレはついていけない。他の客は、みんな笑顔を浮かべているが、何が楽しいのだろう。  いつまでこの喧騒が続くのか、とオレは少し頭が痛くなる。  三つ目の曲が終わった。拍手をする客たち。空になったオレのグラスに、新しい酒が注がれる。それから珍しく仕事中なのに、マキがオレの隣に座った。 「お前さぁ、興味ないのは仕方ないけど、もうちょい楽しそうな顔しろよ」 「音楽なんてわかんねぇんだもん」 「わかんなくても、拍手くらいするもんなんだよ」  呆れた、とマキが片方の眉を上げて笑った。 「マキちゃんが参加すれば、ユキちゃんもちょっとは興味もつんじゃない?」  そこにエリカちゃんがやってきて言った。手には頑丈そうなケースを持っている。これで殴ったら簡単に人を殺せそうだ。 「えぇ…面倒なんだが」 「お給料を少し上乗せしても良いわよ。もともと、こうやってここで演奏会するようになったのもアンタのおかげだし」  マキはお給料上乗せに食いついたようだった。 「ちょっとだけだからな!」  そう言って、恥ずかしそうにケースを受け取るマキ。とても可愛い。 「お前楽器もできるんだな」 「ヘタクソだけどな」  と、マキがケースから取り出したのは、蜂蜜を塗りたくったような光沢が綺麗なヴァイオリンだった。 「意外過ぎ」 「よく言われる」  さすがお金持ちの息子だなぁ、と思う。耳にギラギラしたピアスがこれでもかと付いているくせに、いかにも上流階級というような楽器を手にする姿は、これはこれでギャップがあって良いのかもしれない。  マキがヴァイオリンを手に持つと、それに気付いた常連客や楽器を持つおっさんたちが嬉しそうな顔をする。  オレは初めて知ったが、みんなマキの演奏を知っているようだ。  面倒くさいな、という顔を隠しもせず、マキがステージの端へ移動して、おっさんたちと一言二言話し、店内が少し静かになった頃、マキのヴァイオリンの音が静かに響いてきた。  合わせるように他の楽器も加わり、客たちも盛り上がりを見せる。  やっぱりオレにはなんのジャンルの、なんの曲なのかもわからない。  でも、演奏するマキが楽しそうでカッコよくて、確かに興味を持つには十分だった。 「マキちゃん、アレでお坊ちゃんだから、小さい頃からたくさん習い事をしていたのよ」  エリカちゃんがオレの隣に座って言った。 「その反動もあったのかもしれないけど、まさかあんなんになっちゃうとは思わないじゃない」 「オレはあんなマキが好きなんだが」 「ホントアンタ変わってるわね」  オレが変わっているというなら、そんなオレと付き合っているマキも変ということになるぞ!!  まあ、マキは本当に変だけど。 「楽しそうでしょ、マキちゃん」 「うん」 「大学辞めて、実家追い出されちゃった時にね、せっかく続けてきたんだから、音楽でもやれば?って言ったんだけど、ヘタクソだからイヤだって言ってね」 「うん」 「それから、ずっと無気力なのよ」  オレはマキの無気力で、虚な瞳に惹かれた。マキがもし音楽をやっていたら、オレはマキには出会わなかったかもしれない。  そう思うと複雑だけど、マキはオレと出会う為に音楽をやらなかったんだと思うことにする。 「でも、ユキちゃんが側にいるようになって、ちょっとずつ明るくなってはいるのよね」 「うん」 「大事にしてあげてね」  今更当たり前のことを言われてもなぁ。 「マキがイヤだと言っても、オレはアイツの側にいる。それくらい愛してる。マキが死ぬときはオレも一緒だ」  なかなか伝わらないが、それは紛れもないオレの本音だ。 「やぁね、愛が重いわ。重すぎて逃げられないようにしなさいよ」 「うん」  オレはまだ、マキの一部しか知らない。  でもたまにこうやって、他の部分が明かされていく事がとても嬉しい。  オレはいつか、マキの全部を知ることができるのだろうか?

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