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学祭3

★ 「マキたん、たこ焼き買ってきたけど、食べるよな?」 「ん…ありがとユキたん」  と、俺はこれでもかという笑顔を浮かべる。で、感謝の印に、ユキの頬に軽くキスをして、その腕に自分の腕を絡める。  ユキはそんな俺の目を見つめて、優しく微笑むと、自然な流れで俺の唇を軽く塞いだ。 「もー、ユキたん!ダメ!」 「いいだろぉ、マキたん」  プンプン!とかやりあっていると、 「何してるんですか…?」  正気ですか?とも取れるニュアンスを含んだ声が、背後から聞こえた。  振り返るとトモちゃんが、感情の一切を押し隠したような顔で俺たちを見ていた。 「何って、ラブラブデート中だぞぉ!」 「そうだぞぉ!見てわかんないの?」  ユキがそう言って右手の人差し指を立てた。俺もそれをマネをして、言葉を付け足した。 「不気味……なんですけど」 「だよな」 「俺もそう思う」  俺たちが『ラブラブデート』を始めて、一時間ほど経った頃だった。  大学敷地内、門を入って正面の本館一階カフェテリア。その、テラスで、俺たちは乏しい知識を総動員して『ラブラブ』を演じていた。  途中、ラブラブってなんだ?と、お互いに思ったのがわかったが、ユキは勝負と言い出した手前やめようと言い出せず、俺は甘々エッチが諦められなくて、様々な疑問を抱えながら続けていた。 「カフェテリアのテラスで、チョコバナナを官能的に食べる同性カップルがいるという噂が……」 「おいマキ、そんな奴いたか?」 「俺は見てないぜ」 「……マキさん、口元にチョコ付いてますよ」  その瞬間、ユキが俺の顔面を殴った。 「ブッ!?」 「おいマキ、鼻血出てるぞ!」  この野郎!と思いながら、鼻の奥でツーンとする痛みと、ダラリと垂れ落ちる血を慌てて手で抑える。  誤魔化すために俺を殴るのはやめて欲しい。痛みで勃っちゃうのを、隠すのが大変だ。 「……本当に何やってるんですか」  トモちゃんは呆れ果てた顔で呟いて、 「保健室行きますよ」  と、俺とユキを、ザワザワするカフェテリアから追い立てた。  本館の中は、文化系サークルの展示物がある。普段構内にまで入れない物珍しさから、明らかに学生ではない年齢層や、他大学の学生が多く行き交う。  その合間を俺が歩くと、自然と道ができるのを(顔面血だらけの人間に、誰も関わりたいと思わない)気にしないようにして、俺たちは保健室へ向かった。  一階教務課の隣にある、小さな部屋が保健室だ。  トモちゃんが軽くノックをして、「失礼します」と言ってドアを開ける。 「どうしたんですか?」  ヤル気の無さそうな男の声が出迎える。そいつが保健室の先生だ。仕事用の椅子に座り、怪我人を見るでもなく、ただコーヒーを飲んでいる。 「友人が鼻血を出してしまったので」 「ああそう」  トモちゃんが説明するのに、男は興味なさげに答えた。  俺は勝手に近くのベッドへと座り、ユキがその辺にあったティッシュを持って俺の隣に座る。 「もう止まった?」 「ん…もうちょい」  自分で殴りつけておいて、心底心配そうな顔をするのだから、ユキはきっとサイコパスの才能がある。 「お前のせいで血だらけだ」  止血をユキに任せて、俺は真っ赤な両手でユキの顔を触る。微妙に乾いた赤い跡が、ユキの頬に二つ線を描く。 「やめろって。服に着かなくて良かったな。汚したら全裸で歩かなきゃなんなかった」 「なんで全部脱ぐ前提なんだよ」  そこにトモちゃんが無表情で言う。 「そもそも何してたんですか?」 「勝負だ」 「どっちがラブラブ甘々デートが上手くできるかの、勝負」 「くだらない……」  俺は時々思う。トモちゃんのこの、呆れた時の冷たい表情が堪らなく良い。その顔で俺をめちゃくちゃにして欲しい。まあ、ユキの前でそんなこと、言ったらガチで殺されるけど。トモちゃんが。 「おい、ここは神聖な怪我人の寝所だ。元気なら帰れよ」  はあ、と気怠げなため息を吐き、保健室の先生が俺たちを睨んだ。無造作に伸びた髪と、着崩したワイシャツがワイルドなおっさん先生。人の体調を気遣う職業とは到底思えない見た目をしているのに、これで看護師免許を持っている。  そいつは俺たちを見回して、あっ!と言う顔をした。 「修哉、か?」  俺は特に驚くこともなかった。部屋へ足を踏み入れた瞬間から気付いていたから。 「そ。久しぶりだな、先生」  俺が答えると、ユキとトモちゃんがキョトンとした顔をした。そんな二人をよそに、先生は勝手に楽しそうに話し出す。 「お前元気にしてたか?急に大学辞めて、もう6年経つのか…相変わらずファンキーな耳してんな」 「先生も相変わらずワイシャツもまともに着れないんだな」 「んなこと言うなや。昔はそんな俺の下でヒィヒィ喘いでたクセによ」  イヤらしい笑顔で言う先生。その瞳が、俺を舐めるように見つめる。 「悪いけど今はコイツと付き合ってんの。ユキの前で過去の事勝手に話さないで欲しいんだが」  後で痛い目に会う可能性がある。主に俺のちんこが。  固まってしまったユキを他所に、トモちゃんが声を上げた。 「あの、もしかしてマキさんが辞めた大学って、」 「なんだ?知らずに連れてきたのか?コイツ、この大学でクソビッチって言われて、教員全員に白い目で見られてたんだぜ」  教員全員にそんな風に言われていたとは、知らなかった。 「外でウリやってるとか、なんかそういう噂ばっかりでよ…試しに俺も誘ってみたら、簡単に股開きやがって。本当にクソビッチだったってわけ」  もちろんウリをやってる気はなかったが、結果的に金銭面が潤っていたのだから同じだろう。 「はいはい、もうそんくらいにしてくれ。俺だって別に、好きでこんなところ来たわけじゃないんだし、もう来ないから俺の事は忘れろ」 「んなこと言うなよ。せっかく再会したんだからさぁ、相手してやろうか?どうせまだやってんだろ?」  俺はうんざりしてベッドから立ち上がった。鼻血も止まったし、こんな所に長居は無用だ。あと、さっきから黙ったままのユキが気になる。 「今はコイツと付き合ってるって言っただろ!」  そう言ってユキの手を掴む。そのまま保健室を出ようと歩き出すと、ユキは大人しくついてきた。  トモちゃんも慌てて追いかけてくる。  部屋を出る前に、また先生が「寂しくなったら来いよ」と言ったけど、俺はそれを無視した。  近くのトイレでユキと並んで汚れた手を洗っていると、ユキが小さな声で言った。 「ほんとお前って節操なしだよな」  鏡越しの表情は、思っていたより不機嫌ではない。 「今更だろ」 「……なんで、大学辞めたんだ?ここ、簡単には入れないだろ」  自分の学歴をひけらかしたくはないから、偏差値がどうのこうのという話をするつもりはないけど、確かに、この俺でもそれなりに勉強はした。 「アニキが辞めろと言ったから、辞めた。お前のようなクソ野郎が行く所じゃないって。恥さらしに行くくらいなら辞めろってさ」  ギリギリで入試は通ったが、その後は落ち目もいいところだ。結局、ここのレベルについていけるほど俺は賢くはなかった。  ま、遊び惚けていた俺も悪いけど。 「そっか」 「ん」  ふと視線が合う。ユキの濡れた手が、俺の頬に添えられる。両掌で包み込まれるように顔を挟まれ、俺は視線を外すこともできない。 「またマキの意外な一面を知ることができて、オレは嬉しい」 「節操無しって、怒るかと思った」 「それこそ今更、だろ」  ユキの唇が迫ってきて、俺の唇を塞ぐ。ヌルリと侵入したユキの舌が、まるで味わうように俺の口腔内を舐め回し、思わず逃げる舌を追ってくる。  そんなキスをユキに仕込んだのは誰だろう?  ふと、そんな事を考えてしまう。俺にも色々な経験があるように、ユキにも沢山の相手との経験があるはずだ。  それを思うと、少しだけ悔しい。反対に、恩恵を受けられることにありがたくも思う。 「ん…んふ……」  そんなユキとする深いキスは、呼吸を忘れてしまうほど気持ちがいい。まるで、全部忘れろと言われているような気分になる。  糸を引いて離れた唇が愛しい。もっと、と疼く心を止められそうにない。 「オレはかわいそうなマキが好きだ」 「ホント歪んでんな」 「過去があるから、オレと出会ったって思えば、お前の今までは無駄じゃないだろ」  ものすごいこじつけだが、確かに大学を辞めて、実家を追い出され、ニートのパチンカスになってなきゃユキとは出会っていない。  アニキの望むままに生きていたら、俺は今頃実家の会社を手伝い、人形のような人生を歩んでいただろう。  まあ、無気力さでいえば今もそんな感じだが。  ユキは強引でめちゃくちゃなヤツだけど、もともと誰かに依存して生きてきた俺には、その強引さがとても居心地がいい。 「マキがイヤなら帰ろうか」 「……別に、イヤじゃない。せっかく来たんだし楽しもうぜ」  俺にとってここはイヤな思い出しかない場所だが、もう何年も前の話だし、それにユキは学祭を楽しみにしていた。  だから、俺が少し我慢をすればそれでいい。  そう思って言ったのだが、ユキは俺の顔を挟み込んだまま、ジッと視線を合わせてくる。 「…なんだよ?」 「本当に帰らなくていい?」 「はあ?」  しつこいな。いいって言ってんのに。 「マキ、本当のこと言って?」 「いや、だから別に大丈夫だって言ってんだろ」  面倒になってきた。なんだコイツ? 「勃ってるのオレだけか」 「おい!!帰ろうって、ヤりたくなったからかよ!?」 「もちろん」  思わずユキの頭を叩く。  俺の事を心配して言ってんのかと思っていたのに!!自分のちんこの為かよ!? 「お前は結局いつもそうだな。ちんこ基準で行動を決めるなよ」 「マキはちんこ基準で人を判断してる。お互い様だ」 「……さて、トモちゃん待たせてるし行こうぜ」  ユキの手を振り払って、俺はトイレから出てトモちゃんと合流する。  その少し後を、ユキが物欲しげな顔でついてきた。

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