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学祭5

★  アパートに帰り着いた俺たちは、特に何も話すこともなく、いつもどおりの定位置に落ち着いた。  つまり、俺はベッドとローテーブルの間に座って、タバコを咥えたままぼーっと天井を見つめていて、ユキはベッドに腰掛け、俺の左右に足を下ろしていた。  ポンポンと大きな掌が俺の頭を撫でる。 「マキのアニキ、嫌いだ」  ユキがポツリと溢した。 「ははっ、正直なヤツ」 「だってあんなん、大勢の前で言うことじゃないだろ」  ユキや悠哉はともかく、トモちゃんも泉ちゃんも聞きたくないようなことを聞く羽目になったわけで。ユキの言う通り、あの場に限っては兄はイヤなヤツだっただろう。 「でも原因を作ったのは俺だ。ああやって罵られるような人間なんだよ、俺は」 「それはどうでもいい。原因がお前にあったとしても、オレの好きなマキをオレの前で貶めるようなことを言うヤツは嫌いだ」 「お前は自分勝手なヤツだな」  紫煙とともにため息を吐き出すと、ユキが俺のタバコを取り上げた。最後の一口を自分で吸ってから、それを灰皿に押しつける。 「おいで、マキ」  いつになく優しい声だ。そっと差し出された手を握ると、ユキは俺の身体をベッドに押し付けるように寝かせた。 「ヤッてもいいけど、激しくないと楽しめないかもしれない」  どれだけクソニートやクソビッチと蔑まれても、他人の言葉に傷付く事はないけど、久しぶりに聞いたアニキの声は、俺を落ち込ませるには十分だった。  とことん痛くて苦しい行為じゃないと忘れられそうにない。 「オレは別に自分が楽しければそれでいい」  ユキの言葉に、心の何も感じない部分がジワリと広がるのがわかった。初めて他人に身体を蹂躙された時から、その場所は少しずつだが確実に広がっている。 「そう思っていたんだが……」  尻すぼみになる声と、俺を見下ろすユキの瞳は、今にも泣きそうだ。 「マキには、そうは思えない。オレは多分病気だ。いつもマキの事ばかり考えていて、心臓が苦しい。あと、いつも涙が出そう」 「惨めでかわいそうなオレが好きなんだもんな、ユキは」  セックスの前の会話に意味なんてない。大抵は場を盛り上げるための中身のない音に過ぎない。  そう思っていたのに、今日は軽く聞いている事ができそうになかった。 「そうじゃなくて……自分本位の行為以外もしたいと思ったのは、マキが初めてなんだ。だけど、この好きだという思いを、ほかに言い換える言葉がわからない」  そう言って、ユキはまるで難読漢字にでも遭遇したかのような顔をした。 「お前の勝ちだ」 「は?」  なんか勝負してたっけ?と、首を傾げると、ユキはニヤリと笑った。 「ラブラブ甘々デートにはならなかったけど、今回はお前の勝ちでいいぜ」 「ああ、そういやそんなこと言ってたな」  すっかり忘れていた。それにあれは途中で有耶無耶になったと思っていた。 「マキの勝ちだから、今からオレはマキをめちゃくちゃ甘やかしてオレの事しか考えられないようにしてやる」  そんなのムリだと思った。セックスなんてただの遊びだ。自分がいかに良い思いをするかによる。相手の事なんて考えた事もない。  たまに甘やかされるのも嫌いじゃないが、あくまでそれはプレイの一部だ。愛されていると勘違いできる、自己満足だ。  今欲しいのは痛いのと、苦しいの。或いはそのどちらも。快楽で意識が飛ぶくらじゃないと。 「そんなイヤそうな顔するなよ」 「だって、それは今必要じゃないから」 「わかんねぇぜ?ほら、何事も挑戦だ」 「意味わかんねぇ」  まあいいか。  どうせユキに自制心なんて人間らしいものは無い。途中でがっついてくるに決まってる。 「ほら、ヤルならさっさとヤろうぜ」  そう言って、俺は自分からユキにキスした。そういえば、自分からキスはあまりしないな、と思った。 「ふっ、ん……んん」  だんだん激しさを増す深くてネチッこいキスの合間に、ユキの手が俺の服の中へ差し込まれ、最初はただ撫で回していただけだったが、徐々にその手を胸の突起へと集中させてくる。  摘んだままギュッと押し潰されると、俺ははしたない吐息と喘ぎをもらし、そこにまた、ユキの舌が深く差し込まれる。 「んふ……ユキ…も、キスばっか苦しい」 「ダメ。口閉じないで」 「ふぁ……っん…」  ユキの手が俺のデニムと下着を脱がし、顕になった性器を優しく上下に動かす。優しすぎる手つきがもどかしい。 「な、なあ…そんなんじゃイけない」 「オレのこと考えて。オレの手がマキの握ってる。オレの手、気持ちいい?」  そう言われると、どうしてもユキの手に意識が向いてしまう。背は変わらないのに、ユキの手は大きい。細くて長い指が生々しくイメージできるほど、俺はユキと結構長く一緒にいる。 「はぁ…きもち、い…けど、やっぱ足りない」 「わかった」  ユキは俺の先端から溢れる先走りを拾って、後ろの穴に塗り付ける。普通は足りないけど、慣れてしまっている俺のそこは、それだけで指くらい飲み込む事ができる。 「んっ、ぁあ…はぁ、はぁ」  ズブリと入ってきたユキの指は、そのまま動きを止めてしまう。 「ユキ…?」  なんで?と、ユキを見れば、イヤに真剣な顔が目の前にあった。 「どうした?」  なんとも言えない不安が襲ってくる。俺は何か、気に触ることをしたのか? 「もどかしいって顔してんの、可愛いなと思って見てた」 「……やめろって」 「やめない。マキ可愛い。好き。愛してる」 「ホントにやめろって、ぅんッ!?ちょ、急に動かすなよ!」 「好き。大好き……マキは?オレの事好き?」  急に動き出した指が、グチュグチュと尻の穴を出入りし拡げる快感を、ユキの腕に捕まって耐える。 「ああっ、んふ、ユキッ…いやぁっ」 「オレの指、気持ちいい?マキの中、ウネって苦しそう。オレの欲しい?」 「ほしっ、も、いいから入れろよ!」  だんだん恥ずかしくなってきた。ユキが何かするたびに、好きと言われるたびに、本当に恋人同士なんじゃないかと思ってしまう。いや、本当に恋人同士なんだけど。  ユキが指を引き抜く。いつもなら、すぐにでもブチ込んでくるが、今日はそうじゃなかった。  また深く長いキスが、俺の呼吸を奪っていく。一体今、何してるんだ?と俺の歪んだ思考は疑問を抱き始める。 「っ、ふぁ…ん、んふぅ……」 「マキ……はぁ…好きだ」  そう呟いてユキが一瞬離れる。そのすぐ後に、尻に当てられたユキのそれは、ゆっくりと確実に中へと侵入し、大きくて硬いものが前立腺に刺激を与えてくる。 「ん……ぁあ…」  ズルズルとゆっくり動くユキに、俺は勝手に動く腰を止められない。もどかしい。でも、それがよりユキの存在を感じさせる。  ユキが奥に入ってくるたびに、俺の先端はビクッと揺れて、透明な体液を溢れさせる。 「マキの中、気持ちいい。マキはオレの気持ちいい?」 「ん、いいっ、いいからぁ…動けよっ」  ユキは腰を動かしながら、俺の身体をこれでもかと強く抱きしめ、何度も何度も唇を重ねる。  唇が離れたと思ったら、今度はまた好きだなんだと言いまくる。 「マキ、マキ…も、イきそっ」 「んっ…ああっ、はぁ…ぁ、んんんッ!」  俺の足を抱えたまま、ユキが奥に熱を放つ。そのままゆるゆると動かされ、俺も白濁を滴らせる。 「はぁ…はぁ、ごめん。ちゃんとイけなかったよな」  ユキが苦笑いをこぼしながら言った。 「いい…もうわかったから」 「ん?」 「お前俺の事本気で好きなんだな」  もうわかった。  コイツは本気なんだ。  いつも好き勝手するくせに、俺のために自分を抑える事ができるヤツなんだ。 「だから、最初から好きだって言ってんだろ」  ニッと笑うユキはやっぱりイケメンだ。ズルい。  ユキが俺の尻から自分のを抜くと、また抱きついてきた。俺はそんなユキを押し除けて、テーブルの上のタバコをとって咥える。 「ヤッた後余裕があるのって変な感じだ」 「オレも」  目が合う。なんか照れ臭くて、お互いに変な笑みを浮かべた。  俺はこの時初めて、思いやりのあるセックスを知った。同時に、それがこんなにも、物足りなくてつまらない、だけど心が満たされるものだという事も知った。  さっきまで俺の心を覆っていた暗いものが、ちょっとだけ晴れた気さえした。  でもできればしばらくは遠慮したい。  終わった後の気恥ずかしさは、とてもじゃないけど耐えられそうにない。

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