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温泉旅行1

☆  学祭から二日後。  オレはエリカちゃんの店で、学祭での話を……主にマキの兄についてのグチを語っていた。 「アイツ、今度会ったらガチで殴ってしまいそう」  オレの怒りは簡単には治らない。それが、大切な人を貶めたヤツなら尚更だ。 「って言うけどねぇ、キョウちゃんも苦労したのよ?シュウちゃんのせいで」 「知らねぇよ…オレの可愛いマキを、あんな風に言いやがるヤツは誰だって殺す」 「まぁ物騒なんだから」  と、言われてもオレは本気だ。マキのためならなんだってできる自信がある。 「それよりも…マキちゃんは大丈夫なの?落ち込んでるでしょう?」  エリカちゃんは、マキ家の元家政夫だから、いまでもマキのことを気にかけている。マキの性格もよく知っている。 「まあ、落ち込んでるな……いつもより無気力に拍車がかかってる」 「目、離しちゃダメよ?」  ふと真剣な表情でエリカちゃんが言うから、オレもなんとなく居住まいを正して聞き返す。 「どういうこと?」 「あの子、実家の屋根から飛び降りた事があるのよ」 「……マジ?」  エリカちゃんが盛大にため息を吐き、悩ましげに顎を撫でた。 「マジよ。三階建てだから、大事に至らなかったけども」 「なんで?」 「一回目は、中学の頃よ。その…無理矢理そう言う事があって、そのショックで」  そういう事、と濁してはいるが、大体予想はつく。 「一回目ってことは二回目があるのか?」 「大学を辞めた時ね」  とんでもねぇヤツだ。オレは多分マキのためなら人を殺せるけど、自分を殺すことは難しい。マキが生きている間は、死にたくはないからだ。 「だから、そういうことができちゃう子なんだから、アンタがちゃんと見ていてあげてよね」  わかったと頷いて、席を立つ。そんな事を聞いて、油を売っている場合じゃない。買い出しに行ってくると言って出てきたが、今後は絶対に連れて歩こう。 「あっ!!!!」  突然エリカちゃんが叫んだ。ギョッとして心肺停止しそうになり、なんとか堪えた。 「ど、どうした?」 「アンタたちに渡そうと思ってたものがあったのよ!!」  あんなに大きな声を出すのだ、相当重要な何かに違いない。  例えば、婚姻届にサインしてくれだとか、はたまた離婚届にサインしてくれとか。  エリカちゃんならやりそう。 「はいこれ。常連さんが持ってても使えないからって置いてったんだけど…アタシたちもそんな余裕ないし…期限が今週末だから、アンタたちにどうかなって」  そう言ってカウンターに長細い封筒を置いた。 「何これ?」  手にとって中身を検める。 「露天風呂?」 「そ。隣県のお宿の割引券なんだけど、平日に急に出かけられるのってニートのアンタたちくらいしか思い浮かばなかったのよね」  と、恨めしい顔をするエリカちゃん。 「お誂え向きにペアチケットだが…男二人で大丈夫なのか?」  オレはヒモ時代に何度か旅行に行った事がある。そん時に、同性同士の同室を避ける宿が存在することを知った。もちろんその時の相手は男だった。 「いやぁねぇ、こんな店の常連客が置いてったものよ?お察しでしょ!!」  エリカちゃんが両手で頬を挟んで悶えた。心なしか顔を赤くして見せるが、それが濃い化粧のせいなのか、今まさに赤くなったのかはよくわからない。 「はあ…お察し、ねぇ」  ともかく、オレとマキの二人で泊まれる宿というのは貴重だ。  同室ならば尚更。 「ところでアンタたち、まさか普段からエゲツないエッチしてるんじゃないでしょうね?」  ギクリと肩が震えた。 「あらヤダ、もしかして図星かしら?」 「うーん…まあ、そうかな…ってより、その学祭の日に、初めて大人しいセックスをしたんだけど……」 「セックスに大人しもなにもないわよ」  確かに…… 「いやでも、オレは初めて相手の事を考えながらヤッた」 「今更?クズ野郎じゃない」  そう言われると、何も否定できない。  自分本位にならないように、なんて、これまで考えた事もなかった。 「結果的に、オレらはそういうのじゃ満足できなかった」  なんとなく照れ臭くて、オレたちは速攻でこのフワフワしたセックスを封印した。次は無い。多分。 「歪んでるわね」  エリカちゃんが呆れて盛大なため息を吐き出した。 「ともかく、せっかく旅行に行くんだから、その時にしかできないこと沢山あるわよ?普通にセックスして帰ってきたってんなら許さないから」 「うん…ありがとう」 「お土産期待してるわね」  そう言って、エリカちゃんはニコリと笑って見送ってくれた。  オレはその割引券を握りしめ、駆け足で家に帰った。  頭の中では、旅先でマキとどんな思い出を作ろうかと考えていた。  普通のセックスがダメなら、どんなセックスならいいんだ? ★ 「温泉?」  帰ってきたユキが俺の顔面に突きつけてきたのは、隣県のとある温泉旅館のペア割引券だった。 「そ!オレらもこういうの経験しとくべきじゃん」 「いや、経験も何もただの温泉旅館だろ?」  ユキは何故かとても楽しそうで、その楽しさゆえか、買い出しに行くと言っていたのに手ぶらで帰ってきたわけだが。 「露天風呂付きの離れが貸し切りらしい」  そう言われて、思い浮かぶのはエロいことばかりだ。だがしかし、だ。 「男二人でそんなとこ泊まっていいのかよ?」  以前は確か断られる事もあったはずだ。 「エリカちゃんが、お察しでしょーって言ってたから大丈夫だ」 「はあ?」  俺は短くなったタバコを灰皿に押し付けながら、ユキの話を一生懸命理解しようと努めた。  多分、買い出しに行くと言って繁華街へ出たついでに、エリカちゃんの店にでも寄ったのだろう。そんで、なんの経緯かこの旅館の宿泊券をもらった。男同士泊まっても気にしなくていいと聞いて、嬉しさのあまり買い物を忘れて帰ってきた、という事だ。 「行くよな?」  当然だろ?というように、ユキは満点の笑顔で聞いてくる。 「…まあ、いいけど」 「と思って、予約しておいた」 「は?」 「明日朝7時に出るから」 「……は?」  思わずもう一本咥えたタバコが、口からポロリと落ちた。 「いやあ、楽しみだなぁ」  などと言いながら、ユキはニコニコ笑い、買い出しを忘れたことに気付いて悲鳴を上げた。  そして翌日、早朝。 「マキー?起きろよー!!」  ユキの騒がしい声で目を開ける。  満面の笑みで平手を構えたユキと目が合った。 「あ、起きた?今叩き起こそうと思ってたんだけど…残念だ」 「俺も残念」  ユキは手を引っ込め、かわりに俺の腕をとって上体を起こす。欠伸と伸びをしてから、ベッドから出て洗面所へ向かう。  一通りの身嗜みを整えて着替えをしようと押し入れを開けた時だった。 「マキ、オレ考えたんだけど」  ん?と振り向けば、ユキはなんだかとても悩ましい顔をして俺の後ろにいた。 「せっかくだから思いっきりハメ外して楽しみたいだろ」 「あー、うん、まあ」 「オレんち貧乏で、中学の頃の修学旅行も行けなかったし、友達と旅行もしたことないんだよな……」  そう言って悲しげな笑みを浮かべる。そういえば、ユキは中卒で進学も難しい家に産まれたと言っていた。 「だからマキと旅行に行けるのって本当に嬉しくて」 「……ユキ」  余談だが、イケメンの物憂げな顔ほど俺を落とすのに効果的なものはない。そういう意味で、ユキの顔面は最高だ。 「そんでさぁ、精一杯楽しめるように、マキにも協力して欲しくて」 「……いいぜ、俺もお前と出かけられるのは嬉しいし」  それは紛れもない本心だ。そんでもって、最近荒んだ気持ちを抱える俺には、ちょうどいい気分転換であることも事実だ。  俺は普段無気力だなんだと言われるが、自分では何もしようと思わないだけで、誘われればノリ良く行動する。ように心がけている。 「って事で、ちょっとお尻貸して」 「え?」  聞き返す間もなかった。  ユキが無理矢理俺をベッドに押し倒し、左の上腕を首に押し付けてきた。当然、俺は呼吸困難に陥るわけだが。 「っは……ぁ、は」  苦しさに涙を流しながら、抵抗しようとユキの腕を掴む。でも、上から体重を掛けられているのと、もともとユキの方が力が強いのとで、びくともしない。 「落ち着けって。痛い事は……今はしないから」  今は?今じゃなかったらやるのか?  というか、コイツ本当に何考えてんの?  俺の疑問がユキに届くはずもなく。ユキは徐に右手で俺のパンツを剥ぎ取った。  いつも思う。ユキの楽しいセックスにかける情熱は凄い。俺の部屋には、俺が知らない間に増えた物がいくつもあるが、まるで四次元ポケットでも持っているかのように次々とアダルトグッズを取り出す様はもやは芸術だ。  そんな狂ったユキが今回取り出したのは、アダルトな定番アイテムだ。穴に突っ込んでスイッチを入れると、独特な音を立てて震える丸くて小さいアレ。 「コレ入れて行こう。絶対楽しいから。マキも欲しいだろ、コレ」  俺はローターじゃなくて酸素が欲しい。 「もー、マキは変態なんだから」  もちろん俺は何も言ってない。完全なるユキの独り言だ。  ユキは俺のあいたままの口に、そのローターを無理矢理捻じ込み、飲み込めずに溢れる唾液をこれでもかと絡ませて、器用に尻の穴を見つけるとそこへローターを突っ込んだ。  もちろん、昨晩も酷使した俺の尻の穴に、ユキの暴虐に耐えうるだけの抵抗力はない。 「んっ……は、ぁぁ」 「声我慢しなくていいんだぜ」  いや、なら腕をどけてくれ!!  ユキは突っ込んだローターを指でギュッと奥へ押しやる。それが俺の良いところに触れる位置へうまく当てて、指を引き抜いた。  それと同時に、気道を塞いでいた腕をどける。 「ーーーッ、ゲホッゲホッ…はぁ、はぁ」 「準備完了。さっさと服着ろよ、もう出るぜ」 「テメェ!!っぁあ!?」   ガバッと身体を起こし、抗議の声を上げるも、ユキが手に持ったリモコンのボタンを押した。その瞬間中に緩い刺激が伝い、全身から力が抜ける。 「オレがマキを遠隔操作してると思うとヤベェ……」 「お前の頭の方がヤバいだろ……」  ニッと不敵な笑みを浮かべ、ユキはリモコンを自分のデニム(実際は俺のデニム)のポケットに入れた。  クソ!もう好きにしてくれ!!  と、心の中で悪態を吐きながら、それでも期待している俺はユキと同じく頭がヤバい。

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