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温泉旅行4
★
翌日、重い腰に鞭打って、俺とユキは観光名所である海沿いの高台へやって来た。
寒風が吹き荒れる展望デッキは、どうやらカップルのデートスポットらしく、当然それを知ったユキは絶対行くと言って聞かなかった。
ひとりで行けよと言ったら、物凄い勢いで頬を平手打ちされた。
「もういいだろ、帰ろうぜ」
厚手のパーカーを着ていても、潮風の混ざる冷気を遮断することは難しい。
同じような格好(俺の服だからな)のユキは、俺と違って何故かとても元気だ。
展望デッキの先端まで歩を進め、二人して下を覗き込む。薄っぺらい金属の格子の先は、荒波が打ち寄せる暗い色の海が広がっていた。
「こっから飛んだら確実に死ぬな」
「死体もあがらんだろうな」
カップルのデートスポットでなんちゅう話をしているんだと思う。
「飛び降りんなよ」
ユキが風に消えそうなほど小さな声で言った。
「エリカちゃんか」
「うん」
「余計なこと言うなよなぁマジで」
確かに、二度ほど実家の屋根から飛んだ。別に空を飛びたかったとか言うつもりはないが、本当に死にたかったわけでもない。
というか、本当に死にたいならもっと高いところから飛んでる。
学祭での事をユキがエリカちゃんに話したのなら、それもバラされて当然か。二回とも、原因は俺にあったが、トドメを刺したのはアニキだった。
「オレ、見張るから」
「は?」
「またお前が飛ばないように24時間見張るからな」
「怖いわ!!」
「トイレもついてく」
「死ね!!!!」
ユキなら本当にやりそうだ。
柵に両腕を乗せて、ユキが言った。
「はー、早いなぁ。もう帰らなきゃならんのか」
また下を覗き、おー怖っと呟く。
「エリカちゃんのお土産、マキは何が良いと思う?」
「温泉まんじゅう」
「安直。もっと個性出そう。ぜってぇいらねぇやつにしよう」
「フハッ、割引券貰っといて最低だな」
「その方が面白いだろ」
「まあな」
ユキの背中が楽しげに揺れる。俺の好きな背中だ。セックスありきの歪んだ恋人関係だが、多少は信頼しているつもりだ。
ユキはいつも真っ直ぐだ。それを、俺は痛いほど知ってる。
ちょっとだけ、性格の悪い俺が顔を出す。いや、そもそも良い奴ではないけど。
二歩後ろへ下がる。
少しの助走で、俺の右足は、そこまで高くない柵を踏んだ。
「マキ!」
ガクッと力が抜ける。
前方の断崖絶壁、白波立つ深い海へ……ではなく、後方に引き戻される。
ユキに腕を掴まれた俺は、そのままユキを下敷きにして転がった。
「やると思った」
呆れたように笑うユキ。
「バレてた?」
「お前がやりそうな事くらいわかる。つか、今さっき言っただろ」
ほぼ同時に立ち上がり、ユキは俺の目を真っ直ぐ見た。
「オレはマキを見張んの。お前がオレの前から消えないように。死ぬまで一生、お前がどれだけ逃げようが、嫌がろうがそんなもんは知らん。オレはマキから目を離さない」
クズな俺は試さずにいられない。ユキがどれだけ真っ直ぐだとわかっていても。
「フハッ!期待してるぜ」
カップルの集うデートスポットで、俺たちはそれらしくキスを交わす。
触れるだけのキス……だったけど、物足りないと思うのは俺だけじゃ無いはずだ。
☆
「と、いうわけで、温泉まんじゅうはマキのチョイスで、こっちはオレのチョイス」
言いながらカウンターに並べたお土産を、エリカちゃんが不機嫌な顔で眺める。
「アンタ……本当にヤバい奴ね」
エリカちゃんはそう言うが、従業員のオカマ二人は早速温泉まんじゅうの包装紙を破り捨て、まんじゅうを頬張る。
頬張りながら、オレのチョイスしたお土産を手に取って笑い出した。
「ヤバァイ!あたしコレ欲しい!」
「あたしはこっちねぇ…いや、こっちも最高!」
よく分かってんなこのオカマたち。仲良くなれそうだ。
「何枚でも貰っていいぜ。コンビニで印刷してくりゃいいわけだしな」
きゃー、と言って、オカマ達が盛り上がる。
「コンビニでなんてモノ印刷してんのよっ!!!!」
「いでっ!?」
呆れたエリカちゃんがオレの頭を叩いた。
「大体ねぇ、確かに普通にセックスして帰ってくるなって言ったけど!!」
と、エリカちゃんがオカマ二人が持つものを一瞥して、ちょっと羨ましそうに頬を染めた。
「そう言う意味で言ったんじゃ無いわよ!!!!」
「えー?普通のセックスがダメならって、オレなりに考えたうえでの緊縛プレイだったのに」
「確かに普通のセックスじゃ無いけども!!!!」
エリカちゃんの話は難しい。
「しかもなによ!?アンタ器用ね…」
「次は全裸で後手縛りと開脚縛りする約束した」
「ホント変態ね、アンタたち」
変態なのは自覚してる。
「マキもノリノリだったしいいだろ。AVの表紙にありがちシリーズって自分で言ってた。ちょうどいい感じのロケーションだったし」
「そういう時にだけ生き生きするんだから……」
やれやれ、とエリカちゃんが首を振った。
「それで?気分転換になったかしら?」
本題はコレ、とばかりに、エリカちゃんが神妙な表情を浮かべる。
「さあ?知らね」
「そこ重要なところよ!?」
「いやぁ、そうなんだけどさ。相変わらず無気力なヤツだし…何考えてんのかもよくわからんし」
断崖絶壁から飛び降りようとした事は、エリカちゃんには内緒だ。余計な心配をかけることになる。
本当は、あの時一瞬キモが冷えた。
やりそうだとは思っていたけど、本当に、あんなに何の躊躇いもなくやるとは思わなかった。
「だから、オレがちゃんと見ててやんなきゃと思った。今回の旅行で、オレはもっとマキを好きだと思ったよ。エリカちゃんのお陰だ。ありがとな」
ニッと笑って言うと、エリカちゃんは満更でもなさそうで、
「別にいいのよ。あの子とは長い付き合いだもの」
と、照れ隠しのように言った。
「……そろそろ帰るわ。マキがお腹空かせてるかもだし」
「アンタ恋人ってより家政夫ね」
カウンター席からおりて、オレはエリカちゃんの言葉を訂正する。
「家政夫じゃなくて、保護者だよ。愛情たっぷり育ててんの」
「あらヤダ、家政夫だって愛情たっぷりだったわよ?シュウちゃんには、あんまり届いてなかったみたいだけど」
ため息とともに吐き出したエリカちゃんの言葉には、少しの後悔が滲んでいた。
オレはエリカちゃんに勝ったな、と思う。
多分、マキが実家の屋根から飛び降りたのは、周りの人間を試したかったからだ。
今回、オレは止めた。他の誰にも、出来なかったことだろうと思う。
そうやってオレはマキに、オレの存在を刻み付けていく。
オレは、この役目を誰にも渡すつもりは無い。
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