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その先2

★  16時50分に、叔父さんの家のインターホンを押した俺たちは、ニヤニヤ笑う不気味な叔父さんに出迎えられ、掃除の行き届いた家にあがった。  玄関から真っ直ぐ先のドアを開けると、そこは俺のアパートの部屋より広いリビングダイニングで、今日に限って言えば、娘の誕生日を祝うためにこれでもかと飾り付けがしてあった。 「久しぶりね、修哉くん。元気にしてた?」  柔和な笑みを浮かべてそう言ったのは、嫁である麻奈ちゃんだ。厳つい顔の叔父さんにはもったいない、線の細い美人な女で、性格もおっとりしている。 「まあまあ。麻奈ちゃんも元気そうでよかった」 「わたしは元気だけが取り柄よ。うんと長生きして、頑張らなきゃなんないもの」  麻奈ちゃんは叔父さんと歳が離れていることをよくネタにする。前向きでスゴいなと思う。  その麻奈ちゃんの腕には、本日の主役である女の子がいる。名前は確か、凛といったか。 「凛、お兄ちゃんに会うのは久しぶりね」  麻奈ちゃんの声に、凛はキョトンとした顔をして、俺の顔を凝視した。幼い顔は確かに人間なのに、まるで未知との遭遇を果たした気分だ。落ち着かない気分になる。 「悪い、俺は子どもはニガテだ」  微妙な雰囲気になる前に、正直に言ったほうがいい。 「分かってて呼んだんだ、気にすんなよ」  叔父さんがバカにするように笑い、麻奈ちゃんも気にしないでね、と言った。 「あー、オレはマキの恋人…って言ってもいい感じか?」  ユキが話題を変えようと話を振る。 「ああ、麻奈には話してある。それに、修哉がクソビッチなのも知ってる」 「一時期同じアパートに住んでたの。修哉くん、色々目立つから、ね」  目立つって、何が?と思ったが、まあ気にしない事にしよう。 「じゃあ心置きなく。マキの恋人の雪村幸太です」  ユキの挨拶の言葉に、俺は少しだけ気恥ずかしくなる。家族に恋人を紹介するのは、こんな気分になるのかもしれないな。  叔父さんも麻奈ちゃんも、ユキを快く迎えてくれ、じゃあ早速はじめようかという流れになる。 「叔父さんに言われた通り、ちゃんとプレゼントを用意したぜ」  俺とユキは買ってきたものをダイニングテーブルに置いた。 「叔父さんのお気に入りのスコッチと、麻奈ちゃんにはいつも使ってるハンドクリーム買ってきた。凛には音楽の出る絵本なんだが、こんなんでいいのか?」 「わたしたちにまで気を使わなくてよかったのに!ありがとう!!」  俺は他人のちんこを元気にするのは得意だが、パーティーを盛り上げるのはニガテだ。何か贈り物があれば緩衝剤になる、なんて、ゲスいことを考えてこうなった。  だから、手放しで喜ばれると罪悪感が湧かないこともない。 「乾杯しよう!せっかく修哉が持ってきてくれたんだし」 「そうね」  と、叔父さんは酒とグラスを用意し、麻奈ちゃんは大量の料理をリビングのローテーブルに運んだ。  ユキは凛を任され、なんだかデレデレした顔で抱っこしている。凛も俺の時とは違って嬉しそうに笑い声を上げていて、俺はなんかちょっと悔しかった。  ユキを取られた、とか、思ったわけじゃないからな?  ところで、叔父さんの家のリビングにはピアノがある。前の奥さんのものらしいが、ずっと置いたままになっていた。今では誰も弾かないピアノは、それでも綺麗な状態でそこにある。 「ボンボンのマキはもしかしてピアノも出来んのか?」  俺の視線がピアノを見ている事に気付いた(目敏い)ユキが、凛を抱っこしたまま言った。 「どうだと思う?」  ニヤリと笑って返せば、ユキもまた同じように笑う。 「オレのマキは無気力じゃあなけりゃ、なんでもできるんだろ。そんなところも愛してる」 「フハハッ!無気力じゃなけりゃ、な」  俺はそっとピアノの側へ近付いて、閉じられた蓋を開ける。 「修哉?」  叔父さんが小さな声をあげた。この家のピアノに触るのは初めてだから、叔父さんは驚いたようだった。俺は椅子に腰を下ろして鍵盤に指を置く。  久しぶりに弾いた曲は、誰もがよく知る『乙女の祈り』というヤツ。一応、凛が女の子だから選んだが、何箇所かミスした。こういうのはずっと触ってないと途端にヘタになってしまう。  弾いている間、ユキが俺の隣に座って、邪魔をしない程度に身を寄せてきた。その膝の上の凛が、興味深げな顔でピアノと俺に視線を向ける。  楽しいけど楽しくない。変な感じだ。楽器は楽しい。でも、その周辺に散らばる色々な物事は楽しくない。  例えば俺が音楽を続けていないのは、アニキにムダだと言われたからだ。大学を辞めろと言われた時と同じように。  そんな記憶が、楽器を触るたびに蘇る。  という、ナイーブな話はここまでにする。俺の人生はあくまで喜劇だから。 「はあ……楽器って弾いた後セックスしたくなるよな」  鍵盤から手を離し、俺がいつものようにくだらない(でもガチ)ことを言うと、叔父さんがすかさず叫んだ。 「小さい子の前でなんてこと言うんだ、まったく!!」 「悪りぃ」  と、別に悪気も感じてないまま答える。 「ねぇ修哉くん。せっかくだから、お誕生日の歌、弾いてくれない?」  麻奈ちゃんが明るい笑みを浮かべて言うから、俺はそのリクエストに答え、一度指を曲げ伸ばししてから、誕生日の定番曲を得意なジャズアレンジで弾いた。  叔父さんと麻奈ちゃんが誕生日ケーキの蝋燭に火をつけ、ユキに抱っこされた凛が不思議そうな顔でケーキの前に座らされる。 「ユキくん、凛と一緒に火、消してあげて」 「えっ?オレがそんな大役、いいんですか?」 「わたしたちは写真撮りたいもの」  微笑ましいやりとりだ。俺は見ていないけれど、ユキの困った顔が目に浮かぶ。  ユキがあたふたしながら、凛とケーキの火を消し、その間に俺は同じ曲を三回繰り返した。  誕生日の一大イベントが終わると、その後は麻奈ちゃんの手料理をみんなで囲んだ。毎日ユキのあんまり進歩しないメシを食っている俺からすると、麻奈ちゃんの料理はめちゃくちゃ旨い。 「ユキも麻奈ちゃん見習えよ。お前の手料理はなんか足りない」 「とか言って残さず食べるくせに。オレのこと好き過ぎだろ」 「ウゼェ」  俺たちのいつものやりとりや、旨い食事を肴に酒も進み、気が付いた時には俺が叔父さんに持ってきたスコッチの瓶はすっかり空になっていた。  当然、気付かないうちに凛は寝かしつけられていて、リビングには泥酔状態の俺と叔父さん、せっせと片付けをする麻奈ちゃんとユキにわかれていた。 「子どもは可愛いぞ、修哉」  叔父さんは酔っ払うと、思ったことを全て口にする。俺も同じようなもんだから、やっぱり血は争えないなと思う。  俺が肩をすくめると、叔父さんは今度はユキに言った。 「ユキくんは子ども好きそうだったな」  皿洗いを手伝っていたユキが顔を上げる。 「それなりに。シングルのヒモやってたこともあるんで」  シングルのヒモとは?完全にお荷物だろ、と思わないでもないが、人それぞれ色々あるのだろうと思い直す。 「子どもが欲しいとは思わないか?ユキくんにだって、家族がいるだろう?孫の顔が見たいとか、言われないのか?」  その瞬間、散らかったテーブルを片付けていた麻奈ちゃんがハッと息を飲んだのがわかった。  もちろん叔父さんに悪気はない。  これは暗に確認しているに過ぎない。どうしようもない甥っ子のそばに居るのは大変だぞ?と。  麻奈ちゃんはただ単に、叔父さんが失礼な事を言ったと思ったみたいだが。 「オレはマキがいれば他のなにもいらない」  ユキは迷いなくそう言い切った。濡れた手を拭いてから、ソファに座っていた俺の隣へやってくる。 「マキ、飲み過ぎ。そろそろ帰ろ」 「はいはい」  言われた通りに身支度を整えて、俺はヨロヨロと立ち上がった。ともすれば倒れそうな身体を、ユキの力強い腕が支えてくれる。 「わたしたちよりラブラブね」 「というより介護だろ」  見送りに来た叔父さんと麻奈ちゃんがそんなことを言う。ラブラブはともかく、介護は……否定できない。 「んじゃな!叔父さん、この後頑張りすぎんなよ、歳なんだから!」  そう言うと、叔父さんが顔を赤くして怒鳴った。 「お前らと一緒すんな!!」  麻奈ちゃんまで顔を赤くして笑っている。  玄関を出ると、キンと冷えた夜風がアルコールで火照った頬を撫で、とたんに思考をクリアにしていく。  ユキは相変わらず俺の手を握って暖をとり、無言でアパートへ足を進める。  何度も言うが、叔父さんに悪気はない。  でも、不安にならないわけではない。  ユキは俺以外になにもいらないと言ったが、ユキの母親はきっと受け入れないだろう。現実的な人だと聞いた。そして俺たちの関係は、現実的ではない。  ユキはひとりっ子で、きっと普通に結婚して子どもを作ることを望まれているはずだ。  過去に関係のあった相手にもいた。結婚するからもう会えないと言う人は、何人かいた。 「マキ…今お前が何考えてんのか、あててやろうか」  立ち止まったユキが言った。気が付けば、アパートの部屋の前だった。  鍵を開けて中へ入る。 「オレたちの関係には生産性がない。オレはひとりっ子だから、いずれ子どもを持つ事を選ぶんじゃないかって、考えてる…違う?」 「大体当たってる」  なんとなく、ユキの顔を見ることができなくて、さっさと靴を脱いで部屋へ上がった。  夜風に頭が冷えてしまったから飲みなおそうかな、なんて考えていた俺の前に、ユキがふらりと立ちはだかる。 「……?ユキも飲む?」  あれ?なんか、目、すわってね? 「マキはさぁ、全然オレのことわかってねぇよ」 「は?」 「オレはマキに産んで欲しいんだけど」 「……は?」 「女とやっても、絶対妊娠するかなんてわかんねぇだろ。それと同じでさ、マキに種付けして絶対妊娠しないとは言い切れないだろ」 「間違いなくしない!」  何言ってんのコイツ!?  俺は時々思う。ユキとは同じ言語で話しているのに通じない時がある。なんでだ? 「限界まで中に出せば妊娠するかもしれない」 「だからしないって!!」 「できなかったらできない相手なんだなって、納得すればいい。女だってできないけど結婚するやつはいる」 「確かに……って納得できるか!!」  叫ぶ俺に、ユキの冷たい視線が突き刺さる。 「あのさ…グダグダ悩むのやめてくれない?面倒なんだけど」  ユキの振り上げた平手が、パシィンと俺の頬に直撃する。 「痛っ!?」  一体どこで、ユキのお怒りスイッチを入れてしまったのだろうか? 「一旦落ち着こう、ユキ!ビールでも飲んで、な?」 「黙れよ」  慌てる俺を、ユキの容赦のない平手が襲う。ドン、と突き飛ばされ、ベッドの上に転がった俺の上にのし掛かったユキの両手が伸びてきて、無防備な首にかけられる。  ひんやりとしたユキの指が、火照った肌に触れると気持ちがいい。この状況じゃなければ、だけど。 「もし普通の人と同じように生きろと言われたら、オレはマキを殺して自分も死ぬ。オレはそれくらいマキを愛してる。だからグダグダ悩むなよ」  と言いつつ、徐々に両手に力を込める。それに伴って、気道を塞がれ、呼吸が出来ない苦しさが増す。 「っ、ぁ…かはっ…」  ユキなら本気でやるだろう。今だって、容赦なく首を絞めるユキはニヤニヤと笑ってる。  そんなユキに、俺の身体は苦しさよりも熱を感じ、今下を触ったらすぐにでも出そうなんて、変態的なことを考えている。  それでも苦しさから逃れようとする自己防衛本能が、ユキの腕をどけようと勝手に身体を動かす。ムダな足掻きだ。本気のユキの力に敵うはずもない。 「ぅ……ぁぁ…」  ユキがさらに力を込め、俺は意識が飛びそうになると同時にイッた。ユキの手が離れ、久々に酸素を取り込んだ肺が痛みを訴える。 「ガハッ、はっ…はぁ…」 「首絞められてイくとか変態過ぎ」  ブルブル震える無抵抗の俺を上から眺め、さも嬉しそうにユキが笑う。デニムと下着を脱がされると、俺のそこは白濁を垂らしながら脈打っているのが見えた。 「マキ、オレの子ども産んでくれる?」  この期に及んでまだそんな事言うのか?と曖昧な意識の中で考えたが、完全に目が据わっているユキには何を言ってもムダだ。 「どれだけ奥に出せばいいと思う?マキは賢いんだから、わかるよな?」 「わかんねぇよ…」  ユキの手が俺の出したものをすくい、後ろの穴へ塗り付ける。触れるたびに期待してヒクツクのが自分でもわかる。 「限界まで出してもいいよな?」 「……好きにしろよ、ッイ!!ぁぁあ……」  ユキの硬いものが、ズブズブと内部へ入り込む。慣らしもしないまま、無理矢理拡げられる痛みが心地いいと感じてしまう。 「イタァ…ぃ……ん」 「痛いのも苦しいのも好きなくせに」  そう言って、ユキはまた俺の首に手をかける。腰を打ち付け始めるのと同時に、気道を塞ぐ手に力を込める。 「……ぁ…ぁぁ……」 「マキ…死ぬほど良い?オレは最高に気持ち良い…マキの首絞めるとケツも締まるの、最高。わかる?ギュウギュウにオレを締め付けて、全部持ってこうとしてる……そんなに妊娠したいの?」  ユキの声がどこか遠くから聞こえる。またイッてしまった。ユキは一切動きを止めず、寧ろより激しく奥を責め立てる。 「ユ…キッ、苦し……手、はなし…て」  辛うじて紡いだ言葉は、でもユキには届かない。  苦しさと快感が同時に押し寄せ、もはやわけもわからない。頭の中は真っ白で、甘く痺れ、ユキの一方通行の快楽を自分のものだと勘違いしていく。  俺はクソビッチで、相手が気持ち良いのなら俺もそうなのだと勘違いする。で、思い込みは怖いもので、一度それを快感だと判断してしまった脳は、もっともっとと求めだし、簡単に限界を超えてしまう。  ユキが一度手を緩める。奥へ熱を放つ為に尻穴を拡げ、腰をグリグリと押し付ける。 「あぅ…熱……ユキ、も、もっと苦しいのがいい…」  そんな言葉が、勝手に口から飛び出すくらいに、俺は狂ってる。離してと思っていたのも、すでに忘れていた。 「ハハッ、変態」  ユキは俺の身体をひっくり返すと、後ろから首に手を掛ける。そのまままた腰を打ち付け、苦しさと良いところをゴリゴリされる快感に全身の痙攣が止まらない。 「はぁ…ぁぁ…ゲホッ」 「マキ、もう四回目出すけどわかる?」 「しら、ない…も、わかんな……うぁあ、もっと…奥きてっ……ぃアアッ」  気持ち良すぎて死にそう。意識が飛びそうで飛ばないのが、フワフワして心地良い。お花畑が見えそうだ。 「マキ?死んでる?妊娠した?」  なんて言いながら、手も腰も緩めないのだから、ユキも相当狂ってる。 「オレの声聞こえてない?……まあ、いっか」  と、自己完結したユキは、その後俺の中に限界まで出し尽くした。  酸素不足で体力を使い果たした俺は意識を手放し、その度にユキに叩き起こされはしたが、あんまし覚えてない。  なんだか余計なことで悩んでいた気もするが、単純な俺は拷問のような快楽に、簡単に忘れてしまった。

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