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泉ちゃん
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ユキの実家へ行くことになって、早くも一週間が経った。
ユキの母親は気まぐれな人らしく、ユキは毎日、連絡がつかないと嘆いている。
そんなユキは、本日美容室へ行った。二駅離れた行きつけの美容室。俺はユキの金髪が好きなので、相場よりも高い美容室へ行くユキに、金銭を出すことを惜しまない。
ついでになんか気に入った服でも買えよ、とお小遣いを持たせることも忘れない。
イケメンはそれだけで目の保養だ。
そのイケメンが、嬉しそうにちんこ滾らせて俺の尻にブチ込んでくれるのだから、多少の出資はなかったことにできる。
キャバクラやホストにハマるヤツの気持ちが、わからなくはない今日この頃だ。
出かける前、ユキは心配そうな顔をしていた。
俺がまたとんでもないところから、翼もないのに飛び立とうとするんじゃないか、と、口にはしないけれど疑っている。
ユキには内緒にしているが、実は俺の危険行為は飛び降りだけではない。
バイクの危険運転(主にスピード違反)で、免停を繰り返し、現在絶賛免取期間中だ。白バイには勝てなかった。
そんなようなことを何度もやっているから、アニキにクズだ恥晒しだと言われても仕方がない。オヤジが生きていた頃は、「ヤンチャは大概にしなさい」と、笑顔でお金をくれたのに。
何もしないのは苦ではない。
だが、時々物凄く何かしなくては、と言う気分になることもある。だからこそのそういった行為の数々なのだが、今はセックスに落ち着いている。
でも残念なことに今ユキはいない。
退屈。と、ベランダでタバコを咥え、灰色の空を眺めていたところ、部屋の呼び鈴が鳴った。
誰だ?
この部屋の呼び鈴を鳴らすなどと、常識的なことをするヤツは珍しい。叔父さんはドアを叩くし、悠哉はピッキングで開けたらしいし、トモちゃんはトラウマのせいで、自分から来なくなった。
セールスや宗教の勧誘は、毎回全裸で対応したら来なくなった。
タバコを灰皿で揉み消し、玄関へ向かう。
「誰?」
「あの、泉ですっ!トモくんの友達の!」
その声に、学祭の時にクレープの屋台で、俺の手を握り締めた女の子の顔をボンヤリと思い出す。一月程前だ。もう記憶が曖昧。
ガチャっと扉を開けると、その女の子がペコリとお辞儀をしてきた。
「お、お久しぶりでございます、マキ様」
「あ、ああ、お久しぶり…」
学祭の時にも思ったが……変な女だ。
現在昼を過ぎたあたりで、泉ちゃんは大きなカバンとギターケースを担いでいるから、大学終わりにでもやって来たようだ。
「ユキさんおられますでしょうか?」
「ユキ?出かけてるが……何のよう?」
そう聞くと、泉ちゃんは緊張した面持ちで言った。
「以前、あたしの同人誌を読んでくださるとおっしゃられましたのです」
「同人誌…?」
「そうです。お粗末な拙作でございますが、お納めいただきたく参ったのであります!でも、ユキさんいないならまた今度にします」
と、踵を返そうとするので、俺は退屈凌ぎにと呼び止めた。
「ユキならそのうち帰ってくる。うちで待ってたら?」
「ひえっ!?」
「ひえ?」
そんなに驚かなくてもいいのに。
「い、いいんですか?」
「別に構わないぜ」
「お、お二人の愛の巣に……」
「愛の巣……?」
大丈夫か、この女?
目まぐるしく変わる泉ちゃんの表情に、俺は若干の頭痛を覚えながら、どうぞ、と招き入れてやった。
まあ、招いたからと言っておもてなしできるものも無いのだけど。
泉ちゃんはキョロキョロと部屋中を見回し、言った。
「意外と綺麗ですな」
「意外とってどう言う意味だ?」
「い、いやぁ、もっとこう、酒瓶とか転がってそうなイメージだったんで……」
「失礼なヤツだな!」
ユキが来る前はそんな感じだったことは黙っておこう。
「まあ適当にベッドにでも座れよ」
飲み物くらい出してやろうと、普段は気遣いなど皆無な俺が台所に立って言うと、泉ちゃんはフローリングの床に座った。
「ベッドはダメです」
「は?」
ヤカンに水を入れ火にかけながら、その泉ちゃんの奇行を目で追う。
「だ、だって、こここ、ここでその!!アレですよね?いたしてらっしゃるわけですからぁ!!」
「ちょっと一旦落ち着いてもらえる?」
家に入れたのは俺だ。でも今とても後悔している。
この女、マジで大丈夫か?
ふう、と深呼吸を繰り返し、泉ちゃんはとりあえず静かになった。
気を取り直し、インスタントコーヒーを淹れたカップを二つ持ってテーブルへ向かう。どっちも激甘にしてしまったが、まあいいや。
「どうぞ」
「どもです……もしかしてマキ様、甘党ですか?」
泉ちゃんは、俺の淹れたコーヒーをガン見した。甘いのは苦手だったかな?と思うが、俺の家なので文句は受け付けない。
「まあ、わりと」
「ギャップ萌が過ぎますっ!」
「あ、ああ、そう…よく言われる」
「あの、今度美味しいケーキお持ちしますね!?大学近くに、新しく出来た洋菓子屋さんなんですけど!!」
「あ、ああ、うん、ありがと…」
また来る気かよ、と思わないこともない。
しばらく無言でコーヒーを飲む。
泉ちゃんは猫舌のようで、ふうふう言いながらマグカップに口をつけていた。
俺はその間に、タバコを3本根元まで吸い切った。
「あのさ」
沈黙に耐えかね、俺はついに口を開く。ちなみに、俺がここまで落ち着かないのも珍しい。
「何でありますか、マキ様!?」
「えっ、いや…そのケース、アコギ?」
指差して尋ねる。女の子が持つには大きなギターケースだ。といっても、電子機器であるエレキギターより、単体で演奏可能なアコースティックギターの方が、実は軽かったりする。
「はい。軽音楽でギターとボーカルやってるんです。バンドではエレキギターなんですけど、たまにアコギもやりたくなるんですよねぇ」
あ、あれ?まともに喋れんじゃん。
「触っていい?」
「へ?ど、どうぞ」
と言って、泉ちゃんがケースからギターを取り出し、俺の手に渡してくれた。
俺はそれを、ベッドに座り足を組んで持ち、一本ずつ弦を弾いた。微妙な音ズレを直してから、ふと思う。
「最近の流行って何だっけ?」
「え?」
「うちにはテレビもなにもないから、最近の流行りの曲がわからない」
「ほほう!」
納得、と言う顔で、泉ちゃんがスマホを取り出して曲をかける。それは主旋律がアコギで奏でられたお誂え向きの曲だった。
「今練習してる曲なんですけど、コード進行が難しくて」
「ふーん」
俺には別に絶対音感があるとか、そういう特別なことはない。ただ好きだったのと、家が何にでも金を出してくれたからという理由で、わりとなんでも触れるようにはなった。
だから耳コピをするのも適当で、実際に弾いてみると何度もミスをしては誤魔化したが、泉ちゃんは歓声を上げて喜んでくれた。
ギターの音に併せ、泉ちゃんがニコニコ笑いながら歌い出す。芯の通った、それでいて澄んだハイトーンボイスは、無気力クソニートの俺のテンションを上げるには十分な実力だった。
あ、ちなみに俺は歌はヘタクソだ。
「マキ様カッコイイですううううっ」
泉ちゃんが、うわーい!と拍手喝采。俺もなんか楽しくなって、うぇーい!とか言ってハイタッチ。
「オレはさ、マキが大好きな音楽やんのは大賛成なんだぜ……」
ドキッとして、俺は比喩表現ではなくマジで飛び上がった。
玄関にユキがいた。とっても笑顔。ただし、オーラに色をつけるとしたら真っ黒くろすけだ。
「浮気……」
「ああああっ!?な、何言ってんの?そんなわけないだろ!!」
「オレの居ない間に女の子連れ込んで、音楽できますよーってアピールしといて?」
「泉ちゃんはユキに用があって!な、なあ、そうだよな?」
泉ちゃんへ視線を向ける。泉ちゃんは……突然の修羅場に目をキラキラさせていた。なんで?
「ちょ、ユキ?あの、誤解だから!!」
「もう少しマシな言い訳できない?せめてさ、ズボンは履こうよ…ヤリたいって主張してるようなもんじゃん」
「あっ!?つ、つい、な?いつものクセでさ、なあ?わかるだろ?」
これは普通に忘れていた。自分が外に出ないと、ズボンを履くのをついうっかりしてしまう。寧ろTシャツを着ていることを褒めてほしいくらいだ。
ユキはニコニコ笑顔のまま、ズンズンと俺の前までやってくる。俺はギターを放り出し(丁寧に、放り出した)、ベッドの上を後ずさる。
「マキはクソビッチだから、女の子じゃ満足できないだろ?」
「ユ、ユキ?ごめん、俺は悪くないけどとりあえずごめん!」
「もしかして、女の子にお尻イジメて貰おうと思ってた?マジでド変態だよな、お前は」
「や、ヤメっ痛っ!?」
いつもの事だが、ユキの平手は、確実に俺の頬を狙って放たれ、俺はそれを避けられない。パシィンと、いっそ小気味の良い音が部屋に響く。
顔を庇って両腕を上げる。と、ユキの足が、俺の股間を踏んだ。
「イッタァぁぁ…あ、足っ、グリグリヤメて!!」
「マキはこれ要らないだろ?使わなくてもイけんじゃん」
「イヒッ!?イタァ……んぁ…ふぅ」
ユキは本気で俺のちんこを踏み潰さんと体重をかけてくる。自分にも同じものが付いてるはずなのに、よくもそこまで容赦なく踏めるな、と感心してしまう。
「もっ、許してェ!!んふ…死んじゃうっ!死んじゃぁああっ」
盛大にイった。踏まれてイクとか、俺のちんこドM。
「ぅぐっ…ふ、ぅぅ…」
ボロボロ涙を流す。余韻で腰が勝手に動くのを我慢しながら、怒ったユキにひたすら謝る。
「ごめん、なさ…も、勝手に人入れないから…」
「ダメ。本気で反省するまで許さない」
そう言ってニヤニヤと笑うユキは、どこからともなく(まるでイリュージョン)手枷とバイブを取り出した。ついでにパンツも取られた。
「ちゃんと反省できたら抜いてやるよ」
「ヤメッ、お願い!」
抵抗を試みるが、はなからユキには勝てない。で、その辺に転がってる(いつでも転がってる)ローションをぶちまけ、容赦なく突っ込まれるバイブ。ユキのより一回り小さいそれは、俺の中に入ると同時にブインブイン機械音を鳴らして、縦横無尽に動き出す。
「うぁ…はっ…も、ヤメて」
「ヤメてって言うわりに腰揺らしてんじゃねぇよ、ヘンタイ」
ユキがバイブをこれでもかと抜き差しする。俺はその動きに合わせて先走りを垂らし……
「なあ、これいつまでやんの?」
物足りなくなって言った。
「え?」
「お仕置きプレイだろ?」
「バレてた」
「そうだと思ったわ」
「ノリノリだったじゃん」
「もう一回りデカいバイブだったら完璧だった」
ユキの顔を見ていればわかる。
俺たちの脳みそは、常にセックスの盛り上げ方を考えている。
玄関にいたユキ(ビビったのはガチ)を見た瞬間、ああ、コイツ今めっちゃ良い顔してんな、と思った。
からのあの発言の数々。
どう考えてもお仕置きプレイを行いますと言われているようなもんだった。
「泉ちゃん、驚かせてしまったな」
いつのまにか居なくなった泉ちゃんに、俺はちょっと罪悪感を感じた。
普通、恋人を人前で容赦なく叩かないだろうし。
だけど、ユキはニッコリ笑って呟いた。
「それは大丈夫だと思う。むしろヨダレ垂らして喜んでたと思うぜ」
「へ?」
どう言う意味だ?と、聞き返す前に、ユキが俺のケツのバイブを引き抜いて放り出した。
「お仕置きのつもりだったけど、我慢できなくなったわ」
「堪え性のないヤツ」
「お前だってもうちょいイヤイヤ演技しろよ」
「ならもっとヒドくしてくれないと」
「期待通り、今からぐちゃぐちゃにしてやるから。泣いて叫んでもヤメないから覚悟しとけよ」
そのユキの言葉だけで、俺のちんこは期待に爆発しそう。
で、有言実行。
ユキは俺の声が枯れるまで突きまくり、疲れ果てた俺は途中で気絶した。
もはやいつものことだ。
◇
夕方、アパートへ帰宅すると、マキの部屋の前に泉がいた。
マキ宅の玄関扉にへばりつき、ガッツリ聞き耳を立てているようだった。
ぼくは声をかけようか迷った。話しかけた時点で、仲間だと思われる気がして、少し憂鬱だった。
でも、このままでは泉が通報されてしまうかもしれないし、そもそも自室のドアを開けるには、泉のギターケースが邪魔だった。
「泉ちゃん」
「んふぇ?」
キラキラ、というより、ギラギラした眼の泉が、ぼくに気付いて振り返る。
「何してんの?」
「聴覚に頼り切ったデバガメなのだよ」
「はあ…?」
泉ちゃんの変態性は、ぼくの想像を絶するところがあるけれど、今回は本当に意味がわからない。
「トモくん、お隣羨ましい。あたし、トモ家の子になりたい」
「三宅家じゃないところがポイントだね」
ぼくの指摘は、キレイにスルーされる。
「ああ、流石に最後までは見られなかった…」
「泉ちゃんは何を見たの?」
一応聞いてみる。すると、泉ちゃんは嬉々として答えてくれた。
「ユキさんに同人誌渡しにきたらお留守でして、マキ様が気を遣って家にあげてくれたのです。一緒に歌ったりして過ごしていたら、」
「ちょっと待って?歌ったの?」
「歌ったのは泉です。演奏はマキ様という、ミラクルコンビネーション」
意外だ。マキはアレでギターが弾けるのか……
チャランポランなマキに、ナゾが深まるばかりである。
「それで、帰ってきたユキさんが、『オレのいない間に女連れ込んでこのクソビッチ!!』と、言い出したわけですね。おいしい展開」
「泉ちゃん……」
明日朝、また玄関でマキが倒れていたらどうしようと、ぼくは一抹の不安を覚える。
「ユキさんがマキ様に詰め寄ったところで、ソッと出て来たわけなのだ。あたしはエラい」
「止めてあげてよ」
ぼくはため息を吐きながら言う。でも、泉はニッコリ笑った。
「大丈夫だよ」
「それが大丈夫じゃないのが、お隣さんなんです」
「トモくんは勉強不足ですなぁ……ふたりとも本気じゃなさそうだったよ」
「え?」
どう意味だろう?
「あれはプレイだよ。楽しんでんの、お仕置きプレイ。次のネタにしよっと」
そう言って、泉はルンルン鼻歌を歌い、帰って行った。
ぼくはその日、玄関の外にマキが倒れてないか気になって仕方なく、落ち着かない夜を過ごしたけれど、泉が言ったように、心配は杞憂に終わってホッとした。
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