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ユキ家1

☆  オレたちのセックスは、いつも示し合わせたかのように始まる。どちらかと言えばオレから始める事が多いが、マキは絶対に拒まない。  人が一生にするセックスの数より、オレたちの経験は豊富だと自負している。そして、その内容も、普通のセックスが物足りないと感じるくらいには、濃厚で過激。  最初からフルスピード。寧ろ、2、3回イってからの方が本番という気さえする。  マキの左足を高く持ち上げ、右足を自分の左足で押さえつけた状態で、深く深くに精液を流し込む。ビクビク震えるマキがほぼ同時にイったのがわかったが、いつから意識を飛ばしているのかもわからなかった。  ぐったりしたまま動かないマキを、いつもなら叩き起こすか、もしくは首を絞めて無理やり眼を覚まさせるが、ふと、いつもと違う思いが過ぎる。  愛されたがりで意外に恋愛体質なのに、勘違いの思い込みでしか恋をしたことの無いマキ。家族にも見放され、ひとりきりのかわいそうなマキ。  オレはそんなマキが好きで、マキもオレを好きだという事はわかっている。  でも、他人の思いを本当の意味で理解することは難しい。好きだという思いが本当なのはわかっていても、オレの好きと、マキの好きは同じでは無い。  マキが今でも、オレとの恋人関係は、終わりがあることを前提にしているようにも思う。  その証拠に、オレの言葉に一喜一憂するくせに、ふとした時のマキの眼には、相変わらずなにも写ってはいない。  どうすれば相手が気持ち良いのか。どうすれば自分も気持ち良くなれるのか。  そんなことばかりを考えながら、うんと酷くしてマキの中にオレを刻み付けてきた。  それじゃダメなのかもしれない。  最近思う。これだけなら、マキの過去の相手と変わらないんじゃないか、と。  オレはマキの身体にだけ入り込みたいんじゃない。  心にも入り込んで、簡単に切り離せないようにしたい。  だからオレは、マキを実家に連れて行く。  安心させてやりたい。オレたちはこれで良いんだと、一緒にいてもいいんだと知って欲しい。  セックスだけじゃなくて、心も満たされて欲しい。  マキの家族が全てじゃないことを知って欲しい。  そんなことを思うと、やっぱりいつも涙が出そうになる。こんな気持ちの時に、首を絞めて叩き起こそうなんて出来ない。  オレはそこまで酷いヤツじゃない、と自分では思っている。  代わりにオレは、マキの鼻を摘んで唇を塞ぐ。薄く開いた隙間から舌を侵入させて、されるがままのマキの舌に吸い付く。息苦しさにより大きく口を開けたマキが、無意識にキスに応えようとする姿がとんでもなく愛おしい。  涙の跡。濡れた睫毛。パチリと開いた瞳が、オレの瞳を捉えて、怪訝そうに眉を顰める。  唾液を絡ませた濃厚なキスに、とりあえず応えてはくれるが、その顔には疑念が浮かんでいる。  チュッとワザとらしく音を立てて唇を離す。 「……なんだよ?」 「たまには優しい目覚めもいいだろ」 「……良くない」  と、腕で顔を覆ってしまう。わかりやすく照れてる。可愛い。  オレたちは歪んでる。だから、セックスの最中にあまりキスはしない。それがマキにとっては普通だった。かわいそうなマキ。 「寝ていいよ、マキ。後はやっとくから」 「ん」 「ちゃんと起こすからな」 「……ん」  可愛い。好き。愛してる。  抱きしめた身体は華奢で、傷だらけで、痛々しい。  オレのマキ。絶対に手放さない。  なんて考えていたら、ちんこ挿れたまま寝てしまったのでした。 ★ 「ごめんって!」 「許さん」 「マキィィイイ」 「うるさい!!」  駅のホームで、電車を待つ俺とユキ。朝からずっと、同じやりとりをしているわけだが。  ことの発端は朝。起きたらいつものように、ユキに抱きしめられていたのだが、ケツに違和感があった。ん?と思って触って確認したら、ユキのちんこが入ったままだった。  なんとも言えない気持ち悪さを感じたわけで。 「もうイヤだ…お前の変態具合に俺は心底ドン引きしてる」 「そんなに!?」 「だってお前、考えてみろよ?朝起きてケツになんか挟まってんなってなったらどう思うよ?」 「えっと、そりゃあ、」 「うんこ漏らしたかと思うじゃん!?」  おっと、思わずおっきな声で言っちゃったけど、ここ駅のホームだった。近くで電車を待っていた綺麗なお姉さんに睨まれたぜ。 「それにさ、昨日のアレ…」 「ん?」  と言いかけて、なんとなく口を閉じた。  あまり人様に言える話ではないけど、俺はセックスの最中にキスはしない。全くしないわけじゃないが、しないことの方が多い。  圧倒的にケツとちんこ弄られる方が気持ち良いのに、あえてキスをする必要性がなかった。それに、口はキスよりちんこ咥えてる方が多かった。  だから、昨晩のあの、ユキの優しくて激しいキス(いつもなら叩き起こされてるはずなのに)が、本当に恋人同士みたいで驚いた。いや、本当に恋人同士なんだけどな。  ユキが本気で俺のことが好きなのはわかってる。ユキは俺をちゃんと見てる。知ろうとしてる。  わかった上で、俺はまだ、これが一瞬で終わる遊びの延長線上にある勘違いだという思いを、捨て去ることができないでいる。  セックスは遊びだ。顔が良くてちんこがデカい相手が、少しの優しさを見せてくれるのなら、俺は勝手に好きになるし、終われば簡単にさようならできる。これが俺の恋愛。ホタルのように、パッと光ってスッと消える。短い命だ。  それを、忘れてはダメだ。  忘れてはダメなんだけど。  ユキの優しさが、わからなくて、怖かった。 「まあ、いいや…」  深くは考えない。セックス中のどんな行為にも、快楽探究以外の他の意味はない。  ちょっとばかし、探究しすぎている感は、否めないけど。  ユキは軽く首を傾げて、何か言いたそうだったが、運良くそこに電車が来た。  揺られること6駅分。隣の街。俺が通った高校がある事は、まだユキには言ってない。  閑静な住宅街が広がっている、静かな道をユキと並んで歩く。  今日も冷たい風が強く吹き付けていて、俺はマフラーで鼻まで隠している。それに対して、ユキはバカだから寒さを物ともせず、俺の厚手のパーカーを着て颯爽と歩いている。  ユキの地元だからなのか、今日は手を繋いできたりはしない。それが、少し寂しくてホッとする。 「つか、オレが実家に行こって言っといてさ、遅くなって悪かったな」  苦笑いのユキが言った。 「クソニートだからいつでも同じだ」 「はは、それもそうだな。っても、あのババア全然捕まんねぇんだぜ?いい歳してどうなってんだか」  11月中に、とユキは思っていたようだったが、今日は12月1日。ギリギリ過ぎてしまった。  だからと言って、何かがかわるわけでもないし、自分で言ったように、クソニートには日付なんて関係ない。寧ろさっき駅で、今日が12月だということを初めて知った。  しばらく歩いてたどり着いたユキの実家は、想像していたどんなものとも違った。角地の二階建一軒家。一階部分にガレージがあり、そこには高級外車が一台停まっている。どう見ても、ユキが産まれ育ったにしては近代的過ぎた。 「あ、あれ?」  大きな瞳をパチパチさせて、ユキがその家の表札を凝視する。そこにはちゃんと雪村と書いてある。ただし、筆記体で。ユキが読めているのかは定かではない。 「オレん家…だよな?」 「俺に聞かれても知らねぇよ」  アホか、と思う。挙動不審なユキに、思わず笑ってしまう。  そこで俺は、自分が緊張していることに気付いた。そりゃそうだよな。恋人の母親に合うなんて経験、今までなかったんだから。 「とりあえず呼び鈴鳴らせよ。違ったら聞けばいいじゃねぇか」 「あ、ああ、そうだな」  ユキの長い人差し指が、呼び鈴のボタンを押す。  僅かの間。ドタドタと走る音が、家の中から聞こえる。そうとう慌ただしい人のようだ。  ガチャリと開いた玄関扉。サンダルを履いて飛び出してきた女性が、ユキに飛びついた。 「幸太!久しぶりじゃーん!!元気?」 「あ、うん、かーちゃんはいつも通りだな」  呆れたようなため息を吐き出して、ユキがその女性を引き剥がす。随分と若いなと思った。ユキはひとりっ子だから、その女性が母親で間違い無いのだろうが、長いストレートの髪は金髪で、シワやシミの無い若々しい肌と大きな瞳は、26の息子がいるようには見えなかった。 「半年ぶりかね、幸太?」 「多分な。それよりいつ建て替えたんだ?」 「半年前に出来上がったのよ」 「言えよ」 「今言ったよ」  そんな会話を、俺は気不味い思いで聞いていた。仲の良い親子って感じで、俺はそこに、入っていけるほどメンタルは強くない。  とか考えていたのに、ユキは素知らぬ顔で言った。 「かーちゃん、コイツ、オレの彼氏。牧修哉くん。同い年。今一緒に住んでる」  あまりにもあっさりと言うから、俺は開いた口が塞がらなかった。時が止まってしまった気分だ。  ユキの母親が俺に視線を移す。怒鳴られるだろうか。泣かれるだろうか。どちらにせよ、覚悟を決める余裕もない。 「まー!あんたにしては、イケメン捕まえたわね!!」 「オレの方がイケメンだけどな。マキは可愛い系」 「それより、中入ってよ!寒いわ」  と、二人ともさっさと家の中へ消えていく。慌てて後を追う、思考停止状態の俺。 「あんたたち泊まってくでしょー?」 「おう。そのつもりで来た」  ちょっと待て!俺は聞いてない!と言える感じでもない。どうしよう? 「昼前だけど飲んじゃう?」 「おー、つか、かーちゃん相変わらず酒の品揃えいいな」 「そりゃそうよ!人生はアルコールで出来てんのよ」 「ヤベェ、マキも前に酔っ払ってそんなこと言ってた」 「あら、気が合うじゃない」  玄関上がってすぐの階段を上がると、広いリビングダイニングと、アイランドキッチンがあった。二人は備え付けられたカウンターでニコニコしながらおしゃべりに夢中だ。 「マキ、おいで」 「……ん」 「緊張してんの?」 「まあ、ちょっと」  手招きするユキの隣、カウンターの端に座り、改めてユキの母親と向かい合う。  やっぱり、どう見ても姉にしか見えない。常にハイテンションで、笑うと顔がくしゃくしゃになるところはソックリだ。 「マキちゃんは、こんなヤツのどこがいいの?顔以外に取り柄なくない?」  と、ユキの母親は顔を顰めていう。  それに、俺はいつも通り「顔とちんこ」と言いそうになって口を噤む。 「マキはオレのテクと顔に夢中なんだよ、な?」  ユキがドヤ顔で言った。  間違ってはない。でもあの自分本位のセックスをテクと言われるとムカつく。あんなの俺以外耐えられねぇよ。 「あんたのはテクじゃないでしょ。今まで三ヶ月続いた事ある?一回エッチしたら別れてたでしょ。それをエッチ下手って言うのよ」 「かーちゃん、ヒドい……」 「まーでも、顔は良いように産んであげたんだから感謝してよ」 「アリガトゴザイマス」 「アッハハ!!」  思わず上げた笑い声は、自分でも驚くほど楽しそうだった。 「マキちゃん、笑うと可愛いわね」 「だろ?かーちゃんにはあげねぇよ?」 「わからないでしょ?あたしだって、これでもまだまだ現役なんだから」  フン!と鼻を鳴らしてから、ユキ母はフルートグラスを三つカウンターに置いて、冷蔵庫から冷えたシャンパンのボトルを取り出した。  それをユキが自然な手つきで受け取り、栓抜きでコルクを抜く。注がれた黄金色の液体を掲げて、ユキ母は言った。 「ようこそマキちゃん。息子がもう一人増えたみたいで嬉しい。自分ちだと思ってくつろいでね」 「オレもまだここが自分ちだとは信じられねぇけどな」 「幸太うるさい!」  俺は多分、嬉しかったんだと思う。こんなにあっさりと受け入れてもらえるなんて思ってなかったから。  ユキが言った、「不安を取り除く方法」は、たしかに効果覿面だった。  俺は自分で言うのもアレだけど、本当に単純でアホでチョロいから。  ユキ母の暖かさに、一瞬で肩の力が抜けてしまった。

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