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クソニートが看病するようです

★  俺は生活能力が無い。  このくだらない26年の人生の中で、唯一自信をもって言える。  俺は生活能力が無い。  あ、セックスは得意だ。これは譲れない。 「米を食おうと思ったヤツは凄いな」  与太さんのせいで死にたい思いをした、翌々日。  ユキが熱を出した。  一緒に住むようになって、二度目だった。(一度目は自業自得だった) 「なんで、収穫してそのまま食べられるものを主食にしなかったんだ?」  米なんかバリバリ食っても旨くない。 「逆にこの米を炊くことを考えたヤツ……スゲェな」 「ちょっと黙ってできない?頭痛いんだけど」  そういえば、 「炊飯器なんていつ買ったんだ?」 「えー、マキとちゃんと付き合う少し前かな…食事作ってやろうと思った最初のころ…つか頭痛いって言ってんじゃん」  そんな前からあったのか。  そういや、炊きたてご飯食ってたわ…… 「お前のクソマズ飯食って文句言ってたけど、俺飯作るスキルねぇわ」 「そんなん最初からわかってるって…つか、文句ってほど、なんも言ってないじゃん」 「沈黙はなんとやらだろ」 「お前ホント正直だよな……」  と、ベッドに横になっているユキがゴホゴホと咳き込む。かわいそー。 「つか、寝ろよ」 「お前が余計なことしようとしてるから心配で寝れねぇよ!!大人しく座ってくれよ!!そんでもうオレが回復するまで動くな!!」  ヒデェ…これでも大学辞めてから数年ひとりで生きてきたのに。 「雑炊でも作ってやろうと思ったのに」  これみよがしにシュンとした顔をしてやった。  俺なら恋人にシュンとされたらもう何も言わねぇ。 「余計なことするな!ジッとしてらんねぇなら出てってくれ!お前がウロウロしてると寝れねぇよ!!」  怒鳴ってから、またゴホゴホッと咳き込むと、プイっと反対向いてしまった。  ヒデェ…… 「そうかよ!ならお望み通り出てってやるよ!ここ俺の家だけどな!!」  俺だってたまにはキレる。  せっかく飯つくってやろうと思ったのに。もういいや。  フンと鼻を鳴らし、俺は財布とスマホを持って家を出た。 ★  ユキと一緒に住むようになって、約五ヶ月がたった。  それまでの俺の生活は、はっきり言ってクソだった。  炊飯器無しどころか、レンジもなかった。冷蔵庫にはいつも酒とミネラルウォーターのみ。メシは食わないか、どっかで買うかで、殆どの時間ボーッとタバコ吸って過ごしてた。  洗濯は溜まったら近くのコインランドリーにブチ込み、パチ行って時間潰して、帰ってまたボーッとする。  もちろん、セックスはその辺で引っ掛けた相手と、基本的に一夜限り。気に入ったヤツとは、適当に暇が合えば続いたりもした。  俺のスマホには、今でも時たま登録されていない番号から着信があるが、ユキと付き合ってからは無視している。  廃人だった。クソニートだった。  叔父さんが二、三日に一度様子を見に来ていたのは、今思えば当然だろう。  自分の所有する物件を、事故物件にするわけにもいかない。  そういやユキと住むようになって、叔父さんはあまり様子を見にこなくなったなぁ。  まあ、そんな生活を約六年続けて、ユキと出会い、いつのまにやら住み憑かれ、付き合うことになってユキの母親にまであいさつした。  俺のクソみたいな人生の重さを測るとしたら、この四ヶ月余りがダントツで重量級だ。  満たされているのは、身体だけじゃなくて心もだ。人並みの幸せを与えてくれるユキに、俺だってなにか返したい。  基本的に何もしないしできない俺だけど。  せめてユキが風邪をひいている今くらい、俺も役に立ちたい。  なんて思っている俺がバカでした。 「出て行けとかヒドくね?」 「はあ…」  と、トモちゃんが呆れた顔をした。 「そもそも俺の部屋だし」 「そうですね…」  俺はトモちゃんのベッドでゴロゴロしながら、勉強机に向かうトモちゃんの背中に愚痴をこぼしていた。  ユキに追い出されてすぐ、迷わず隣の部屋のドアを開けたら運良く鍵がかかっていなくて、そのまま上がり込んだ。  冷めた目で迎えてくれたトモちゃんに、ちょっと勃ちそうになったことは黙っておいた。 「あの、ぼく大学の課題とカテキョの準備で忙しいんですけど…」 「俺は別に忙しくないし、半分こしたらちょうどいい感じになるんじゃね?」  と、俺はトモちゃんの隣に移動して、広げられた参考書とノートを見た。 「俺がそれやるから大学の課題やっちまえよ」  そう言って参考書とノートと赤ペンを奪ってベッドに戻る。  余弦定理。懐かしい。 「強引」 「正直さと強引さが俺の取り柄なんで。あとセックス」  無視された。そんなトモちゃんが好き。  しばらく無言で手を動かしていると、トモちゃんが唐突に言った。 「マキさんって、ギターとかやるんですね」 「んー。昔な」 「ギターだけですか?」 「リコーダーと鍵盤ハーモニカ以外ならそれなりに」 「どっちも小学校の時にやったじゃないですか」 「俺が咥えるのはタバコとちんこだけだから」 「……そうですか」  あれー?ツッコんでくれない。でもそんなトモちゃんが好き。 「トモちゃんはなんか特技ねぇの?」 「ぼくは……ない、ですね…」 「あっそ…つまんねぇ人生なんだな」 「マキさんに言われたくないです」 「それもそうだな」  俺だって俺に「つまんねぇなお前」と言われたら腹が立つ。まあ、確かにつまんねぇ人生だったわけだが。 「マキさんに聞くのもなんか申し訳ないんですが」  と、トモちゃんが話を変えた。  俺は手を止めてトモちゃんの背中を見やる。 「悠哉先輩、大学で見かけないんですけど、知りませんか?」 「そんなん俺が知るわけないだろ。もはや他人だからな」 「学祭の時からしばらく様子がおかしいなとは思っていたんですけど…」 「アイツは昔から頭オカシイぜ」 「やっぱり何かあったんですかね」  おーい、話が噛み合ってねぇぞ!! 「んなのほっとけばいいって。どうせアニキの手伝いで忙しいんだろ」  悠哉は昔から賢い。だからアニキは、最初から俺なんか眼中になくて、悠哉ばかり気にかけていた。本来は俺がやるべき家のことを悠哉が代わりにやっているのはわかっているし、申し訳ないとは思うが、アニキの手伝いするくらいなら死んだ方がマシだ。 「でも、以前は忙しいって言いながらも大学にはちゃんと来てました」 「じゃあもっと忙しくなったんじゃね?知らんけど」  商社マンはとてつもなく忙しい。国内の物流だけではなく、海外との取引も多く、はっきり言って激務だ。俺にはムリ。 「ちゃんとご飯食べてるか心配です」  トモちゃんの小さな呟きに、俺はちょっとニヤニヤした。なんか、そんなこと気にするのって…アレだよな? 「悠哉はやめとけよ?アイツ変態だから」 「…どう言う意味です?」  振り返ったトモちゃんの顔は、心底不思議そうだった。 「ちょっとイイなぁとか思ってんじゃねぇの?」  ニヤニヤしながら言うと、トモちゃんは途端に顔を真っ赤に……することもなく、むしろさらに冷えた視線を俺に向けてきた。 「くだらないこと言ってないで、そろそろ帰ってください。ぼくこれからバイトなんで」  そこまで冷たい顔しなくてもいいのに。 「はいはい。大人しく帰るよ」 「そうしてください。ユキさんも、本当はマキさんに看病してもらえるのは嬉しいんじゃないですか」  トモちゃんがいつものリュックに荷物を詰めながら、ため息を吐き出して言った。 「んなわけねぇよ。ユキの言う通り、俺は牛乳パックも開けられねぇから」 「え……?」 「だってうちずっと瓶の牛乳だったんだぜ?家追い出さられるまで台所に立ったことすらねぇのに」  嫌味に聞こえたら済まないが、それはそれで生きていくのが大変なんだ、許してくれ。 「はあ…でも、何か冷たいもの買っていくとか出来ることはたくさんありますよ」  そう言われれば、俺が(ユキのせいで)熱を出した時、アイスやらなんやら(俺の金で)買ってきてくれたことを思い出す。 「それに、風邪ひいた時って、無条件で誰かに甘えたくなりますしね」  ビクッとした。俺は多分、驚きをそのまま顔に出していたんだと思う。 「…どうしたんですか」 「いや、それユキも同じこと言ってたなと思って」 「あれ、マキさんはそう思いませんか?ぼくは小さい頃熱を出すと、お母さんが仕事休んで一緒にいてくれて…それが嬉しくて、熱出ないかなとか考えていた時期がありました」  照れ隠しのように少し笑うトモちゃん。  どうやら俺の知らない常識のようだ。俺の生まれ育った環境は、世間が羨むくらい裕福だったとは思う。でも、世間の人が常識的に知っている事を、俺は何も知らない。知ろうともしてこなかった。  これもユキと出会わなければ、一生知らなかったかもしれない。 「変なの」  俺はひとつ肩を竦めると、そのままトモちゃんの部屋を後にした。  スマホで時刻を確認すれば、お昼を少し過ぎた頃だった。  ユキはお腹空かしているだろうか?  そう言えば、ユキはミルク味のアイスが好きで、ナタデココの入ったゼリーは嫌いだ。ブルーベリーのヨーグルトが好きで、プレーンヨーグルトにハチミツをクソほど入れる俺を、いつも苦い顔で見ている。  ユキとは全く好みが合わない。でも今日は、ユキの好きな物を買って帰ろうかな。 ☆  ふと目が覚めた。マキの話し声が聞こえる。小さな声だ。  ソッと視線を移した先には、台所に立つマキが左の肩でスマホを挟んでいた。通話中のようだ。  スピーカーにすりゃいいのにと思った。でも、多分オレが寝ていたから気を遣ったんだろうと気付く。 「んー、まあ、できたんじゃね?」  と、電話の相手に呟くマキ。珍しく自信なさげな声音だった。  オレはそのできたものの正体に気付いている。同時に、ニヤける顔を制御できない。 「なんとかなったわ。サンキュな……え?いや、ヤらねぇよ!風邪ひいてんの!…っても、俺は熱出した時襲われたけど……んじゃな」  通話を終了し、スマホを手に振り返ったマキと目が合う。 「俺が居ない方がグッスリ寝れるみたいだな」  プイっとソッポを向いてマキが言った。可愛い。今ものすごく抱きたい。でも今は我慢だ。 「スネるなよ」 「スネてはいない。それより、腹減ってる?…一応、雑炊作ったんだけど」  そう言う声は、今にも消えてしまいそうな程小さかった。 「マキ…オレは今感動で泣きそう」 「大袈裟過ぎじゃね?」 「牛乳パックも開けられないマキが、オレの為に…」 「おーそーだよ!俺様に感謝しろ!…味は保証しねぇけど」  オレがベッドから出てテーブルに着くと、マキが小さな鍋と取り皿を持ってきた。出汁の効いたいい匂いがする。そういえば、昨日から何も食べてないことを思い出し、思わず腹の虫が鳴いた。 「割とまともな見た目してる」 「失礼だな!…元家政夫に作り方聞いたんだよ。だから、それなりに旨いとは思う…自信ないけど」  ニヤニヤ笑いが止まらない。ふやけ過ぎた米とか、固まり過ぎた卵とか、それがまた嬉しい。  危なっかしい手つきで取り皿によそうのを、手を出したくなるのを必死に堪えた。そんな不器用なマキが愛しい。  いただきますと言ってから、一口味わう。正直鼻が詰まっていて味はよくわからない。でも、オレにはそれがとても優しい味に思えた。 「不味いよな…お前の料理も大概だけど」 「旨いよ…余計なこと言わなければ」  無言で味わっているオレを、マキの無気力な瞳がずっと見つめてくる。 「アイスもありますが」 「流石にお腹いっぱい」 「っすね」  マキが食器をさげているあいだに、また布団に戻った。まだ頭痛がした。風邪を引くといつもそうで、高熱はあまり出ないかわりに諸症状が酷いタイプだ。  腹が満たされると、また眠気が襲ってくる。  そういや、昔は風邪を引くとかーちゃんが一緒に寝てくれた。母子家庭で夜職やって忙しいのに、その時だけはちゃんと母親やってたな、と思う。オレはマセたガキだったから、割と早くからウゼェと思ったりもした。  そんな思い出に浸るオレの隣に、モゾモゾとマキが布団を引っ張りながら入ってきた。 「言っとくけど、今日はヤらないからな」 「ヤりたいのかと思った」 「違う……風邪の時は誰かに甘えたくなるんだろ」  そう言って、マキがオレの身体を抱きしめる。いつもはそんなことしないのに。  マキの体温は結構高くて、熱で寒気のするオレにはちょうどよかった。 「お前あったけぇよな」 「心が冷たいからな」 「オレにはあったかいクセに」 「否めねぇ…」  目が合う。どちらとも無くフフッと笑い、オレはあったかいマキに抱きしめられたまま、目を閉じた。  さっきまでヤりたいと思っていたのに、マキといると、そんなことより幸せなことがあるんだなと、つくづく思う。  フワフワと幸せを感じる頭で、たまに風邪引くのもいいかも、なんて不届きな事を思っていた。

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