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再会1

★  街にイルミネーションの人工的な光が眩しい、そんな夜。  たまには外で呑もうぜ、ということになり、俺とユキはできるだけ暖かい格好で外に出た。  いつも行く繁華街の方では無く、駅前のお洒落なバーへと向かう。薄暗く静かな店内で、バーテンダーがシャカシャカシェイカーを振るような店だ。  ゲイバーじゃなくて、普通のバー。  店内は、冬の寒さをお互いの体温で吹き飛ばそうとしているようなカップルや、寒さを熱量で吹き飛ばそうとしているような男グループがいた。  右側にユキの熱い視線を感じながら、カウンターの高い椅子に腰かける。 「マキ、何飲む?」 「なんでもいい」 「拘りありそうなのに」 「酒なんか拘っても仕方ない。酔い潰れりゃ何飲んでたかなんて覚えてないし」  ドンペリ飲もうが、ビンテージ飲もうが、全部吐くし同じだ。 「じゃあマティーニとアレキサンダーで」  ユキがバーテンダーに注文して、俺はそのバーテンダーが酒を作るのを見ていた。科学の実験みたいだなと思った。 「ユキってなんでカクテルとか詳しいんだ?」  バーテンダーの動きを目で追いながら、ユキに話を振る。出会ってすぐの頃も、マティーニがどうたら言っていた気がする。その時はこんなにこいつと長く付き合うとは思ってなくて、むしろウザいなとすら思っていたのに。 「中学卒業してから、年齢誤魔化してバーテンやってたからだよ」 「クッソ似合うな」  目の前のバーテンダーの黒い服を、ユキが着ているところを想像する。カッケェ!! 「ユキはちゃんとバイトしたりしてたんだな……」 「うち、マキも知っての通り母子家庭だったからさ、自分の遊ぶ金くらい自分でなんとかしたくて、複数掛け持ちでバイトやってた」  ユキの母親はいろいろアレだけど、良い親子なんだな、とつくづく思う。 「俺そのくらいの頃何してたっけ……」 「お前はあれだろ、複数乱行プレイだろ?」 「よく覚えてんな!!」  そんな話したな、そういえば。  そこに、バーテンダーが出来上がったカクテルを置いた。俺の前に置かれたそれは、薄茶色の、はっきり言ってあんまり飲みたくない色をしていた。 「なんこれ?」 「アレキサンダーって言って…まあ、飲めよ」  説明が面倒になったのか、ユキは途中で黙って自分のグラスに口をつけた。  思いっきり眉根を寄せながらグラスを持つ。確かに香りはいい。ブランデーとチョコみたいな匂い。  一口飲む。 「うめぇ」 「マキの好きな味だろ」  少し大人なチョコレートケーキのような、ほのかな甘さのあるカクテルだ。ユキを見ると、ニッコリ笑みを浮かべている。 「味覚は子どもなマキにちょうどいい」 「うるせぇよ…当たってるけども」  しばらく無言でカクテルを飲んでいると、またユキが言った。 「マキの高校生の頃、見てみたかった」 「はあ?」 「制服プレイしようぜ」 「死ねよ」  ユキはすぐそういう方に話を持っていく。  ……制服って残してたっけ? 「学校って懐かしいな。オレは高校はいかなかったけど、マキはどんなとこ行ってたんだ?」 「そういやさ…言ってなかったけど、お前の実家がある駅の近くの私立だったんだよなぁ俺」 「マジ?金持ちばっかんのとこだろ、中高一貫の」 「そ。俺みたいな世間知らずが箱詰めにされてた」  似たり寄ったりな価値観を持つアホな子どもばっかりで、年齢誤魔化して毎日クラブとか行って豪遊してた。懐かしい。 「案外最初から近くにいたんだな」  しみじみと言いつつ、カウンターの上、ユキの左手が俺の右手の甲を撫でる。俺はその右手をクルッと反対向けて指を絡ませる。恋人繋ぎというやつだ。ユキは俺を押さえつける時、いつもこうして指を絡ませてくる。  なんかムラムラしてきた…… 「外で呑もうとか言うんじゃなかった」  ユキが俺の手をギュッと握って言った。 「なんでさ?俺は楽しいけど…」 「オレだって楽しいぜ。マキとなら何をしても楽しい。でもさぁ、ヤりたいときにヤれないってツライ」 「我慢しろよ。耐えた後の方が楽しめるだろ」  ニヤッと笑ってユキを見やる。珍しく顔が赤い。握った指をわざとらしい手つきでさすってやる。  たまには俺がいじめてもいいよな? 「それはマキがドMだからだ」 「なんとでも言えよ」  とか言いつつ、俺も我慢できそうにない。俺もユキも、結局いつもセックスのことばかり考えている気がする。ホントしょうがないよな、俺ら。 「これ飲んだら帰ろ」 「えー?もう一杯飲みたい。コレうまい」 「何飲んでも同じって言ってたくせに」 「さっきの俺と今の俺は違うんだよ」 「ウゼェ」  などと話していると、店の奥にいたグループの一人がカウンターへとやってきた。バーテンに酒を頼みに来たようだ。椅子一つ分あけた隣から、キツイ香水の匂いが鼻をつく。背が高くて、カッチリしたジャケットが似合う茶髪の男。耳は俺と同じで穴だらけだ。 「マキ」  俺の視線を追いながら、ユキが呼ぶ。その直後、男がこっちを見た。  目が合う。そいつの目は薄い茶色で、「マキ?」と呟いた顔は険しく、でもすぐに満面の笑みにかわった。 「マキじゃん!」  低くよく通る声と、彫りの深い整った顔。  懐かしい記憶が蘇る。 「ジュン?」 「おー!覚えてたんだ?」  そいつは嬉しそうに俺の隣に移動してきた。 「マキのことだから忘れてると思った」 「そこまで薄情じゃねぇよ…」  大概の人間は適当に付き合って忘れてしまうが、このジュンというヤツを俺はちゃんと覚えている。 「マキ、誰?」  あからさまに面白くなさそうな声でユキが言った。 「柳瀬ジュン。中高の同級生」 「そ!六年間遊びまくった仲なんだぜ」 「あれでよく卒業できたよな、俺ら」 「金があればなんだって出来ることが証明されたよな」  不機嫌になりつつあるユキを気にしながら(警戒しながらとも言う)、それでも久しぶりに再会した友人に、俺はぶっちゃけめちゃくちゃ嬉しかった。 「いつから日本にいるんだよ?」 「あっちで大学卒業して、戻ってきたんだよ。こっちの方が居心地がよくて」  思いっきり顔を顰めるジュンに、思わず笑ってしまう。 「中学の頃ははやく帰りたいって言ってたのに」 「マキと出会わなかったら帰ってたよ」  ジュンは父親が日本人、母親がアメリカ人のミックスで、でもあまりハーフっぽくない。初めて話した時も、俺は気付かなかったくらいだ。  親の仕事の都合で日本とアメリカを行ったり来たりしていたジュンは、高校卒業と同時にアメリカへ帰った。 「そういや、こっち帰ってきてから連絡したのに繋がらなかった。スマホかえた?」 「おー、大学やめて家追い出されたからそん時に」 「えっ、マジかよ!?」  ジュンが目をまん丸にして驚く。 「マジマジ。今なんかクソボロいワンルームに住んでんだぜ?信じらんねぇよな」 「あのマキ様が…おもしれぇ!」  そう言ってジュンはゲラゲラと笑い出した。  そりゃクラブ貸し切ったり、クルーズ乗ったりしてた人間が、何年か会わない間に激変してたらおもしれぇよな。俺でもクッソ笑うわ。 「まー、でも今は金が全てじゃないってわかったからいいんだよ」 「マキは最初から金じゃなくてセックスが全てだろ」 「それは否定できない」  ジュンは俺のクソビッチな面を知っている。そもそも、ジュンは友人と言うよりも、人には言えない趣味を共有する仲間という認識だった。 「んで今はそいつが新しい相手か?今ひっかけたところなら邪魔して悪かったな」  ジュンに悪気はないが、ユキがイラついているのもわかる。そう思われるような過去がある俺が悪いわけだけど。 「違う。俺らガチで付き合ってんの。クリスマスにチキンとケーキ一緒に食う仲なの」 「……ガチ?」  もちろんただのセフレと、クリスマスにそんなことはしない。だから、ジュンは俺の本気を理解して、その上でまた笑い出した。 「あのヤバいヤツとは別れたってことだよな…よかったな」 「あー、健一な」 「そうそいつ。いつかマキが死ぬかもって、密かにハラハラしてたんだぜ」  そんな酷かったのか。案外自分では気付かないものだな。 「マキ、もう帰ろ」  ふと、ユキが握ったままの手を引いて言った。だいぶイライラしてるな、とわかった。わかった上で、俺はイタズラをしたくなるわけで。 「帰る前に連絡先聞いてもいい?また昔みたいに飲みに行こぜ」  と、スマホを取り出すジュンに同意して、連絡先を交換する。スマホをしまい、席を立つと同時に、俺はジュンの頬に軽くキスをした。 「アメリカ式だろ」 「日本人のクセに」  会計を済ませて、軽く手を振って店を出る。  ユキに握られた手は、骨が折れそうなくらいにキツくて、コイツが今何を考えているのか俺にはわかる。  ただのフレンチキスに、怒り狂ったユキがどんだけ酷いことしてくれるのか、俺は今から楽しみで仕方ない。 ☆  嫉妬がどんなものかと聞かれたら、今のオレには答えることができる。  誰かに取られるくらいなら…オレだけを見ないのなら、いっそ自分の手で殺してしまおか?と、一瞬本気で考えてしまう。それが嫉妬。  間違っている…のもわかっている。  マキだってひとりの人間であって、従順なペットじゃない。仮にペットだったとしても、オレの腕の中で可愛がるには、性格の悪い、厄介なペットだ。 『さっきのわかっててやったんだよな』  帰るなり、オレは我慢できなくて聞いた。もちろんあの、触れるようなキスのことだ。マキはニヤリと笑い、オレを試すような目で見て答えた。 『あんなの挨拶だろ。あいつ、アメリカ人だから』  そういう問題じゃない。いや、そういう問題なのか?  自分がバカすぎてよくわからない。  ともかく、マキがオレを怒らせようとしているのはわかっていたし、オレも本当にキレそうだった。マキが思っている以上に、オレは単純でバカだから、加減をするのを忘れてしまう。  ……いや、加減をするとバレてキレられるから、結局オレは、欲望をそのままぶつけてしまう。  やり過ぎた、と今まで思ったことがないのか?と聞かれたら、間違いなくこう答える。  これっぽっちもない。  罪悪感もクソもない。だって合意の上だから。オレたちはこうやってセックスを楽しめる恋人同士だから。  でも少し、いつもより酷くしてしまったとは思う。  隣で苦しそうな寝息を立てるマキの赤くなった肌は、所々裂けて血が滲んでいる。いつもより強く絞めすぎた首筋には、オレの手の跡が僅かに浮かび、硬く握った拳が当たった(当てたとも言う)脇腹や腹は赤紫のアザになっている。  縄でくくりつけていた両手首も、擦り切れて赤くなっている。縛られるのが好きなくせに、途中本気で逃れようとするから、そりゃ血もでるわな。  それがまた官能的だなんて考えてしまうオレはイカれてるけど、こんなことされて喜ぶコイツも大概だから、オレには一生罪悪感なんて浮かんではこないんだろうと思う。  ともかく、昨夜も最高でした。 「ん…」  そんなアホな事を考えながら見つめていると、マキの目蓋が震えて、涙が一筋溢れた。  それをペロッと舐めとる。ついでに、ダラシなく開いた唇を割って舌をねじ込む。何度も叩くうちに口の中を切ったのか血の味がした。 「ふ…んん……っ!?」  目を開けたマキが、プハッと唇を離した。 「寝すぎ」  そう言うと、マキが目をパチパチして、色気もクソもない大きなあくびをする。それからちょっと顔を顰める。 「痛い…」 「そりゃそうだろ」  オレがやったけど、どう見たって痛そう。  顔を顰めたまま身体を反転させて、テーブルの上のタバコを手に取り、一本を自分で咥え、もう一本をオレの口に突っ込む。  自分のだけ火をつけると、その赤く熱した先端をオレの咥えるタバコに押し付けてくる。マキの呼気に合わせて吸い、火を分けて貰う。 「ふー、昨日は本当に死ぬかと思った」 「本当に殺すわけないだろ」 「ユキになら殺されてもいい」  悪い顔だ。オレを試している顔。吐き出した紫煙の向こうのマキの瞳はいつものように虚だ。  正直、オレはこの生死をかけたマキの問いに、なんと答えるのが正解なのかわからない。ずっとわからないまま、正直な気持ちを答えてきた。 「お前が死んだら、オレも死ななきゃ、」 「はいはい、そんでアヤちゃんも殺して心中すんだろ」  前にオレが言った事を、マキは笑って繰り返す。 「クリスマス」  フラフラとベッドから出たマキが呟いた。 「クリスマス?」 「もうすぐだよな」 「そうだな」 「俺と、チキンとケーキ食う?」  オレはちょっと笑った。 「当たり前だろ。オレとマキはそういう仲なんだから」 「だよな。殺されても文句言わない仲」  ついでに、とオレは言った。 「年越しはオレの実家でしよう。かーちゃんがマキを連れて来いって執念い」 「いいぜ。じゃあなんか良い酒でも用意しなくちゃな」 「オレのかーちゃん、お節作るの好きなんだ」 「お節に合うように日本酒にしようか」  オレは思う。  どれだけ酷いことをしても、マキを本当に殺したいわけじゃない。  昔の友人という人間が現れたことに動揺したのは確かだ。でも、マキとクリスマスを過ごしたり、年越しを共にするのはオレだ。  誰かに取られることもなければ、マキが他の人に夢中になることもない。  だからずっと変わらず、オレはマキを愛していられる。  この幸せな時間が続く限り。  幸せな時間というのが、何を基準にそういうのかは、バカなオレにはわからないけど。

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