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再会2
★
着信があった。手に握っていたスマホが震えている。画面を見ると、つい2日前に再会したジュンからだった。
その時俺は狭くて寒いベランダで、代わり映えのしない景色を見ながらタバコを咥えていた。
クリスマスイブに電話してくるなんて、さてはコイツ寂しいヤツなんだな、と俺は優越感を覚えながら応答ボタンを押した。
『マキぃ…さみしい』
ジュンは開口一番に予想通りのことを言った。
「そりゃかわいそうなことで」
『冷たい』
「知らねぇよ」
昔、高校生の頃にもそんなやりとりをした。懐かしくて、つい笑ってしまう。
『なあ、ちょっと出てこれない?』
「は?」
『久々に二人で話そうぜ。もちろん恋人がいるのはわかってる。でもさ、どうしても話したい事があってな』
どうしようかな、とちょっと考えた。
現在14時過ぎ。
今日の夜はユキとチキンとケーキ食って、なんとなく選んだシャンパンを飲む予定だった。グラスは百円ショップで買ったそれっぽい奴で、ロウソクとか付けちゃう?とか言うくらいには、俺たちはこのくだらないイベントを楽しみにしていた。
ツリーはないが、この狭くてボロい部屋でやる、初めてのクリスマスパーティーだ。
それから、明日の夜はイルミネーションを見に行く。なんともケツの穴がムズムズする予定だ。こんな気不味い(気恥ずかし?)予定は、生まれて初めてだった。
『ほんのちょっと時間くれるだけでいいからさ。昔みたいに、話聞いてくれね?』
8年前までは、俺たちはそんな気軽な仲間だった。いつも行くクラブで、示し合わせなくとも遭遇して、朝まで飲んだくれて、酒臭いまま学校へ行くようなそんな関係だったことを思い出す。
「まあ、いいけど」
『ありがとー!』
「夕方には帰るからな」
『わかってんよ!イチャイチャすんだろどうせ』
「そうだよ!」
ジュンには隠すことなんてない。高校の頃、健一との背徳的な行為すら包み隠さず話して聞かせていた。何度鞭で叩かれると気持ちいいかとか、尿道がどれだけ拡がるかとか、剥がれた爪が何日ではえるとか、木馬に跨ると暫く射精できなくなるとか、何ワットの電流までなら気絶しないかとか、そんな下らない話もしている。
『どうせなら、懐かしい母校の近くで会おうぜ。ほら、いつも使ってたあの場所で』
「あー、わかった」
それだけで俺はそこがどこなのかわかった。また、懐かしい気分になる。
通話を切ると、短くなったタバコをコンクリの壁に押しつけて消してから、外に弾き飛ばした。叔父さんには怒られるが、まあ、いいや。
まあ、それはいいんだけど。
ユキになんて言って出ようか。
別にやましいことなんてなにもないのに、友達からの誘いをユキになんて言えばいいのか迷う。相手が男だから…いや、女でもユキはいい顔しないだろう。
部屋の中へ戻る。ユキはベッドの上に座っていて、ちょうど洗濯物を畳み終えたところだった。
「なあ」
俺は迷った末に口を開く。ユキは優しい顔で俺を見た。
「この間あった、ジュンが話があるってんでさ、ちょっと出かけてもいいか?」
そう問いつつ、なんで俺がユキにお伺いを立てなくちゃならんのだ?と思わなくもない。
「いいけど…ちゃんと帰って来いよ」
「当たり前だろ!」
俺はそこまで子どもじゃない。それに、
「……今日はチキンとケーキ食うんだろ」
「あと安いグラスで高いシャンパン飲む。それで、明日はイルミネーション」
「……なあ、そのイルミネーションって絶対必要か?」
「もちろん」
ニッコリ微笑むユキが、立ち上がって俺の腰に手を回した。ほとんど同じ高さの目線は、身長差があるよりも気恥ずかしい。スッと寄せられた唇が俺のそれと合わさって、思わず漏れた吐息の隙間から舌が差し込まれる。さっきまでベランダにいたから、冷えた身体にユキの暖かさをダイレクトに感じてしまう。
でも俺は今から出かけないと。
多少ムラムラッとしたからといって、本能に流されないのがセックスマスターだ。
俺の全部をタピオカ飲む時並みに吸い尽くそうとするユキを押し除けて、名残惜しげに離れたユキの唇に人差し指を押し付ける。
「待て」
「犬かよ」
「犬みたいなもんだろ」
お預けをくらう、かわいそうな大型犬だ。
「犬にヤられてるマキを想像したら勃ってきた…」
「マジでヘンタイだよな」
ユキの想像(妄想?)はいつか現実になりそうで恐ろしい。
「ま、すぐ帰ってくるからさ。お前はお座りでもして待ってろよ」
とだけ言って、適当に服を着て(ユキが畳んだばっかのヤツ)俺は部屋を出た。
最後に振り返ってユキを見たが、シュンとした顔で俺を見送る姿がガチで犬っぽくて、歩きながらしばらく笑いを堪えるのが大変だった。
☆
マキが出て行った後暫くして、オレは予約しておいたケーキを受け取りに行ったり、チキンを買いに行ったりと忙しく働いた。
マキははなからオレに任せっきりなので、こうやってひとりで動き回るのは苦ではないし、ヒモ時代から、家主が留守の間に準備しておいて、サプライズを演出することが多かったから、むしろ任せられた方が気が楽ですらあった。
本当はケーキもチキンも手作りしてやりたい。そう思うのは初めてだった。が、初めて故にやめておいた。
なにも特別な日に、わざわざ美味しくないものを食べる必要はない。
でも来年はケーキくらい焼きたい。
再来年にはケーキもチキンも自分で用意したい。
そうやって、いつのまにか未来のことを考えているのは、マキとのこの生活が続くことを信じて疑わない自分がいるからだ。
ヒモ時代にはそんなこと、一切考えたこともないのに。
準備を整えてスマホで時間を確認する。16時半。
マキはいつになったら帰ってくるのだろうか。
部屋でウロウロ落ち着きない自分が笑える。本当に飼い主を待つ犬のようだと思う。
意外に思われるかもしれないが、マキが昔の友人と会うことには賛成だ。
部屋から出ない無気力なアイツには、たまに外でろよとおもわなくもない。動かないから体力ないんだよ、全く。
でも、マキのいない部屋は退屈だ。
何かしていないと寂しさが募る。オレは犬と言うより、ウサギなのかもしれない。
二人きりの初めてのクリスマスが楽しみ過ぎて、別にサンタがプレゼントくれるわけでもないのに浮かれている自分がおかしい。
そうだ、クリスマスプレゼントだ。
実は明日の為に用意したプレゼントを、台所の流しの下に隠してある。
また勝手に高い買い物して、とマキは怒るかもしれない。でもオレたちには必要なものだ。
幸せを、何か証しにしておいておきたかった。マキはすぐに不安を抱えてしまうから。
オレの自己満足だが、マキは多分怒りながらも喜んでくれるはずだ。
困ったように笑うマキを想像する。
……抜ける…じゃなくて!
と、無意識にムラムラッとしてしまう頭を振り、ついでに深呼吸しながら、オレは大人しくマキの帰りを待った。
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