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再会3
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中高の頃、よく連む連中の溜まり場になっていた廃工場があった。
学校から程近く、住宅街のなかで異様な雰囲気を放つ寂れたその町工場跡は、俺たちにとって昼寝だったり、ただ菓子食ったりして暇つぶしたりする場所だ。
一部のヤツらはクスリやったりしていたらしいが、少なくとも俺の周りにはそんな話はなかった。
雑草が生茂る広い空き地の奥に建物が残っている。昔はもう少し雑草の高さが低かったなと思いながら、その建物へ近付き、裏にある小さな扉を押し開けた。
「マキ!すまんな、呼び出して!」
薄暗い建屋の中、結構高いトタンの天井の隙間から、冬のボヤッとした日光が落ちている。その光の中、漂うホコリの向こうにジュンがいた。
再会したときのも思ったが、目の前にいるジュンは背が高くて精悍な顔立ちをしているから、やっぱり充分にイケメンといえる。
「いや、別にいいんだが…なんだよ?」
こんな時に呼び出しやがって、と思う。クリスマスだぜ?普通遠慮するだろ。
「あのさぁ、再会していきなりで本当に申し訳ないんだけどさ」
ジュンはカツカツと頑丈そうなブーツを鳴らして近付いてくると、俺の前で手を合わせて言った。
「金貸してくんね?」
「は?」
コイツは、俺の話を忘れてしまったのか?
「……俺家追い出されたって言ったよな」
「聞いた。でも仕送りくらいあるだろ?毎月働かなくてもいいくらいのさ」
「いや無いから!」
絶賛絶縁中なんだが。それに俺に甘かったオヤジは死んでるんだが。
という旨を、丁寧に説明してやる。するとジュンはあからさまに肩を竦めた。
「そっか…」
そんなジュンに、俺は多少警戒心を抱く。普通8年ぶりにあった友人に金せびらねぇよな、と。わざわざこんなところへ…人のいない廃工場へ呼び出して……
と、場所を指定された時点で疑っておけばよかった。
俺はアホだ。単純で、どうしようもないヤツだということを思い出す。
まあ、もう遅いんだけど。
クルッと身体を反転させて逃げだす。その後ろ髪を、ジュンの大きくて力強い手が掴んで引き倒した。
「イッ、テェ」
尻餅をついた俺に、ジュンの硬い爪先が振り抜かれ、脇腹に鈍い痛みが走った。そこを庇ってうずくまると、見下ろすようにジュンの声が降ってくる。
「じゃあさ、ちょっと協力してくれよ」
「協力…?」
「おれん家終わってんだよ」
ジュンの手が、俺の腕を掴んで引き摺る。抵抗するとまた硬いブーツの先が突き刺さる。
そんな非道なことをしながら、ジュンはイライラのこもった声で話し続ける。
「実はさ、大学卒業してすぐくらいに家が破産したんだ。笑えるよな、あんだけ有り余ってた金がさ、一度の失敗で全部消えるんだぜ?そんなの聞いてねぇよって、なあ?」
「知らねぇよ…つか、離せって!」
「そんでさ、おれも生きてかなきゃなんねのに、こんなヤツにまともな仕事できるわけねぇじゃん」
それはお前次第だろ、と思う。俺が人に言えた義理ではないが。
「でもさ、偶然いい仕事みつけてな…まあ、こうやって人捕まえて、カメラ構えるだけの楽な仕事なんだけど」
「はぁ?」
ポイっと腕を離された先は、廃工場の端、誰が何のために置いたのか(多分学校の先輩方)、昔からそこに存在している、穴のあいた皮張りのソファ(あとサイドテーブルもある)の上だった。
俺はジュンの手が離れると同時に逃げようとした。でも、その前に別の人影が俺の腕を掴んだ。全く気付いていなかったが、そこにいたのはジュンだけじゃなかった。
「ヤメっ、離せよ!!」
視界に映る腕は、なんだかよくわからない柄の刺青が入っている筋肉質なもので、これはもう力じゃ敵わない、と思った。
「ほら、よくあるじゃん、女子大生捕まえて強姦とかそういう動画。おれらあいうの撮って売ってんの」
「ハハッ、俺は女子大生じゃないんだが」
「んなのわかってるって。マキをターゲットにしたのはさ、動画ネタにお前の家揺すろうと思ってな…まあ、普通に売っても良い値つきそうだけどさ」
ゲスいヤツ。そんで、なんで俺こんなヤツと友達だなんて思ってたんだろ。悲しくなるぜ。
「お前のお家の事情は理解した。でも、俺の家はそんなもんに金出したりしないぜ」
アニキはきっと鼻で笑う。自業自得だ、と、簡単に俺を切り捨てる。
「どっちでもいい。金さえ手に入ればな」
そう言ってジュンは近くに置いてあった黒いバッグから、割と高そうなカメラを取り出した。黒いレンズに映る自分の姿が見える。汚ねぇソファの背もたれに腕を縫い止められ、それでもヘラヘラと笑うアホな俺だ。
「流石にマキには嫌がる演技できないと思って、いつもより人数多めにしたんだ、感謝してくれ」
ジュンがニタニタ笑いながら言うと、俺が入ってきた裏口のドアからさらに四人男が現れた。
「なんだよ、ジュン。コイツ頭おかしいのか?」
「ヘラヘラ笑いやがって」
とかなんとか、そいつらは言った。俺はまた腕と足をバタバタさせて、無駄な抵抗を試みるが、伸びてきた複数の手に押さえつけられてしまう。
「暴れんなって」
と、正面にいた男がナイフ(果物ナイフくらいの大きさだった)を取り出す。おどしのつもりらしい。
もう無理だと思った。同時に、ユキにどうやって謝ろうとか考えた。チキンもケーキも食えそうにない。というか、今日中に帰れるだろうか。
「ずいぶん大人しいじゃん」
そりゃ慣れてるんで。
「コイツ泣いてんぜ?」
それはない。涙なんか流すほど、俺は弱くない。これくらい平気だ。
むしろ嬉しいくらいだ。無理矢理されるのも、痛いのも、苦しいのも大好物。
だったのに……ダメだ。終わったわ。
「怖い思いしてるとこ悪いけどさ、おれら男はじめてだから、痛かったらごめんな?」
と、正面の男が、ニヤニヤと笑う。突きつけられたナイフが、首筋の皮膚を薄く裂き、チクリとした痛みが走った。
そのナイフが服の裾を裂き、ビリビリと鋭い音を立てて肌を露わにした。ユキの容赦のない暴力の跡が、まだ色濃く残っているのが見える。
「何お前?いつもどんなセックスしてんだよ?」
「痛いのが好きってガチなのな」
微妙に頬を引きつらせて男たちが言った。
なんとでも言えよ、ともはや諦めムードの俺だ。こういうのは、抵抗したり暴れたりするだけ酷い目にあう。
「はやく終われよ…」
ため息が出る。引くくらいならやらなきゃいいのに。と、思った俺が甘かった。
ナイフの冷たい感触が脇腹や腹を撫でる。途中、チクッとした痛みが走り、男はニヤニヤ笑いながら皮膚を裂くのをやめない。
普通なら泣き叫ぶところだけど、この俺にそんな人間っぽいところはない。その痛みの蓄積に、どうしても下腹部に熱が溜まってしまう。同時に意図せず漏れる甘い吐息が、自分の耳にも届く。
「勃ってんじゃん」
「ヘンタイ過ぎだろ」
そこから、男たちの躊躇いは消えたようだった。
乱雑に髪を掴まれ、口に男のものをブチ込まれるのに抵抗できず喉の奥まで受け入れてしまう。
その苦しさに耐えている間に、デニムも下着も取られ、寒さを感じる間もなく誰かの粘膜の暖かさが俺のを包み込んでいた。
「んん、ふっ……ぅ、ゴフッ」
何か屈辱的な事を言われている気がする。でも俺の耳に届くのは、自分の情けない呻き声と、グチュグチュと喉を犯す水の音だけだった。
無理矢理されるのは慣れている。コツはなにも考えない事だ。俺はただの人形。穴のあいた人形だ。
「はっ、はぁ…んっ…も、口離して」
喉の奥に苦さを感じながら、解放された口が勝手に声を放った。
俺のそこに吸い付いている男は、ニヤニヤしてさらに強い刺激を与えてくる。先端をグリグリと舐められると、腰がビクビクしてしまう。インランとか、クソビッチとか、もう好きなように言えよと思う。
「マキはそんなんじゃイけないよな?もっと酷いことしないとさ…昔言ってたじゃん。傷だらけで嬉しそうに」
そう言って、カメラを持つジュンが近付いてくる。片手を伸ばし、ニヤニヤしているのが目の端にうつる。その手が俺の左の人差し指を握った。その意図に気付いて思わず叫ぶ。
「や、ヤメろって!それはシャレになんねぇよ!」
「でも好きなんだろ、痛いの」
バキッと割り箸を何本か重ねて折ったような音がした。
「いっああっ、ぁ、はぁ、はぁ」
叫び声というか軽く悲鳴をあげ、指が折れたと同時にイった。もう、ここまで来ると自分は病気なんじゃないかと思えてくる。
快感と痛みに震える俺の尻を叩き、男の指が無理矢理そこへ侵入してくる。
「やめ、もっ、マジで…離して!」
「とか言いつつめっちゃ締めてんじゃん、ド変態が」
「ぁあっ!?抜けよ、ぅぁ…ひぅ」
折れた指の痛みが、これは現実だと、思考を放棄することを許してはくれない。
ごめん、とユキに謝る。心のどこか、頭のどこかでひたすら謝り続け、それはいつのまにか無意識に口から漏れていた。
「ごめ、なさっ…ふぅ…ひぁあっ…ごめ…ユキ」
涙をボロボロ溢して呟いていると、男たちがうるさいと言って手を振り上げる。頬を容赦なく打たれ、一瞬声が詰まった。
それでもまた、謝罪ばかりを呟いていると、イラついた男にうつ伏せにされ、顔をソファに押しつけらた。息ができない苦しさに腕をバタつかせるが、それも抑えられ、何が楽しいのか、そんな俺を見てそいつらはゲラゲラと笑う。
「ほら、お前の好きなちんこぶち込んでやるよ」
などと、アホみたいなことを言いながら、男のものが尻の穴を割り開いて侵入した。
「っ…ふ……ぁう」
その瞬間なにもかもがどうでも良くなった。苦しさと痛みと快感が、理性を消してしまった。
後ろから腰を打ち付ける男の動きにあわせて、無意識に気持ち良くなれる位置を探してしまう。より深くに来るように、自分から動いてしまうのを止められない。
「あああっ、そこ、んん、きもち、ぅあぁっ」
肌を撫で回す手や、這い回る舌の感触。胸を摘んだり引っ掻いたりされるピリピリとした刺激。ときたま向けられる鋭いナイフが、肌の薄いところを掠めるのが堪らなくて。
俺は撮られていることも忘れてひたすらその快感を貪った。
中に熱いものを出されると、また次の男が侵入してくる。終わることのない責め苦だった。なんども体位を変えられ、別のところを刺激されるうちに、身体がフワフワとしてまるで浮いているみたいに現実感がなくなった。
何度イッたかもわからないくらいぐちゃぐちゃだ。俺が出せなくなっても、やめてくれる気配もなく、ただ尻と口腔を出入りするものを受け入れるしかない。
意識が飛びかけると、快感よりも痛みが多く与えられる。ユキが付けた跡を上塗りするように首を絞められ、少し深くナイフの刃が差し込まれる感覚に、意識を無理矢理浮上させられる。
「ィ、タァ……んふ、ぁぁ…またっ、イッちゃぁあっ!!」
俺はどうしようもないヤツだ。単純でバカで、チョロい。それにクソビッチで、痛いのが好きなヘンタイ。
もう、どうでもいい。こうなったのは、今までクソな人生を送ってきたからだ。恋人ができて何かが変わるなんてこと、実際にはおこらない。
結局、俺は俺という人間を、やめられはしないのだから。
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