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再会4

★  寒さにブルッと震え、それで俺は目を開けた。  すっかり夜の空気だった。人気のない小さな廃工場を静寂が包み込んでいる。  俺は床に投げ出されたまま気絶していた。手足の感覚が曖昧なのは、寒さのせいか、身体を酷使しすぎたせいなのかわからない。  上体を起こすと、腹の中がムカムカして、堪らずその場に吐いた。なんだかよくわからない液体を、何も出なくなるまで吐いた。  身につけているものは、切り裂かれてボロボロのロンTだけだった。そりゃ寒いわ、と思う。ぐちゃぐちゃに汚れた上着とデニムと下着がソファの上にあり、なんとか立ち上がってそれを取った。  でも立ち上がった瞬間、尻からドロドロ溢れる精液の生暖かさを感じ、後悔と涙が溢れてきて、ソファに突っ伏して涙を堪えた。  自業自得。今までの自分の行いが悪い。だから泣いても仕方ない。  まだ乾き切っていない自分の精液や、傷から滲む血液、無理矢理抑えられた股関節や肩の痛み、鈍くのしかかる腰のだるさは、全部無視だ。  財布とスマホを探すが見当たらない。ジュンが持ち去ったのだろう。  でもなんとかして帰りたい。ユキに謝らなければならない。  その反面、もうユキには会いたくない、とも思う。  いっそこのまま死ねば楽か。どちらにしろ、あの動画が世間に出回るくらいなら死んだ方がマシだ。  快楽に負けた俺は、いったいどんな事を口走っていのか。インランクソビッチの俺だから、きっと呆れるくらい喘いでヨガっておねだりしていたに違いない。  涙が出るわ、ホント。  涙が出るくらい惨め。惨めついでに、このまま帰ろう。そんで、ユキに笑われでもして、忘れよう。  そう決めると、俺は力を振り絞ってとりあえず服を着た。途中めちゃくちゃ手が痛いことに気付いて見ると、なんでか血だらけだった。誰か殴ったのか?というほどで、殴ったことがある人はわかるかもしれないが、人を殴ると自分の手も痛める。そんな痛さだった。  ジュンに折られた左の人差し指はパンパンに腫れていたけど、限界を超えたのか、そこだけ痛みはなかった。  廃工場を出ると、途端に寒さが厳しくなった。  雑草を掻き分け、通りへと転がり出る。顔面からコンクリートに突っ込んだ。情けない。でも、自分の格好以上に情けないものなんてない。  誰が見てもわかる。こいつレイプされたのか、と。  今通報されたら、助かるけど笑えない。  でもそんな時に限って、神様は余計な事をする。 「あー、あの…大丈夫っすか?」  転がったまま動けない俺の頭上で、戸惑ったような声がした。  大丈夫なわけねぇだろ、と思いつつ、その人の方を見やる。通報はするなと言わなければ。  どうしたもんかと空を彷徨う手は、指先までびっしり刺青に覆われ、引きつった笑みを浮かべる顔にも、涙の滴模様が浮かんでいた。 「あ」 「……誰だっけ」 「相沢!…マキ、だよな?ユキの…」  俺は名前を覚えていなかった(刺青スゴイなとしか認識していなかった)が、ユキの幼馴染みのソイツは、俺をちゃんと覚えていたようだ。 「どうしたんだよ?その格好……」 「見りゃわかるだろ」 「そりゃそうだけど…立てる?」  と、手を差し伸べてくれる相沢に、でも俺はその手を避けた。 「汚いから」  一応気遣ったつもりだった。誰もこんな精液と血でドロドロのヤツ触りたくないだろうと思って。  でも相沢は、一瞬顔を顰めてから、迷わず俺の脇に腕を入れて抱えた。フワッと浮き上がる感覚がして立たされる。 「汚いとか、余計なこと気にしなくていいよ」 「……悪い」  しばらく引き摺られるようにして、静かな夜の住宅街を歩いた。相沢はこの辺りに住んでいて、コンビニへ行く途中だったそうだ。  相沢のアパートは、俺のより築年数の浅い綺麗な部屋で、広さも倍ほどあった。モノトーンで統一された小綺麗な内装の中に、刺青のデザイン画が飾られていて、そこだけカラフルで異様だった。 「とりあえず風呂入れる?」  玄関を上がってすぐに相沢が俺を風呂場へ連れて行き、心配そうな顔で言った。 「ん…ごめん。何から何まで面倒かけて」  清潔な白いバスタオルを用意してくれた相沢に礼を言うと、 「んなの気にすんなよ。ユキの恋人だろ?おれのダチって意味でもあるんだよ」  と、笑って言ってくれた。ユキの周りには良いヤツが多いな、なんて改めて思う。  震える足を動かし、なんとか熱いシャワーを浴びる。至る所につけられた傷が痛かった。流れる湯に赤が混じりなかなか止まらない。濡れた身体を拭いたタオルも汚してしまうことを申し訳なく思った。  おろしたての下着を身につけて、リビングへ戻ると、相沢がギョッとした顔をした。 「ちょ、そのケガ痛いよな?」 「まあ…」  正直ケツの方が痛かったけど黙っておく。 「ここ、座って」  と、手招きされ、黒い革の上品なソファに座る。 「職業柄アルコールは欠かさないからな。ちょっと我慢しろよ」  ニヤリと笑って、ガーゼを消毒用アルコールで濡らし、俺の身体の隅々をそれで拭っていく。途中、乾いたガーゼを当てテープで留めたりとなかなか手際が良かった。 「指…は折れてる、よな…」  彫り師なんてやってるくせに、引きつった笑みを浮かべる相沢に、なんだか笑えてくる。 「笑ってる場合じゃないだろ」  と、頭を叩かれた。  手当てが終わると、手渡されたTシャツを着て、出された暖かいコーヒーを飲んで一息つく。  一息つくと、途端に眠気が襲ってきた。あれだけヤったらだれでも眠くなるよな。 「マキ?」  相沢が何か言った。でも、強烈な眠気になんと言われたのかわからなかった。  目蓋を閉じる。  暗闇に、ユキの姿が浮かんで、消えた。

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