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お遊び1

★ 「加藤はさぁ、俺のことものすごく嫌いだろ?」  言いながら、タバコの煙を吹きかけてやる。運転中の加藤は、それでもとくに反応を見せず、前を向いてハンドルを握っている。 「俺みたいなクソビッチとは口も聞きたくないって酷いよな…」  最近の俺の移動中の暇つぶしは、加藤をおちょくることだ。何を言ってもピクリともしない表情筋が、かかってこいよ、と俺に語りかけているような気がする。 「わかった。加藤は、俺みたいな下半身警戒心ゼロより、アニキみたいなプライドエベレスト級を屈服させるのが好きなんだな」  と、言った瞬間、キーッと急ブレーキをかけて、車が左に曲がり、俺は窓に後頭部を強かに打ち付けた。ついでに咥えていたタバコを取り落とし、慌てて拾い上げる。 「着きました」 「イテェ…今日はムリだわ…頭痛過ぎ」 「悦んでおねだりしまくってる動画晒されたくなかったら行ってください」 「酷っ」  的確な脅し。やるな加藤。つか、 「お前も見たのかよ!?」 「……社長がその場で再生しましたので」  泣きそう。それにコイツ、多分この無表情のまま最後まで見たんだろうな、と思うと、俺がかわいそう。 「はやく降りてください」 「はいはい」  言われた通りに車から降りると、加藤は見向きもせずにさっさと車を走らせる。ツバでも吐いてやりたい気持ちをグッと堪えた。  さすがに、高級ホテルのロータリーでそんなことをしたら中に入れてもらえなくなる。  完全にダラシのない私服(厚手のパーカーにデニム)姿の俺は、誰にも止められることなくエレベーターに乗り込み、いつもの部屋へ向かう。  ここにくるのは四度目だ。いつもは一回きりだから、正直そろそろうんざりしている。  目的の部屋のブザーを鳴らすと、間髪入れずにドアが開いた。 「やあ、待っていたよ!!」  と、大袈裟に両腕を広げて迎えてくれる、金髪の白人。背が高いのに痩身で、抜群のスタイルを見せびらかしたいのか、いつも部屋ではバスローブを着ている。 「はあ」  ため息のような挨拶を返し部屋へ入ると、ルームサービスの甘いものをこれでもかと並べたテーブルに行き当たる。  いつものことなので、そこには触れない。もう面倒だから。 「今日はキミがこの前好きだと言っていた、プチッとするプリンを用意しようと思ったんだけど、取り扱いが無いと言われてね…すまない」  そりゃ無いだろうと思う。高級ホテルなんだから。 「代わりにとれたての卵だけを使った高級プリンを多めに用意してもらったよ」  本当にすまないね、と言って、その人は俺の顔色を伺う。 「あのさ…何にもいらないから」 「日本人はどうして遠慮が美徳だと思っているのかな?」 「いや、普通にいらねぇよ…」 「今はお腹空いてない?持ち帰りできるように手配しよう」 「ちょっと…何語で話したら通じるの…」  この、押しが強い白人はデレクと言って、アメリカでいくつもレストランを経営しているやりてオーナー。今回、日本産のワインを自店舗で提供するために来日し、ワイナリーとの中間交渉をうちの会社がすることになった。  他にも色々見てみたいものがあり、滞在期間が長くなるため、(色々お世話してやれよ的な意味で)俺が派遣された。  で……まず、初日に問題が起こった。  デレクはアニキと話した時には、完全に英語オンリーと言っていたはずなのに、後日俺があったときには、えらく流暢な日本語を話した。  日本語話せるじゃん、と呆れる俺に、デレクは言った。  一目惚れだ!私の愛人に迎えたい!と。  死ねよと思った。  というのは、半分冗談で、とりあえずデレクにはアメリカに奥さんがいて、その奥さんが日本人女性ということだった。だから日本語は話せるそうで、別に隠していたつもりはないと宣った。ただ、なにもわからない外国人と思わせておいた方が、本音を探りやすい、とも言っていた。意外に腹黒い。  デレクは、世界各地に愛人を持っていて、現在俺はその日本支部を任されそうになっている、ということである。  一応帰国まではお世話係りをしなくてはならないので、呼び出しがあるたびに来てやっているのだが、そのたびにこうやって、俺のご機嫌を取ろうとしてくる。  二回目にあったときに、俺がポロっと甘いものが好きだと言ったがために、三回目からは大量の甘いものに迎えられることになった。 「そうだ!今日はずっと行きたかったレストランの予約が取れたんだよ!粘った甲斐があった。ちょうどキャンセルが出たみたいでね」 「ああ、そう」  心底どうでもいいんだけど。 「少し遠いから、早めに支度して出なければね」 「もしかして俺も行くの?」 「当たり前だろう?私は今真剣にキミを口説いているんだから、最高の料理を御馳走したいと思うのは当然だ」 「いらないんだけど…」 「大丈夫、ドレスコードは気にしないでくれ。しっかり準備済みだから」  聞いて!!俺の話もちょっとは聞いて!! 「はあ…」 「どうしたんだい?キミはいつもつまらなさそうな顔をしているけど、そんな顔では幸せは掴めないよ?もちろんこの場合の幸せというのは、私の愛人のひとりに加わることをいうのだけど」 「それはないから」  全然めげないなぁ、ともはや感心すらしてしまう。 「デレクくらい自信があったら、俺も少しは幸せになれるんだろけど」  いずれは自分の国へ帰るデレクに、俺は少しだけ本音を漏らしてしまうのを止められない。  ユキは近過ぎてダメだ。気を使うのも、使われるのも面倒になる。 「幸せを掴むのは簡単だよ、修哉。少しの犠牲と思い込みで、簡単に手に入る。私は多少の金銭を犠牲にして、妻も愛人もみんな幸せにしていると思い込んでいる。だから私は幸せなんだよ」 「とてつもない自己中だな」 「私の自己中に不満を言う人はいない」  ただし、とデレクは続けた。 「妻は私をありのまま受け入れてくれている。だからこその幸せだ。キミのパートナーは、ありのままのキミを受け入れてくれない人なのかな?そんな相手とは、犠牲を払っていくら思い込んでも、幸せにはなれないよ」  おいでと手を引かれ、白いシーツのベッドに誘導されながら、俺は考えた。  もしユキに正直に全て話したら、ユキは全部受け入れてくれると思う。  ユキは良い意味で隠し事ができないから、一緒になって怒ったり悲しんだりしてくれる。それを、幸せなんだと思い込むこともできる。  でもそうしないのは、俺が単に弱虫で意気地なしで、勇気もなにもないからだ。  動画のことや、そのせいで俺がなにをしているのかを知られたとき、もし受け入れてくれなかったら?とユキを信じきれない自分や、向けられるだろう蔑みの目が怖い。  堂々巡りだ。 「修哉、こっち見て」  見上げた先には、青く澄んだデレクの瞳があった。そこに映る俺の、暗く澱んだ瞳もはっきりわかった。 「そんな顔で、幸せは来ないよ」  堂々巡りがいやなら、今デレクを突き飛ばして帰ればいい。  でもそれをしない。  結局、俺はまた気軽に逃げられるセックスに依存しようとしている。  デレクの天然の金髪は、ユキの限界まで色を抜いた金髪と違って少し硬い。  そういえば、ユキの瞳の色は、どんなんだっけ? 「私はキミを幸せにできるよ。少しの犠牲と、思い込みさえしてくれれば」  確かに、一番にはなれないけれど、なに不自由ない暮らしはさせてもらえるかもしれない。  それを俺が、幸せだと思えばいい。  デレクの手が丁寧に、衣服を脱がしていくのにまかせ、落とされるキスに応える。  他の客と違って、デレクはいつも丁寧で、酷いことはしない。それが物足りないのに、愛されていると勘違いするのは、俺の心が弱っているからだ。  俺はやっぱり、ただのクソビッチだ。 ☆  マキの様子がおかしいのは、なにも珍しいことではない。とくに、最近は。  きっかけはただのキスだ。 「マキ、愛してる…オレのマキ」 「やめろよ…ん、ふ…ぁ」 「愛してる」 「わかったって」  寝る前、ベッドに転がってスマホを見ていたマキに、いつものようにベタベタくっついて迫る。  はいはい、とあしらうようにキスに応えてくれるのは…寂しいけど、まあ、いつものことだ。 「嫌なら嫌って言えよ」 「やめろって言った」  キッと睨みながらタバコを咥える。最近吸い過ぎじゃないかと心配になる。 「つかさ、オレのこと嫌いになった?」 「なんでそうなるんだよ?」  マキの瞳に浮かんだ動揺が、オレの心を凍らせていく。咥えたタバコを取り上げ、灰皿に押し付ける。それから、マキを仰向けにして両腕を押さえ付けた。 「離せよ…明日早いからもう寝たい」  ふいっと顔を背けられて、オレは寂しさよりも先にイライラが来てしまった。こういうところは、本当に治さなければならないと思う。  いつもマキの優しさに甘えて、そのままにしてきた。  ひとつ深呼吸をして、出来るだけ落ち着くように自分に言い聞かせる。 「オレはマキが好きだ」 「知ってる」 「マキは…」  なんで言ってくれないんだろう。  ふとそんなことを考えた。別に言葉が欲しいとは思わない。でも、頑なに言わないのは、つまりはオレの一方的な押し付けなんじゃないかと思ってしまった。 「もういい…おやすみ」  これ以上疑問を抱いたら、止まらなくなりそう。そう思って、オレはマキから手を離した。  そんなオレの行動は、間違っていたようだった。 「ごめん…」 「ん?」 「ユキ、もういい…俺、どうしようもないヤツだから…」 「…?」  どうした?と思ってマキに目を向け、思わずギョッとした。両腕で顔を隠し、それでも隠しきれない大量の涙を流すマキがいた。 「ごめん…ごめん、ユキ…こんな俺なんか好きとか言うなよ…俺、もう耐えられない…」  声は消え入りそうな程小さいのに、それは明確な悲鳴だ。なにがそんなにマキを追い詰めているのかはわからない。  心が悲鳴を上げるほど、マキを追い詰めているのはもしかしてオレか?  戸惑っていると、マキが転がるようにベッドから出てトイレへ走っていく。  吐くほどツライなら、オレはそばにいない方がいいのかもしれない。  ……いや、オレは決めたはずだ。  何があっても離れはしないと。  よし、と気合いを入れて、マキのもとへ行こうとしたその時、テーブルの上のオレのスマホが鳴った。  着信画面には、相沢と表示されていた。

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