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第80話 あの日③

本来、雅樹は人に対しての興味が薄い。 いや、薄いと言うより興味がないし、別に誰がどうなったって気にしない。 だが智樹に関しては過保護すぎる。 智樹以外の人に興味がない、その気持ちの代わりの全て、智樹に向けられているような感じだ。 『智樹のためなら何でもできる』 それは言葉だけではなく、本当に何でもできるし、今までそうしてきた。 雅樹にとって智樹は全てだ。 大切な大切な智樹。 誰にも汚させることなんてさせない。 智樹の幸せが俺の幸せ… そう言い聞かせ、智樹への気持ちに蓋を閉めてきた。 硬く、硬く…。 俺は『分をわきまえてる』 自分の地位や身の程をよく知り、出すぎたことをしないようにすることなどをしない。 智樹に対する俺の気持ちなんて、隠し通さないといけないんだ。 智樹に番ができ、幸せを見届けるのが俺の役目。 智樹の番が智樹を守り幸せにしていく、その日まで、俺が守り通さないといけないんだ。 智樹の幸せが、俺の幸せなんだ……。 太陽が沈みかけ、その姿を隠し始め出した頃。   ーーーガチャリーーー 玄関を開ける小さな音がした。 智樹!?!? 殆ど聞こえないような小さな物音に反応した雅樹は部屋から飛び出し、バタバタバタとすごい勢いで階段を降りていく。 智樹!? 智樹なのか!? 玄関に行くと誰の姿もなかったが、そこには智樹の靴が綺麗に並べられ置いてあった。 やっぱり智樹だ!! 智樹が帰ってきた嬉しさと安堵の気持ちで、さっきまでのあの不安が嘘のように消えていき、辺りをキョロキョロと見回したが、智樹の姿はない。 ここにはいない。 じゃあ多分|ダイニング《あそこ》だ! ダイニングのドアを開けると、そこには愛しい智樹の姿が! 「智樹!お帰り‼︎」 雅樹は飛びつくように智樹に抱きつき、存在を確認する。 よかった… 怪我もなさそうだ。 フェロモンの香まだするけど、何事もなくて本当によかった。 抱きしめた時の温もりを雅樹は噛み締める。 「……、ただいま……」 ん? どことなく元気のない智樹の様子に雅樹は気づいた。 いつもの元気がない。 あの透き通ったような気配じゃなくて…、澱みひどく疲れた気配だ。 何かあったのか? 「智樹、どこ行ってたんだよ?心配したじゃねーか」 智樹を抱きしめる雅樹の腕の力が強くなる。 「ちょっと欲しい服があったから、見に行ってた」 微笑む智樹だったが、やはりそこには疲れが垣間見られ…。 何か俺に隠してる……のか? 「服屋?どこの?」 雅樹が聞くと、 「駅近くの路地裏に新しい店ができてたんだ。そこ」 また疲れた笑みを智樹がこぼした。 まただ。 また何か隠してる。 一体何を? 何気なく視線を落とした智樹の視線の先に、見覚えのない紙袋を智樹は握りしめている。 「智樹が今持ってる紙袋の中に、買った服が入ってるのか?」 智樹が持っていた紙袋を雅樹が指差すと、 「うん、これ。よかったから、雅樹のも買ってきた」 紙袋から色違いの服を智樹が取り出した。 「シンプルな色使いだから、なんでも合わせ易いって、店の人が。雅樹はどっちがいい?」 いつものように微笑みながら、智樹は雅樹の前に服を取り出した。 しかし雅樹にはその話し方がいつもより若干の早く、そして顔が若干引き攣ってるように感じた。 決して他の人は気づかない、微かな違い。 それを雅樹は感じ取った。 やっぱり何かある。 直感的に雅樹は確信して、智樹を問いただそうと思ったが、智樹は雅樹が服を選ぶまで腕をつきだしたままだったので、 「じゃあ…、こっち」 とりあえず服を受け取ることにし、雅樹が服を選ぶとホッとしたように智樹は表情を緩ませ、 「それより雅樹の方こそどうしたんだ。今日、部活で遅くなるって言ってたじゃないか…」 今度は雅樹の行動を探るよう、瞳を覗き込んだ。 「それ?それは智樹から少しだけどフェロモンの香りがしてて…。心配になって帰ってきたんけど、家に帰っても智樹いないから、何かあったんじゃねーかって、すごく心配したんだぜ」 雅樹はより智樹を抱きしめる。 本当に心配したんだからな。 もしもなにかあったら、智樹を守れなかった俺自身許せない。 「心配してくれて、ありがとう。でもまだ微力だから薬効くと思うし、大丈夫」 少し疲れが垣間見れる智樹が、雅樹から離れようとすると、 !!!! まただ!! また幸樹兄さんの香水の香りがする! 「なんで智樹から、幸樹兄さんの香水の匂いがすんだよ…」 雅樹が智樹の首元からする香水の匂いを嗅いだ。 一瞬、智樹はハッとした表情を見せたが、 「これ?俺、新しい香水欲しくて、色々試してたから、そん時かな?」 すぐに笑顔になる。 まただ。 あの笑顔は智樹が隠し事をしている時の笑顔だ。 しかもわざわざ幸樹兄さんの香水の匂いをつけて帰ってくることないじゃないか! いつもは智樹が隠し事をしていると感じても、雅樹は智樹が言いたくないことは聞かないようにしていた。 でも今回は違う。 また幸樹の香りをさせて帰ってしていた。 しかも《《また》》少し疲れ顔。 雅樹は頼って欲しかった。 疲れ切った作り笑いをするぐらいから、ただ一言『疲れた』とだけでも、自分に言って欲しかった。 理由を聞いて欲しくなかったら、聞かない。 ただ抱きしめて、智樹が元気になるまでなんでもしたいと思っていた。 なのに…智樹は、何も言ってくれない。 俺、そんなに頼りないか? いつもは流せていた事も、今日はどうしても流せなかった。 「試しにわざわざ幸樹兄さんの香りの香水つけたのかよ…」 嫌味っぽく言った後、 しまった。 雅樹は後悔したがもう遅かった。 「容器が変わってたんじゃないかな?気づかなかっただけ。わざとじゃない。でもどうして雅樹がそんなに不機嫌になるんだよ…」 今日は雅樹だけでなく、いつもおおらかな智樹もピリピリしている。 そんな智樹の態度が、雅樹の感情を逆撫でした。 なんだよ! そんなの嫌に決まってる! 智樹から幸樹兄さんの香りがするなんて、疲れた顔してるなんて! 「嫌だからに決まってるだろ」 俺の香りがするのは、あの時だけ。 智樹がヒートになって、重なり合った、あの時だけ…… それでもいいと思っていたけど、やっぱり嫌だ! 俺以外の香りが、幸樹兄さんの香りが智樹からするなんて!! 雅樹はチョーカーから覗く智樹の首に、キスマークを付けた。 それはまるで幸樹の香りを消すように。 自分のしるしで上書きするように。 「なにすんだよ」 智樹はつけられたキスマークを、手で覆う。 「つけたいからつけた。理由なんていんのかよ」 智樹が手で隠した首とは反対側にも、雅樹がキスマークを付ける。 「!!!!」 怒った智樹が雅樹の腹を殴ると、雅樹が『う"っ』と唸り、智樹を抱きしめている腕の力を緩めた。   「キスマークつけたきゃ、中原さんにつけたらいいだろ⁉︎中原さんは、愛しい雅樹の新しい彼女なんだからさ‼︎」 「…待って!」 蹴りを入れられ、一瞬、智樹を呼び止めるのが遅くなってしまったうちに、智樹は自室へ駆け込み鍵をかけてしまう。 「智樹!違うんだ!俺が悪かった!話を聞いてくれ!」 智樹の部屋のドアを雅樹が叩き必死に叫ぶが、智樹は聞こえているのかいないのか……、雅樹の方を見ようともしない。 「俺は智樹が心配なんだ!話してくれよ!俺、智樹のためなら何でも……、何でも………するからさ……」 必死に訴えるが、智樹は雅樹の方を全く見ない。 それは完全に雅樹を拒絶し、拒否したしているようで…。 智樹、どうしてそんなにつらそうなんだ? 俺は智樹を助けたいんだ。 なのに俺は何もできないのか? 何もさせてもらえないのか? 智樹にとって、俺は……、俺の存在は……。 智樹の部屋のドアに背を当てると、力の抜けた雅樹はズルズルとその場に座り込み、頭を項垂れさせた。

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