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第82話 母の存在
「珍しい。智樹と喧嘩したの?」
頭の上から声がし雅樹が顔を上げると、そこには出かけていたはずの母親が、優しく微笑む姿があった。
「おかえり、母さん」
雅樹も笑い返したが、明らかにその作り笑顔が悲しそうだ。
すると母親は雅樹と同じ目線になるようにしゃがむと、
「今回の喧嘩は、相当ダメージが大きいみたいね。実はね、おいしいケーキいただいたの。一緒に食べない?」
ニコリと少女のように微笑み、雅樹の目を覗き込んだ。
「…、俺、甘いの苦手って知ってるじゃん」
高校生が母親に接する感じではなく、昔から知る近所の優しいお姉さんに話しかけるように、雅樹が苦笑いしながら答える。
「知ってるわよ。でも付き合って。可愛い息子と一緒に食べると、さらにおいしいもの。それに…」
「それに?」
「ビーフシチュー作るの手伝って欲しくて」
少女のような笑顔で母親が雅樹の手を取ると、
「『嫌』っていう返事は受け付けませんので、よろしくお願いします」
すっと立ち上がり、困った顔で笑いながら「わかったよ」という雅樹の手を引っ張りキッチンへ向かった。
智樹と雅樹の母親は仕事はしておらず、外から見れば悠々自適な『大手会社の社長夫人』だ。
だからといって暇でも散財しているわけでもない。
夫の仕事関係の付き合いがある家同士の付き合いや、会社内の夫人同士の派閥やマウントを取ろうとする夫人への牽制。女同士の争いをなくすよう、いつも目を光らせている。
穏やかで柔らかい雰囲気の彼女だが、芯は強く、些細な事にもよく気がつく。
だからなのか……。
『甘いものは苦手』と言っていた雅樹だったが貰って帰ってきたケーキとは別に、雅樹と智樹が好きなケーキ屋のプリンを母親が買ってきてくれていたのを見つけ、紅茶と共にプリンを楽しんでいた時、
「母さんは雅樹が誰を好きになろうと、全く問題ないと思うんだけどな〜」
ニコニコした母親に言われ、どきりとした。
「な、なに?急に……」
いつもは普通に流せるところだが、今日は智樹とのこともあり、返事が辿々しくなる。
「自分に素直にならないと、好きな子に気持ちいいなんで伝わらないものなのよ」
「……。彼女ともうまく…いってる…」
雅樹は母親から目を逸らす。
そんなのわかってる。
でも、俺は……、俺が本気で愛してるのは……
「本当に雅樹も智樹も頑固なんだから。私はね、2人が《《誰を好きになろうと》》、応援してるんだからね」
え?
智樹と雅樹の母親は仕事はしておらず、外から見れば悠々自適な『大手会社の社長夫人』だ。
だからといって暇でも散財しているわけでもない。
夫の仕事関係の付き合いがある家同士の付き合いや、会社内の夫人同士の派閥やマウントを取ろうとする夫人への牽制。女同士の争いをなくすよう、いつも目を光らせている。
穏やかで柔らかい雰囲気の彼女だが、芯は強く、些細な事にもよく気がつく。
だからなのか……。
『甘いものは苦手』と言っていた雅樹だったが貰って帰ってきたケーキとは別に、雅樹と智樹が好きなケーキ屋のプリンを母親が買ってきてくれていたのを見つけ、紅茶と共にプリンを楽しんでいた時、
「母さんは雅樹が誰を好きになろうと、全く問題ないと思うんだけどな〜」
ニコニコした母親に言われ、どきりとした。
「な、なに?急に……」
いつもは普通に流せるところだが、今日は智樹とのこともあり、返事が辿々しくなる。
「自分に素直にならないと、好きな子に気持ちいいなんで伝わらないものなのよ」
「……。彼女ともうまく…いってる…」
雅樹は母親から目を逸らす。
そんなのわかってる。
でも、俺は……、俺が本気で愛してるのは……
「本当に雅樹も智樹も頑固なんだから。私はね、2人が《《誰を好きになろうと》》、応援してるんだからね」
それどういう意味?
「家のことは幸樹に任せて、智樹と雅樹は好きな事をすればいいのよ。高校卒業したら大学行ってもいいし、いかなくてもいい。もし大学通うってなって家から近くても、家から出て2人で暮らしてもいい。本当に好きにしたらいいのよ」
そこまでいうと、母親は自分の目の前に置いてあるティーカップに視線を落とした。
「|お父さん《はじめさん》とお母さんはね、小さい時から別々の許嫁がいたの。いわゆる政略結婚みたいな感じの。お母さんもそれが当たり前で、その人と結婚すると思ってた」
「…」
「でもね、はじめさんと出逢って『絶対この人と一生一緒にいる!』って思ってね、幸運な事に、はじめさんも同じ気持ちになってくれて…。それからね、ありとあらゆる手段を使って結婚したのよ」
「ありとあらゆる手段?」
こんなに優しくて温和な母さんから、まさか『ありとあらゆる手段』なんて言葉、聞くとは思ってもみなかった。
「そうよ。探偵使ったり、息子には言えない様な方法もしたわ」
雅樹はその『息子には言えない方法』が気になったが、えへへと笑う母親から、笑えなさそうな答えが返ってきそうなので、やてめおいた。
「どうしても欲しいものは、掴みたい未来は掴むのよ。一度きりの人生。なんでもやってみなさい。後悔しないように」
いつも優しい母親だが、今日は優しさの中に力強さが入っている様に雅樹は感じる。
「お母さんが味方なんだから、なんとでもなるわよ」
雅樹の頭を撫でる母の手は、とても温かかった。
あれから何回も雅樹は智樹の部屋の前まで行き、ドアの前に立つが、その先が進めない。
智樹にあんなに拒絶されたのは初めてで、何をどうすればいいかわからなかったのだ。
「雅樹、ご飯できたけど智樹呼んできてくれる?」
エプロンを外しながら母親は雅樹に声をかけたが、雅樹は困った顔をするだけ。
「俺が言っても無駄だよ…」
いつもにもなく弱気な雅樹の様子を見て、
「も〜、今回だけだからね。きっかけはお母さんが作るけど、あとはきちんと2人で話すのよ。いい?」
そういうと母親はスマホを手に取り、どこかに電話をかけ始めた。
相手が何か話したのだろうか?母親も話し出す。
「どうしたじゃないわよ。雅樹とケンカしたでしょ。雅樹、本当に反省してるみたいよ。許してあげたら?」
優しく諭す様に話す相手は…。
智樹に電話してる?
雅樹は瞬時に電話を代わってもらいたい気持ちと、拒絶した智樹の顔がチラつき、あと一歩が踏み出せない。
「そんな事言わずに…。今日の晩御飯は、ルーを使わずに最初から作ったビーフシチューよ。智樹、好きでしょ?」
明らかに母親が智樹を宥めようとしている。
智樹、ほんとに怒ってる!!
謝らないと!
智樹の力になりたいって、きちんと伝えないと!
雅樹が母親からスマホを奪い取ると、
「智樹、ごめん!!」
心の底から、謝った。
『なんで雅樹が謝ってんの?したいようにしたんだったら、別に謝らなくてもいいじゃん』
だが智樹から返ってきたのは、雅樹を突き放す言葉。
「智樹を傷つけたなら、謝る…。だから部屋から出てきてくれよ」
雅樹の声は泣きそうになるのを堪え、智樹に訴えかけるが、
「嫌だ。絶対に嫌。電話もかけてくんな」
智樹の怒りはますばかり。
「智…!!」
雅樹が智樹の名前を呼ぶ前に、通話は切られた。
くそっ!
雅樹は何度も何度もかけ直すが、電源が切られているのか、全く繋がらない。
このままじゃダメだ!
智樹の気持ちが俺から離れていく!
少し前まで、智樹に嫌われないといけないと思っていた雅樹だったが、いざ智樹が離れていくかもと思うと、胸が張り裂けそうだ。
嫌だ!
嫌だ!
嫌だ!!
雅樹は階段を駆け上ると、智樹の部屋のドアを叩く。
「智樹!智樹!出てきてくれよ。ごめん、ごめん……」
何度叫んでも中からの返事はない。
その悲痛な叫びは辺りに響き渡り……、
「雅樹、大丈夫。智樹、今1人になりたいかもしれないでしょ?そっとしてあげましょう」
自分より大きくなった息子を母親は抱きしめると、雅樹は母親の肩で泣いた。
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