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第84話 敬也

「雅樹!!」 コンビニの前で膝を抱え、うずくまっていた雅樹の元へ、タクシーを降りた1人の男性が駆け寄ってきた。 「……、敬也さん……」 敬也の姿を見た雅樹は、押し殺していた不安が溢れ出し目から涙が溢れる。 「怪我はないか?」 声を掛けながら敬也は雅樹を引っ張り上げ立たせ、怪我だなど特に変わりがないことを確認すると、少しホッとした表情になった。 「雅樹、何があった?」 「……。智樹が…、智樹がいなくなった…」 「!!」 雅樹の答えに敬也が驚き、俯いたままの雅樹の顔を覗き込む。 「それ、詳しく教えてくれる?でもここだとお店に迷惑かかるから、とりあえず移動しよっか」 優しく敬也が微笑みかけると、あんなに取り乱していた雅樹の気持ちが軽くなる。 やっぱり敬也さんは不思議な人だ。 智樹がいなくなって、あんなに怖かった気持ちがなくなっていく。 敬也さんに任せていたら、全て解決してくれるような…。 そんな気持ちに。 敬也は先程乗ってきたタクシーに雅樹を乗せると、自宅のマンションへと向かった。 宇佐美 敬也。28歳。 『優しそうな美形』 それを3次元の世界に作り出したら、こういう人のことを言うのだろう…。 優しい眼差し、整った顔立ち。 手足は長く180センチ近くはある身長。 全てを優しく包み込む様な雰囲気は、そばにいる人を自然と癒してくれる存在。 そんな敬也は雅樹と智樹の同級生、宇佐美 純也の兄だ。 宇佐美家も実業家で、敬也は成人したと同時に両親から資金として、いくらかまとまったお金を贈与され、それを元手に株や投資などで資金を増やし、マンション2棟、カフェ2店舗、バー3件のオーナーだ。 そしてその一つのバーでオーナー兼バーテンダーとしても、店に立っている。 なぜ店に立つか? それは……。 「敬也さん……、仕事中だったのに電話なんかして、すみません…」 敬也の家につき、ダイニングにある大きなソファーに座るように促された時、雅樹は敬也に頭を下げた。 敬也さんは言わないけど、絶対お店で接客中だったと思う。 俺がパニックになってたからって、仕事中の敬也さんに電話をかけるべきじゃなかった…。 「俺、雅樹に言ったよな。『何かあったら、電話しておいで』って。そう言ったのに、今回雅樹が俺に電話くれなかった方が、俺は嫌だけどな」 淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを雅樹に手渡し、自分の隣に雅樹をソファーに座らせた。 「智樹がいなくなったって、どういうことなんだ?」 「それは……」 雅樹は今日あった出来事を、事細かく話し始め、 智樹にしてしまった事や、智樹の気持ちが自分から離れていく不安から、時折涙が溢れてきそうになるのを堪え、言葉を詰まらせながらも話し、それを敬也は静かに聞いていた。 「なるほど。よくわかった。雅樹、辛かったな」 そういうと敬也は雅樹を抱きしめた。 「雅樹が智樹の事を何よりも大切に思っていることは、智樹にも伝わってると思う。だから安心しな。智樹の気持ちは雅樹から離れてなんて、いかない」 抱きしめながら敬也に言われると、我慢していた涙が溢れてくる。 「そんなのわかんないじゃん。智樹、俺に何も言ってくれない。辛いこと何も言ってくれない。俺が頼りないから、何も言ってくれないんだ。番が現れるまで智樹を守るって決めたのに、俺守れてないだけじゃなくて、側で守ってあげられてない…」 誰にも言えなかった気持ちを口にしてしまった雅樹は、もう止まらなかった。 「俺は、智樹に嫌われないとダメなんだ。智樹が《《きちんとした》》人を好きになる為には、俺は邪魔なんだ。でも怖いんだ。智樹が俺のそばからいなくなるのが…。智樹がいない世界になんて、生きてる意味がないんだ。もう、わかんない。自分がどうしたいのか?どうすべきなのか。頭の中がぐちゃぐちゃで苦しいんだ。こんなの嫌だ!わかんない!!」 雅樹は声をあげて泣き出した。 小さい子供が感情をそのまま表にだしたように、泣いた。 苦しかった。 誰にも言えなくて。 誰かに聞いて欲しかった。 もう1人では抱えきれない。 1人じゃ、智樹を思う気持ちが抑えきれない。 「頑張り過ぎんな雅樹。俺がなんとかしてやるよ」 敬也は雅樹を抱きしめながら、頭を撫でた。 「雅樹を悩ませてること全部、俺がなんとかしてやるから泣くな」 「なんともできないよ」 敬也の顔を見上げた雅樹は、声を遮るように言った。 「できるよ」 自信で満ちた目で、敬也は雅樹を見つめ返す。 「俺が何のためにバーテンダーやってると思ってると思う?」 なんのためって……。 「?」 敬也の問いかけに、首を傾げると、 「人脈作りだよ」 得意げに敬也が微笑んだ。 「俺、いろんなところのオーナーだからさ、本当はバーテンダーとして働かなくてもいいんだ。だけど、それじゃあ人脈作りは難しい。だからカウンターに立って、いろんな人と出会って、そこからまた新しい出会いを得る」 「でもなんでそんなことするの?人脈なら宇佐美家だけでも十分じゃないか…」 色々なところのお偉いさんたちと繋がりがある宇佐美家なら、なんの不自由もないはず。 「あんな家と繋がりのある人脈なんて、なんの価値もない。あれは親父の信頼を勝ち取った人脈。俺のことを信頼してくれて、俺も相手を信頼出来る人との人脈が欲しいんだ」 「…」 「それ全部、雅樹のためだから」 「!?俺の…ため?なんで?」 敬也の言葉に驚いた雅樹は、敬也の真意を見極めるように瞳を覗き込んだ。 「雅樹の事が好きだからに決まってるだろ」 さも当たり前のように敬也は言い放った。 敬也さんが…俺のこと…好き!?!? 雅樹の目が見開かれる。 「マジ…で?」 「マジで」 いつもとは違う真剣な顔で敬也に見つめられ、雅樹は敬也の瞳から目が離せない。 「俺…、智樹のこと…好きだよ……」 「知ってる」 「じゃあ…なんで?」 「好きになるのに理由いる?そんなのいらないって、雅樹が一番わかってるじゃん」 !!!! その気持ちがわかりすぎて、雅樹の胸が締め付けられた。 「雅樹を苦しめてることは、俺が全部解決してやる。だから雅樹は安心して俺に任せておけ。な」 敬也は優しく微笑むと、雅樹の髪にキスをする。 「智樹の事、《《俺たち》》が探してやるから、雅樹は家で待ってな。もしかしたら智樹帰ってきてるかもしれないし」 「でも…」 敬也さんが俺のこと好きだからって、仕事だって途中で抜け出してきてもらってるのに、そこまで甘えられない。 「送ってやるから家にいろって。好きな子のために何かさせてくれよ」 切なそうに微笑む敬也の気持ちが、雅樹には痛いほどよくわかった。 「ごめん…、敬也さん……」 雅樹が敬也を見つめると、 「そこは『ありがとう』だろ?」 包み込むような笑みを、敬也は雅樹に向けた。 智樹…どこにいるんだ……。 タクシーの後部座席に敬也と一緒に乗った雅樹は、空な目で移り変わっていく車外の景色を見ていた。 頭が痛い。 体がだるい…。 こんな時に限って、ホルモンの薬の副作用が出てきやがった。 智樹がいなくなってしまったことへの不安と、最近新しくしたホルモン抑制剤の副作用で雅樹の頭は朦朧《もうろう》とし、顔色は真っ青だ。 「雅樹、大丈夫?」 敬也が心配そうに雅樹の顔を覗き込むと、雅樹は返事の代わりに弱々しく微笑む。 「大丈夫じゃないな…。新しい薬のせいか?」 敬也が雅樹の顔を覗き込むと、辛い顔は見せられないと、雅樹は顔を背けた。 「元の薬に戻せるように頼んでやろうか?」 より雅樹の顔を見ようと、敬也が覗き込むと雅樹はより顔を背けた。 これ以上、敬也さんに迷惑かけられない。 今雅樹が飲んでいる薬は、一般的には流通していない。 ツテがなければ手に入らない品物。 それを雅樹は無理言って、敬也に取り寄せてもらっていた。 「大丈夫。強い薬が欲しいから…。これぐらいなんともないよ」 背けた顔を敬也に向けて、精一杯笑ってみせたが、その表情はひどく疲れている。 「雅樹、あれ副作用で……」 敬也が言いかけた時、 「知ってるよ。子供授かれないかもだろ?いいよ、俺の事は…。俺は智樹が大丈夫だったらそれで…」 今度は雅樹がしっかりと敬也を見ると、今度は敬也が悲しそうに微笑んだ。 「雅樹がそういうなら…。でも辛くなったら言うんだぞ……。今は確実、雅樹は疲れてる。家に着いたら起こしてやるから、少し寝ろよ」 「…うん…」 雅樹は敬也の肩に頭を乗せ、瞳を閉じた。 智樹の身を心配しながら…。

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