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第13話 お礼
ーー診察終わるまで、ちょっと待っててーー
目覚めたその日、診察に向かう神谷にそう言われた晶は病室で1人、ポツンと神谷が診察が終わるのを待っていた。
なんの用だろう…
早く帰ろうと思ってたのに…
そんな事を考えていると、病室のドアが開き、神谷が座る車椅子を看護師が押し、部屋の中に入ってきた。
「それじゃあ、何かあったらナースコール押してね」
「はい。ありがとうございます」
神谷が爽やかに笑うと、看護師は病室から出て行った。
「松原君……、だっけ…。毎日見舞いに来てくれてたみたいで…。その…、ありがとう」
車椅子から降り、ベットに腰掛けた神谷がそう言った。
先輩、俺の事覚えてないから、先輩にとっては俺は初対面の同じ高校のただの後輩。
なのに気持ち悪がらず、ちゃんとお礼を言ってくれるなんて、やっぱり先輩はいい人だ。
「いえ…、勝手にさせてもらってただけですので…。先輩からしたら、知らない奴が見舞いに来てたって、気持ち悪いことして、すみません…」
晶は神谷に少し頭を下げた。
「それじゃあ、俺帰ります。先輩、早く良くなって下さいね」
それだけ言うと、晶は神谷に背を向ける。
これでいいんだ。
先輩ときっぱり離れられる。
ただ俺が先輩を見つめていた…、そんな時期と同じになっただけじゃないか…
薫の恋人は先輩で、
先輩の恋人は薫。
俺はただのその他大勢の後輩だ。
悲しむことなんてない。
今はただ、先輩が薫のことだけでも思い出してくれれさえすれば、それでいい…
さよなら、先輩……
大好きでした。
晶が心の中でつぶやき、部屋のドアに手をかけた時、
「待って!」
後ろから神谷が晶を呼び止める声がした。
晶が振り向くと、
「待って。俺、今日まで検査入院だけどさ、明日…明日退院なんだ。それで、もし松原君が良ければ……」
「…」
「何かお礼させてくれないか?」
「…お礼…ですか?」
「そう、毎日花持って見舞いに来てくれていたお礼。ダメか?」
神谷は晶の様子を伺うように聞いた。
え⁉︎
それって、もしかして…
いや、そんなわけない……
「いえ、そんな…。俺、たいしたことしてませんし…」
晶は断るが
「母さんが、その、松原君には本当に世話になったって…。いつも俺に付き添ってくれてたって…。だから…」
ああ、そうか。
先輩はおばさんに言われたから、あんな事言ってくれたんだ。
俺って馬鹿だな……
一瞬、一瞬だけだけど、先輩が俺にお礼をしたいって本気で思ってくれてるって、勘違いしそうになった。
これで俺が断ったら先輩、後でおばさんに叱られるのかな?
「じゃあお言葉に甘えて…」
晶がそういうと、神谷はほっとした表情になり、神谷は晶が好きな笑顔を晶に向ける。
「それじゃあさ、松原君はお礼、何がいい?」
「‼︎それ、本人に聞きます?」
晶は神谷の言葉を聞いて笑いそうになった。
「ダメか?」
「普通お礼する人が、そういうの、考えるんです」
「やっぱりそうか……」
「そうです」
「明日まで考えておくよ」
「楽しみにしてます」
それだけ言うと、今度こそ部屋から出ようとする晶に向かって神谷が
「俺も楽しみにしておく」
そう言って晶を見送った。
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