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第17話 嘘 ①

こういうときは、帰宅部って本当に助かる。 顔見知りになった看護師さんと挨拶しながらすれ違い、神谷の病室に向かう。 このノート渡したら、ちゃんと言うんだ。 『やっぱり、お礼は結構です』って。 ドアをノックすると、『どうぞ』と神谷の声。 中に入ると、いつでも退院できるよう準備してされていた。 「先輩、退院おめでとうございます。あの、これサッカー部の川口先輩からお預かりしました」 輝は預かったノートを神谷に渡す。 「あとそれから、先輩が言われてたお礼、あれ、やっぱり結構です」 晶が言い終わると同時に、 「え?なんで?」 神谷が聞き返した。 だって、それは…… 「俺、大したことしてませんし、先輩だって退院したてで、大変だと思うし…」 もう先輩と個人的に会うのは終わりにしたいんだ… 「……。なぁ松原くん。7月5日って、もしかして君の誕生日?」 「‼︎」 神谷の言葉に、晶の心臓はギュッと締め付けられ、息が苦しくなる。 「その日さ、俺たち、何か約束してなかった?」 神谷の問いかけに、晶の胸はさらに締め付けられ、胃液が上がってきそうになり、 無意識のうちに晶が胸元の服を握り、前のめりになり、足元がふらつく。 「松原くん‼︎大丈夫?」 よろけそうになる晶を神谷が受け止め、ベットに座らせた。 頭がガンガンする。 その日のことは言わないでくれ! 二度と思い出したくないんだ。 あんな日なんか、消えて無くなればいいのに‼︎ 「大丈夫か?冷や汗かいてるぞ」 髪が汗で額にひっつき、それを神谷が払おうと手を伸ばし、あともう少しで晶の髪に神谷の手が当たりそうになった時、 「大丈夫です…」 下を向きながら、晶は神谷の手を払いのけた。 「いや、大丈夫じゃないだろ?」 神谷が晶の顔を覗き込むと、 「大丈夫です」 晶は顔を背ける。 早く、 早く帰りたい。 「本当に大丈夫なんで、これて失礼します」 すくっと晶が立ち上がり、ドアに向かうと ‼︎‼︎ パシッと神谷に手首を掴まれた。 「なぁ俺、松原くんになんか変なことした?」 「え?」 予想もしなかった質問に、晶は神谷の方に振り返った。 「なんか、俺の事避けてんじゃん」 「それは…」 一緒にいたら苦しくなるから。 俺のせいで薫と先輩を巻き込んでしまった事故のこと。 薫と先輩が仲良く過ごしていた時のこと。 3人楽しくつるんだ時のこと… 全部、ぶぁーっと頭の中に流れてくるんだ。 「スマホのスケジュールに、その日だけ予定が書いてあってさ」 神谷は晶の腕を掴んだまま話し出した。 「その日『松原誕生日、ホールケーキ取りに行く』って書いてあったんだ。スマホのリダイアル見たら、松原の番号に何回もかけてるし……」 ケーキは薫と取りに行く約束で、電話も薫にかけた電話。 決して俺じゃない。 「先輩、それは…」 晶が言いかけたとき、 「なぁ、俺たち付き合ってたのか?」 !!!! 今まで締め付けられていた心臓が、今度は止まりそうになる。 「ちがっ‼︎ちがいます‼︎先輩と付き合ってたのは…」 「じゃあなんで、スケジュールにあんな事書いてあって、リダイヤル松原ばっかりなんだよ。しかもこれ…」 神谷は枕元に置いていた、封筒を取り出した。 映画館のチケットが入ってる封筒だ。 そこには映画館のロゴがプリントされていて、裏を向けると、そこには ‼︎ 俺の名前⁉︎ 『松原晶様』と神谷の几帳面な文字で書かれていた。 しかも中にはチケットが二枚…… 「どうして…これ…」 晶が訳がわからないという風に、神谷を見上げる。 「俺もよくわからない。でも、それだけ、大事そうにクリアファイルに挟んで、鞄の中にしまわれてた」 「…」 「もしかしたらこれ、松原への誕生日プレゼントだったのかもしれない…」 それはそうかもしれない。 でもそれだけで、 チケットが二枚ってだけで、俺が先輩と付き合ってたなんて思うはずがない。 「先輩、きっとこれは『みんなで映画行こう』って話じゃないんですか?きっとそうで……‼︎‼︎」 晶が言い終わらないうちに、晶は神谷に引き寄せられ、抱きしめられていた。 「先……輩…?」 「松原、俺に忘れさせないでくれ…」 晶の耳元で神谷の悲しそうな声が響く。 「俺、いろんなこと忘れてしまったけど、大切な人のことぐらい覚えておきたいんだ…」 「‼︎‼︎」 「なんでも大雑把な俺が、スマホのスケジュールに予定入れて、リダイヤル、松原でいっぱいになるぐらいかけてて、映画のチケットまで用意してる。そんな事、ただの後輩にするか?」 「それは…」 『それは俺のためじゃない‼︎』 喉元までこの言葉が出てきているのに、その言葉が口から発することができない。 「なぁ松原、俺たち付き合ってたよな…」 「…」 違う‼︎ 俺じゃない‼︎ 先輩の大切な人は薫だ! 晶の口から、その言葉が発せられる… その時、 「記憶だけじゃなくて、俺から大切な人まで奪わないでくれ……」 !!!! 神谷の悲痛な叫びが、晶の胸をえぐった。 もし今、先輩の大切な人が、もうこの世にいないと言ってしまえば、 先輩はどうなってしまうんだろう… 先輩まで消えて、いなくなってしまう⁉︎ それは嫌だ‼︎ 絶対に嫌だ!!!! 「なぁ、松原…」 「はい…」 「俺たちってさ…、付き合ってたよな…」 先輩の問いかけに、俺は 「はい、俺、先輩の恋人です」 嘘をついた。

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