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第101話 すれ違う2人 ⑧

「ただいま…」 時計の針が25時を回ったころ、蓮が帰ってきた。 「おかえり」 真司が玄関まで迎えに行くと、蓮が真司の肩に頭をポンと乗せる。 「ただいま…遅くなって…ごめん。ちょっとここで充電させて…」 蓮は持っていた鞄を玄関にドサっと置き、真司にもたれかかった。 「蓮…中に入ってから…」 真司が蓮を室内に連れて行こうとした時… ん?タバコの匂い? 蓮のスーツからはタバコの匂いがした。 蓮、タバコは吸わないのに、どうして… それに、少しアルコールの匂いもする。 「蓮…今日どこか……」 蓮に聞きかけて、真司は口籠った。 「ん?」 蓮が顔をを上げと、ほんのり顔が赤くなっている。 蓮…酔ってる…? 仕事で遅くなるって聞いてたけど… 気になる… だけど、俺からは聞かないって決めたから… 「…ありがとう真司。充電できた」 しばらく真司の肩に顔を埋めていた蓮が靴を脱ごうとかがんだ時、蓮の足元がふらついた。 ‼︎ 「蓮‼︎」 蓮が倒れそうになる寸前、真司が蓮の体を支えた。 「ごめん…ちょっと…足元が…」 真司に支えられた蓮だったが、まだフラフラしている。 これは完全に酔っ払ってる… 「蓮、とにかく中に入ろう。水飲んだ方がいいよ」 「うん…」 真司に肩を借りながら、蓮は部屋へと入っていった。 真司はキッチンには寄らず、蓮をそのまま寝室に連れて行きベットに座らせた。 「蓮、ここで待ってて。水持ってくる」 真司が蓮のそばを離れようとした時、蓮が真司の腕を掴んだが。 「水はいい…真司、ここにいて」 真司を見上げた蓮は、悲しそうな表情をしていた。 「どうした?何かあった?」 真司は蓮の言われるがまま、蓮の隣に座った。 「……なんでもない…真司が側にいてくれるだけでいい…」 蓮はゴロンと真司の膝の上に頭を乗せ目を瞑る。 「…いるよ…蓮…どうした?」 蓮の様子がおかしい… 酔っぱらったとしても、こんな酔い方見たことない。 「仕事でなんかあった?」 「…ないよ…順調…」 蓮は目を瞑ったまま答える。 「じゃあ、誰かに何か言われた?」 「そんな事をないよ」 「じゃあ…」 真司が問いかけた時、真司の膝の上で膝枕されていた蓮から、すーすーと寝息が聞こえてきた。 「蓮…何があったんだ…」 さっきまでの悲しい表情は消え、健やかな寝顔の蓮の髪を撫でながら、真司は呟いた。 次の日真司が目覚めると、やはりベットには蓮の姿はなかった。 やっぱり、今日も先に仕事に行ったのかな…? そう思いながら、身支度を済ませてキッチンに行くと、 「おはよう、真司。昨日は…ごめん」 蓮は二人分の朝食の用意をすませて、テーブルに着いていた。 「おはよ。いいよ、気にしなくて。それより、蓮、体調は大丈夫なのか?」 真司もテーブルにつく。 「大丈夫」 蓮はそう答え微笑んだが、真司にはその微笑みが悲しそうな表情にしか見えず… 「そっか…でも蓮、もし何かあったら俺にいって欲しい。俺を頼って欲しい。それだけはお願い」 「ありがとう…」 また蓮は微笑んだが、それはやはり悲しそうな微笑みだった。 蓮のことが気になりながらも、その日も仕事が忙しかった真司は、いつもの時間に昼休憩がとれず、少し手が空いた時に昼休憩に行った。 「先輩、さっきまで先輩にお客さん来られてましたよ」 昼休憩が終わった真司の前に松野がひょいと出てきた。 「え?この時間のアポは入ってなかったと思うんだけど…」 真司は手帳でスケジュールを確認する。 「仕事のお客様じゃなくて、プライベートのお客さん。かなりイケメンで…蓮さんと同じ会社の人っていってました」 「同じ会社?」 「たしか名前は…と…はい、名刺預かりました」 松野に手渡された名刺を見ると、 「あ、大山さん…」 それは大山の名刺だった。 「その人、結構待たれてたんですよ。先輩が戻る少し前まで…先輩の良い時に連絡欲しいって」 「連絡?」 「聞きたいことがあるみたいですよ。先輩何悪い事したんですか?」 松野が悪戯っぽく笑う。 「大山さんには、特に何も…」 「じゃあ、他の人にはしたんですか?」 楽しそうに松野が笑った。 「してない…と、思う…」 「なんですか、それ。とりあえず、今は店暇なんで、先輩はその大山さんに連絡してきてください」 松野は真司の背中を押して店から出した。 大山さんが俺と連絡を取りたいって… なんだろう… 不思議に思いつつ、真司は大山に電話をかける。 何度かの呼び出し音の後、 『もしもし大山です』 聞き覚えのある声だ。 「佐々木です。訪ねてきてくださったのに不在ですみません」 『いえ、こちらこそ急にすみません…佐々木さん、少しお時間いただけませんか?』 「え?…」 『ちょっと立花チーフの事でお聞きしたいことがありまして…』 え⁉︎蓮の事? 「…どう言う事でしょうか?…私は立花さんとは…」 『お付き合いされてますよね』 真司の言葉を待たずに、大山が言い放った。 「……」 どうしてそれを… 蓮から職場の人に言ったとは聞いてない… 『やっぱり…大丈夫です。知っているのは私しかいません。それに誰にも言うつもりはありません』 「それで、私に何を?」 『電話では少し…会って話しできませんか?…お願いします』 「…どうして、そこまで…」 『チーフの…立花さんのためです…』 蓮のため…? 「わかりました。では、あのコーヒーショップで…」 「では、あのお店で…」 その電話の後、すぐに大山と会うことになった。 コーヒーショップで真司と青山が向かい合って座る。 やはり大山はイケメンで周りの視線を集める。 もっと人のいない店にすればよかったかな… 「それで、お話って…」 真司が恐る恐る聞く。 「単刀直入にお聞きします。佐々木さんはチーフと別れ話をされてるんですか?」 大山は真剣な面持ちだ。 「え‼︎‼︎してない‼︎してません!別れ話なんて…」 真司は驚きすぎて声が大きくなる。 どうして、そんな話が… 「じゃあどうして…」 大山は呟く。 「最近のチーフはおかしいんです」 「おかしいって…」 「確かに仕事は忙しくなりました。でも、チーフは何かを忘れるためだけのように仕事に没頭してるように見えるんです。かと思えばぼーっと心ここにあらずという風に外を眺めながら、辞められたはずのタバコを吸われていたり。昨日は突然飲みに行こうと誘われ、終電を逃してしまい、その日はビジネスホテルに泊まると言われたり…」 「昨日突然、飲みに誘われたんですか?一昨日から決まってたとかではなく…」 「はい。確かに昨日仕事で遅くなったのですが、その後珍しく誘われたんです」 じゃあ、朝のあのメモはなんだったんだ? 「チーフの様子がおかしいのは、チーフと佐々木さんの間に何かあったとしか思えません」 「それは…」 「チーフの様子がおかしくなり始めたのは、たしか1週間前ぐらいです。その辺りに何かありましたか?」 俺の前だけじゃなくて仕事場でも、蓮の様子がおかしかったのか? 一週間ほど前といえば… 「あ…」 蓮を母さんに紹介したいと言った頃だ。 「心当たりがあるんですね。佐々木さんお願いです。そのことについて、チーフと話し合っていただけませんか?」 大山は真剣な眼差しで真司を見た。 「…大山さん、どうしてそこまで…」 それほど面識のない俺にわざわざ連絡を取ってまで… 「俺、立花チーフの事が好きです」 「‼︎‼︎」 真司は大山の告白に驚き言葉を失った。 「佐々木さんとチーフが出会われる前からずっと…でも、言えなかったんです。怖くて…。俺が言えずにいる間に、チーフは佐々木さんと出会われて、お付き合いされるようになった」 「…」 「チーフは何も言われないですけど、佐々木さんとお付き合いされてから悔しいぐらい、本当に幸せそうで…だから、俺も諦めがついてたんです。でも最近のチーフは見ていられないほど辛そうです」 「…」 「もし、佐々木さんとのお付き合いが、このままチーフを辛くさせるのであれば、今度こそ俺はチーフに気持ちを伝えるつもりです」 「‼︎」 「今のままのお二人だと、二人とも辛いままです。だからきちんと話をして、きちんとこの話を終わらせてください」 そんな事を俺にわざわざ言わずに、大山さんが今の間に蓮に告白すれば大山さんはいいはずなのに、どうしてわざわざ… 「それをどうして私に?」 「俺、佐々木さんも好きなんです。あ、人としてです。チーフから色々話を聞いて、いい人なんだなって本当に思ったんです。だから、このまま二人が終わってしまうのも悲しいなって…佐々木さんは恋仇なのに、変な話ですよね」 大山が真司に笑顔を向けた。 真司が店に帰ると、松野が真司の帰りを待っていた。 「先輩、話できたんですか?」 興味深々というより、松野は心配してそうだった。 「大山さんとの話しはできたけど、本題はこれから…」 最近の蓮の様子も気になるし、これは蓮と話しないと、前に進まない。 「そうなんですか…何があったかわかりませんが、うまくいきますって」 「…」 「最近、先輩元気なかったのが気になってたんですけど…それが解消できるといいですね」 松野が微笑む。 「俺、元気なかったか?」 いつも通り過ごしていたつもりだけど… 「先輩が落ち込むのって蓮さんの事だと思ってたんですけどね…先輩、あんまり無理しないでくださいよ。じゃないと俺、弱りきった先輩を口説きに入りますんで」 「‼︎」 「冗談ですよ。応援してるので、頑張ってくださいね」 松野は悪戯っぽく笑うと、また仕事に戻っていった。

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