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番外編「嫉妬」(広瀬視点)

   暮羽が恋人になって、初めて知った感情があった。  ─独占欲─  ずっと自分の側にいてほしい。  暮羽を一人占めしたい。  できる事なら誰にも見せたくない。  今まで付き合ってきた誰にもこんな気持ちを持った事はなかった。  皮肉な事だが、暮羽を監禁した高杉の気持ちが少しは理解できた。  そして。  独占欲の強さは嫉妬心の強さと比例するのではないだろうか。  武田と品川は許せる。  写真サークルのメンバーもまだ我慢できる。  しかし、暮羽が自分の知らない女の子と話しているのを見ると何故か胸がむかむかする。  くだらない事だと思う。  しかし、それほど自分は暮羽の事を好きになってしまっていると言う事だ。  このままどんどん好きになって、その気持ちはいずれ暮羽にとって負担にならないだろうかと不安になる。  だがそれでも好きになるのを止められない。  キッチンで食器を洗浄機にかけていると、リビングで暮羽の話し声が聞こえた。  誰かと電話しているのだろう。  リビングに戻ると、案の定暮羽は電話で誰かと話していた。  広瀬に気付いて、邪魔にならないように窓辺の方へ移動する。 「で、会場はどこ?ああ、わかった。そこへ6時ね。オッケー」  暮羽は時間と場所を確認すると、電話を切った。 「飲み会でもするのかい」 「ああ、うん。高校時代のクラス会をするらしくて。今までほとんど参加した事なかったから今回は絶対に来いって武田が」 「クラス会か。いつあるの?」 「今度の土曜日だよ」 「そうか。あまり飲み過ぎないようにね」  広瀬は心とは裏腹ににっこり笑って暮羽を見た。 「大丈夫だよ」 「ほんとに?」 「ほんとだって」  暮羽はしつこい広瀬に苦笑して答える。  しかし広瀬は、飲み過ぎよりも心配な事があった。  クラス会にはきっと女の子も多数来るだろう。  かつて暮羽に恋心を抱いていた女の子も来るかも知れない。  本当は行かせたくない。  暮羽を誰にも見せたくない。  しかし、こんな感情は絶対に暮羽に知られたくなかった。  暮羽はそんな広瀬の思いなど知るよしもなく、クラス会に思いをめぐらせている。  きっと自分のこの気持ちなんて、暮羽にはわからないだろうと思う。  第一印象ほど無口でも無愛想でもないが、淡白な性格をしているように思った。  恋愛に対しても淡白なのではないかと思うのだ。  好きだと言えば同じ言葉を返してくれるし、体を求めれば余程の事がない限りは拒否する事も無い。  失神するくらいに抱き潰してしまう事も多々あるが、本気で嫌がられた事も無い。  暮羽もちゃんと自分の事を愛してくれている、とは思うのだが。  そう思っていても自分ばかりがどんどん好きになっているようで、複雑な心境だった。  そして土曜日。  いつもよりは服装に気を遣って、暮羽はクラス会へと行った。  もともとの服装センスは悪くないので、かなり見栄えの良い仕立てになっていた。  女の子の視線はきっと暮羽に集中するだろう。  今までほとんど参加した事がなかったと言う暮羽が皆に囲まれている場面は想像に難くない。  きっと皆の話題の中心になるのだろう。  それだけが気になって仕方なかった。  なるべく早く帰って来て欲しいと願わずにはいられない。  日付が変わる少し前だろうか。  武田から電話が入った。  久々に飲み過ぎてまともに歩ける状態じゃなくなったので、店から一番近い自分のアパートに泊めると言う旨を伝える電話だった。  しかし、武田が暮羽と電話を替わる事はなかった。  べろべろに酔っていてまともに話せる状態ではないと言うのだ。  しかしそれはにわかには信じられない話だった。  暮羽がそこまで飲むとは思えなかったからだ。  こんな時に限って、大学で女子が話していた会話を思い出してしまう。  ─うちの親厳しいからね、彼氏のアパートに泊まる時は、女友達のとこに泊まるって嘘つくんだ。その友達には話を合わせてもらってね─  暮羽は本当に、武田のアパートにいるんだろうか?  ついそんな疑問が浮かんでしまう。  武田や暮羽を信じない訳ではないのに、疑ってしまう。  暮羽の事が好きで好きでたまらなくて、それが不安だからだ。  翌日の昼前、広瀬は不安を募らせながら武田のアパートへ向かった。  武田のアパートは、暮羽が以前住んでいたアパートから歩いて約10分ほどのところにあった。  暮羽が住んでいたアパートと間取りはそう変わらない。  武田の部屋の前まで来て、インターホンを鳴らした。  何度か鳴らして待っていると、眠い目をこすりながら武田がドアを開けた。  武田は一瞬目を丸くしたが。 「あ、広瀬さん、こんにちは。暮羽ならまだ寝てますよ」  そう言って大きなあくびをする。  そんな武田はTシャツにハーフパンツという格好だった。  武田が奥を指すので、広瀬は上がらせてもらう。  部屋に行くと、芳香消臭スプレーのような、香水のような匂いが鼻をついた。  そして、暮羽がTシャツに下着1枚という格好で眠っている。  広瀬と武田の話し声で暮羽は目を覚ました。 「ん······あ、快都さん?」  二日酔いで頭が痛いのか、顔を歪めていた暮羽がこちらに気付いて目を丸くする。 「迎えに来たよ」  広瀬はいつもの穏やかな顔で言う。  暮羽はその笑顔を見てぎこちなく笑った。  そんな暮羽の態度に、広瀬は胸の中で疑惑の念が広がるのを感じる。  武田と何かあったのだろうか?  この匂いは一体、何を意味するのか。  見たところ暮羽の体に変わった所はなさそうだったが。  二日酔いのせいか顔色は余り良くないようだが。 「あ、服っ」  ようやく自分の格好に気付いたのか、暮羽は少し赤くなった。 「洗濯中だよ。お前が服の上に吐き出しちまうからだろ。俺の服にもかかるし」 「······!」  暮羽はその武田の言葉に、顔を真っ赤にしてうつむいた。 「······何があったんだい?」  なるべく表情を変えないように、広瀬は武田を見る。  しかし武田は答えず、気まずい顔で頭を掻いた。 「何があったってワケじゃないんですけど······」 「そうか。とりあえず暮羽に服を貸してやってくれないかい」 「あ、ああ、いいですよ」 「悪い、武田」  暮羽は相変わらずうつむいたまま、武田に謝った。  広瀬はすぐにでも暮羽を問い詰めたい思いに駆られたが、それは思いとどまった。  武田がチノパンを出して来る。  暮羽は急いでそれを履いた。 「悪いな。洗濯して返すよ」 「ああ。今洗ってる服と交換でいいぜ」 「じゃ、帰ろうか暮羽」  広瀬が促すと、暮羽は立ち上がった。  しかし相変わらずうつむいたまま、広瀬の顔を見ようとしない。 「またな······」  何か言いたそうな顔の武田が手を振る。  広瀬は暮羽とともに武田のアパートを後にした。  マンションに着くと、暮羽はすぐに風呂に向かった。  体が気持ち悪いから、と言っていたが、それを曲解しそうになり広瀬はイライラしてしまう。 「武田君と何かあったのかい」  そして、風呂から出て2人の寝室に戻って来た暮羽を問い詰めた。 「······ん、と、何もないよ」  ベッドに腰掛けた暮羽は気まずそうに目を逸らす。 「そんな顔で言われても信じられないな」  ソファに座り足を組む広瀬はいつになく厳しい口調だ。  暮羽はただうつむくだけだった。 「ほんとに、何もないよ」 「じゃあ、どうして服を脱いでたんだい?」  広瀬は一番問い詰めたかった事を訊く。  何故あんな格好で寝ていたのか。 「あれは······」  広瀬に見つめられて、暮羽は言いよどむ。  武田と何かあったのでは。  そんな思いと暮羽の態度が広瀬をイライラさせていた。  きっとこれは嫉妬と言う名の独占欲だと思う。  武田と暮羽の間に「何か」がある筈はない。  何しろ武田は自分と暮羽の仲を取り持ってくれようとしていた奇特な男なのだから。  わかってはいるのだが、暮羽のよそよそしい態度につい不審感を募らせてしまう。 「······怒らない?」  暮羽はうつむき加減で広瀬を見つめた。 「ちゃんと説明してくれればね」 「わかったよ。実は······」  暮羽は言いにくそうに話し始める。  その内容は広瀬にとっていい意味で予想外のものだった。 「久しぶりに会った連中に色んなお酒を勧められて飲み過ぎて、べろんべろんに酔っちゃってさ。武田のアパートまで戻って来たとこで我慢できなくなって吐いちゃって······」  暮羽はそう言って、恥ずかしいのか顔を赤くしてベッドに沈んだ。 「······は?」 「俺の服はもちろん、武田の服もゲロまみれになっちゃってさ。吐いてすっきりしたら今度は眠くなって、服脱いでそのまま寝ちゃったんだよ」  再び体を起こすと、バツが悪そうに頭を掻く。  広瀬は思わず笑ってしまいそうになった。  深く考え過ぎた自分がひどく馬鹿らしく思えたのだ。 「飲み過ぎないようにって言われてたのに飲んじゃって、ゲロっちゃったりしたから快都さんに合わせる顔がなくってさ······その、飲みすぎちゃってごめんなさい」  暮羽はぺこりと頭を下げた後、困ったような笑みを浮かべた。  よそよそしい態度で、ぎこちない笑いを浮かべていた理由がわかった。  そして武田が気まずい顔をしていたのは、暮羽がそんなに酔うまで飲ませてしまった事に責任を感じていたからだろうと想像する。  部屋に充満していた匂いは、嘔吐した物の匂いをごまかすための消臭スプレーか何かだったのだろう。 「怒ってない?」  こわごわと顔を覗き込んでくる暮羽が可愛かった。 「······僕はどうも、嫉妬心が強いみたいだ」  広瀬は自嘲気味に笑う。 「それを言うなら俺だって」  暮羽も負けずに言って来た。 「え?」 「だって······写真サークルのモデル、何であの後も俺が引き受けたかわかる?」 「いや。なんで?」  広瀬は首を傾げた。  暮羽がモデルを引き受けてくれたのはボランティアだと思っていたが。  わからずに見つめる広瀬を見つめ返すと、暮羽は照れたように赤くなった。 「だって、俺がモデルやらなかったら他の人探すだろ?」  拗ねたように広瀬を見る。 「ああ。そうだね」  広瀬はうなずいた。 「俺さ、快都さんが女の子と話してるとことか見ると、つい嫉妬しちゃうんだ」  暮羽はそう言ってうつむいた。  その顔は赤い。 「え······」  広瀬はそんな暮羽を驚いた顔で見つめた。  淡白そうな暮羽からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったのだ。 「写真サークルの子たちと話してるのは我慢できるけど、他の女の子と話してるとこなんて見たくないんだ」 「暮羽······」 「だから俺がモデルしちゃえば、そんな場面見ないで済むだろ?」 「あぁ······暮羽」  広瀬は深く息を吐き出し、暮羽を愛しそうに見つめる。 「でも言いたくなかったんだ。俺ばっかり好きになっていってる気がして、何だかそれが悔しくてさ」  照れて唇を尖らせる暮羽を、広瀬はしっかりと抱き締めていた。 「良かった。暮羽も同じ気持ちだったんだ」 「快都さんも?」 「不安だった。僕ばっかりどんどん好きになってるみたいで。でも今の暮羽の言葉を聞いて安心したよ」  広瀬はそう言って、暮羽をベッドに押し倒すとゆっくり口付ける。  暮羽は何も言わずそれに応えた。  やがてその口付けは深く貪るようなものに変わる。  たった一晩離れていただけなのにひどく懐かしく感じた。  器用に服を脱がせながら、首筋や鎖骨に口付けを落としていく。 「あ、やっ、あ、あっ」  暮羽が喘いだ。  その声を聞いて、広瀬は少し優越感に浸る。  暮羽のこんな声を聞けるのは自分だけだ。  こんな声を出させる事ができるのも、こんな姿を見る事ができるのも自分だけだ。  暮羽にキスできるのも、それ以上の事も。  心も体も、自分だけのものだ。  そう思ったら些細な事は気にならなくなるような感じがした。  お互いすっかり服を脱いでベッドに横たわった後、暮羽の中心で熱を持ち始めたものを握る。 「あっ、んっ、んんっ」  暮羽の体が跳ねた。  喘ぐ暮羽の唇を塞ぎながら、ゆっくりと手を動かす。  胸の突起をもう片方の手でつまんだり捏ねたり、刺激を与えていく。 「んっ、は、あ、やぁっ」  やがて暮羽のものはあえなく弾けた。  脱力しそうになる暮羽の体を優しく撫でながら、熱を失ったそれを再び握り込む。  硬さを取り戻していくのを感じながら、今度は後ろへ指を這わせた。 「あっ、ああっ、や、そこっ」  ローションをまとわせた指を入れると暮羽が声をあげる。  内壁をゆっくりとなぞっていく。  暮羽の内は熱かった。  すぐにでも自分のものでいっぱいにしたくなる。 「やっ、あぁっ、んっ、あっ」  指の数を増やすと暮羽は苦しそうに首を振った。  股間のものはすっかり勃ち上がっている。  性急になりがちな動きを理性で押さえ込み、入り口を丹念に解していく。 「そろそろいいかな」  広瀬はゆっくり指を引きぬいた。  暮羽は口を半開きにして喘いでいる。  赤い舌がちらちら見えるのが扇情的だ。  思わずその唇を塞いでしまう。  口付けの後、広瀬はコンドームを着けた自分のものを暮羽の蕾にあてがった。  そしてゆっくりと自身を沈めていく。  ぎゅっと閉じられている暮羽のまぶたに口付けを落としながら。  最後まで入れると、ゆっくりと腰を動かし始めた。 「あっ、はっ、んぅ······っ」  広瀬の動きに合わせて暮羽が声をあげる。  暮羽の、快感に歪んだ切なげな顔を見ているとつい歯止めが利かなくなってしまう。  喘ぐ声を聞いてもっと欲望を煽られる。  貪欲に、心も体もとことんまで快楽を求めてしまう。  やがて暮羽は自分の欲望を吐き出した。  広瀬だけに見せる、快楽に塗れた表情で。  そして広瀬もほどなく精を吐き出した。  ゆっくり自身を引き抜くと、手早く後処理をする。  そしてまだ快感の余韻に浸って弛緩する暮羽の体をうっとりと抱き締めた。  暮羽の腕がそれに応える。  広瀬は心底嬉しそうに暮羽を見つめた。  そして優しく口付けを落とす。  本当はもっと暮羽の中に入っていたい。  いくら抱いても足りない。  暮羽が二日酔いで顔色が悪かったから1回で終わらせたが、夕方まで休んで回復したら夜は寝かせない。  腕の中で眠りに落ちる暮羽を見て、広瀬は思ったのだった。  終。         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇    二日酔いで顔色悪い暮羽を抱いちゃう鬼畜広瀬。

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