14 / 15

番外編「手を繋いで歩こう」

 夏休みが終わり講義が再び始まったある日。  暮羽が教室に着くと、既に来ていた武田が手を振った。 「暮羽、こっちこっち」 「おはよう」  暮羽は挨拶しながら武田の横に座る。 「まだ休みボケが直らねー」  武田は眠そうな顔で言うと、大きなあくびをした。  暮羽は呆れた顔でため息をつく。  その内品川もやって来た。 「おはよう品川」  暮羽は律儀に挨拶をする。 「ああ、おはよ」  律儀に挨拶を返す品川も眠そうな顔をしていた。  夏休みの半分はナンパをしていた武田と品川である。  講義をさぼらないだけでも大したものだと暮羽は思った。 「そうそう、お前知らないだろうけど」  あくびで出た涙を拭きながら、品川が暮羽を見る。 「何?」 「広瀬さん、もうすぐ誕生日なんだよ。何かプレゼント考えたほうが良くない?」 「誕生日?」  暮羽は品川の言葉に目を丸くした。  広瀬の誕生日など考えた事もなかった。  広瀬は自分から言わないし、暮羽も訊いた事がなかったからだ。  しかし何故、品川は広瀬の誕生日なんか知っているのか。 「今月の10日だよ。あと1週間あるけどな」 「あと1週間か。何がいいのかな」  暮羽は考え込む。  広瀬の実家は相当な資産家らしい。  逆に暮羽は今はアルバイトをしていない上、実家からの仕送りは食費や家賃として広瀬に無理矢理渡しているので貯金がほとんどない。 「プレゼントは金額じゃないぜ。まああの広瀬さんが喜ぶ事って言えば、アレしかないよなぁ」  悩む暮羽に武田がにやにやしながら言う。 「な、何だよアレって」  暮羽は武田のにやり笑いに嫌な予感を感じた。  武田や品川がこういう笑みを浮かべる時は、大抵はいたずらのような事を思いついた時だ。  そして暮羽はいつもロクな目に遭わされていない。 「広瀬さんに訊いてみれば?誕生日プレゼントは何が欲しいか」  品川が言う。  そんな品川の顔にもいたずらめいた笑みが浮かんでいた。  暮羽はため息をつく。  こいつらの企みにだけははまるまいといつも思うのだが、大抵ははめられていた。  見かけによらず素直な性格の暮羽は、武田と品川にとっては恰好の獲物なのである。 「お前ら絶対何か企んでるだろ」 「いやいや、別に何も企んでないぞ?ただまあ······」  武田は暮羽に睨まれてぶんぶんと頭を振る。 「カメラ持参で、お前と広瀬さんのデートをパパラッチしようかってな話はしてるけどな」  言いよどんだ武田の代わりに品川が言った。  暮羽はそれを聞いて大きなため息をついた。 「デートって言っても、男同士だから外でいちゃついたりはしないぞ?」  呆れた様子で2人を見る。  しかし武田も品川も、何か含みのある笑みを浮かべるだけだった。  その日の夜。 「品川から聞いたんだけど、快都さん、もうすぐ誕生日なんだって?」  夕食を済ませてリビングでくつろいでいる時、暮羽は広瀬に訊いた。  いつものソファに2人で腰掛けている。  最近、広瀬は食後のコーヒーを淹れるのに凝っているらしく、今日も例に漏れず目の前には良い香りが上るコーヒーカップが2客あった。 「ああ、そう言えばもうすぐ誕生日だったな。いつも暮羽の事で頭の中が一杯だからすっかり忘れてたよ」  広瀬はにこやかにそう言ってコーヒーを飲む。  その横で暮羽は固まってしまった。  いつもそうだ。  広瀬はこっちが恥ずかしくなるような言葉を平気で口にする。  本人に言わせれば思った事をそのまま口にしているだけらしいが。 「何?プレゼントくれるのかい?」 「そのつもりなんだけど、どんなものが欲しい?あまり高価なものは無理だけど」  暮羽は少しうつむき加減で広瀬を見つめる。  暮羽の財布の中身は広瀬もわかっている筈だ。  広瀬の性格からして高価なプレゼントを要求する事はないと思うが。 「物じゃなくていいよ。そうだね······それじゃ、デートなんかどうかな?」  そして広瀬の要求は、少々拍子抜けする内容だった。 「デート?デートでいいの?」  デートなんて、いつもしているようなものじゃないかと思う。  何を買うのにも、大抵は2人で出かけているのだ。  どうして今更デートなんだろうと疑問に思ってしまう。 「うん、デート。ただし、僕のコーディネートした服装で。どう?」  広瀬はにこりと笑みを浮かべて暮羽を見た。  暮羽は考えた。  どんなコーディネートになるかはわからないが、広瀬は服装センスが良い。  全て任せても恥ずかしい格好にはならないだろう。  しかしどうして今更デート、しかも何故服装は全て広瀬のコーディネートなんだろうと疑問に思わないでもなかった。  この疑問を口にしなかったのを暮羽が後悔するのはもう少し先の事である。  デート当日。  やはり武田と品川はどこかから隠し撮りでもするつもりなのだろう。  姿は見せないものの、デートのコースは事前にチェックを入れて来ていた。  そして暮羽は今、人の多い街中を広瀬と手を繋いで歩いている。  正確には、広瀬に手を引かれているというのが正しい。  通りすぎる人が振り返るくらい注目を浴びている。 「快都さん、俺すげー恥ずかしいんだけど」  暮羽は周囲の視線に耐えられなくなってうつむいてしまった。  広瀬はそんな視線などものともせず、暮羽の手を握ったままだ。  そんな暮羽のスタイルは。  どこからどう見ても美女でしかなかった。  広瀬のコーディネートは全て女物の服だったのだ。  つまりは女装である。  女装した暮羽とデートする、というのが広瀬の望んだ誕生日プレゼントだった。 「そんなに恥ずかしがらないで、もっとこの状況を楽しもうよ」  うつむく暮羽に広瀬は楽しそうな顔で言う。 「はぁ······」  暮羽は半ば諦めたように顔をあげると、大きく息を吐いた。  広瀬はそれを見てくすくす笑う。 「前にも似たようなシチュエーションあったよね」 「······」  確かに以前、広瀬や武田達に女物の服を着せられた事はあった。  しかしあの時は髪も下ろしていて顔は半分隠れていたし、メイクもしてなかった。  だが今日は違う。  いつも顔を隠している長い前髪は可愛らしいピンで留められて、中性的な顔はメイクのせいで完璧に女顔になってしまっているのだ。  広瀬がメイクも上手だったとは驚きだ。  道行く人が振り返るのは、2人が美男美女カップルだからに他ならない。 「あの時はただ女物の服を着ただけだったけど、今回は完璧だね」 「なんでみんな俺に女装させたがるのかなぁ」  暮羽は再びため息をついた。 「そりゃ、暮羽は女装が似合うからだよ」 「それ、答えになってない」 「まあまあ。写真展用の撮影の時も今みたいに女装したじゃない」  広瀬は相変わらず楽しそうににこにこしている。 「あの時はサークルメンバー以外の人間なんていない場所で撮影だったし。それに武田も品川も快都さんも女装してたしさ」 「まあいいじゃない。誰も気付いてないんだから。それにさ、こうやって人を騙すのって結構楽しくない?」 「······」  暮羽は広瀬の笑顔を見て決心した。  こうなったら開き直ってやろうじゃないか。 「どお?」 「もう、こうなったら俺も楽しんじゃうからね」  暮羽は広瀬を見て、にこりと笑みを浮かべた。  握られている手をぎゅっと握り返す。 「そう来なくちゃね」  広瀬も満面の笑みを浮かべた。 「おい武田。望遠レンズはオッケーか?」 「おお、バッチリ」  武田と品川は離れた場所からデートする2人を観察していた。  品川の手には双眼鏡。  そして武田の手には望遠レンズ付きの一眼レフカメラがある。  ちなみに一眼レフは広瀬からの借り物だ。 「あ、暮羽ちょっと開き直ってるぞ」 「どれどれ······おお、ほんとだ。うわ、すげーにっこり笑ってる」  カメラを双眼鏡代わりにして武田も様子を伺った。 「それにしてもほんと、暮羽って美人なんだよな」  双眼鏡を覗きながら品川がつぶやく。 「だよな。いつもは前髪で顔隠してるからそんなにわかんねーけど、ああやって顔出すとほんと美人だよなー」  武田もうなずいた。 「広瀬さんとほんとお似合いだな」 「だな。この写真はちょ~っと利用させてもらうけど、プリントして広瀬さんにもプレゼントしようかな。俺と品川からの誕生日プレゼントって事で」 「それいいね~。広瀬さん絶対喜ぶって」 「で、2人はどこに向かってるんだ?」 「さあ。あ、今度は広瀬さんが暮羽の肩抱いてるぞ」 「マジ!?シャッターチャンスじゃんっ」  武田はカメラを構えた。  何度かシャッター音が鳴る。  その横で品川は双眼鏡を覗いていた。  そんな彼らを、不審人物を見るような目で見ながら通り過ぎる人たち。  確かにかなり不審人物であった。  しかし2人は隠し撮りに夢中でそんな視線には気付かない。 「へっへー。これでバッチリ。この写真、新聞部の連中に売りつけてやろうぜ。とりあえずこれで広瀬さんに言い寄って来る女は激減だ。暮羽より美人な女ってそういないだろうからな」  武田はカメラを大事そうに抱えると、にやりと笑った。 「暮羽のほうはもともと近寄り難いって思ってる女が多いから問題ないしな。ほんと俺らってば“広瀬&暮羽保存会”って感じだよな」 「おいおい。せめて親衛隊にしようぜ」  品川の言葉に武田が苦笑を浮かべる。  そして再びデートの様子を伺った。 「お、暮羽けっこう楽しそうじゃん。ありゃきっと女装がクセになるぞ」 「そうかぁ?ありゃもう二度としない気で開き直ってんじゃねーの?」 「うーん、そうかも」 「まあいいや。俺らの仕事は終わり。ナンパでもしようぜ」 「そうだな」  品川の言葉に武田がうなずく。  2人はカメラや双眼鏡をリュックに仕舞い込むと、2人並んで歩き出した。 「うわ······俺じゃないみたい」  暮羽は、広瀬と撮ったプリントシールを見て眉をしかめた。  その横で広瀬はにこにこしている。 「いい記念になったじゃない。手帳に貼って肌身離さず持っておく事にするよ」 「げ······」 「周囲の皆に、僕には彼女がいるって思わせておけばバレないでしょ?」 「う、うん」  広瀬の言葉に暮羽は複雑な顔でうなずいた。  確かに広瀬の言う通りだ。  男同士の恋愛なんてまだ堂々と公表できる世の中ではない。  バレない為には、周囲を欺く事が必要になる。 「もしかして広瀬さん、その為に俺に女装させてデートしたワケ?」  広瀬の策略に見事にはまってしまったと後悔しつつ、暮羽は口を尖らせた。 「んー、違うよ。これはついで。本当の理由はちょっと違うんだな」  広瀬は適当にごまかそうとしているようだ。 「何だよ本当の理由って······」  暮羽は口を尖らせたまま広瀬を睨む。  女装させた本当の理由に興味があるのだが、素直に訊く気になれないでいる。 「暮羽って拗ねた顔も可愛いよね」  広瀬はにこにこと楽しそうにそんな暮羽を見た。 「本人に同意を求めるのって快都さんのクセだよな」  暮羽はさらにふてくされた顔で広瀬を睨む。 「自分自身に同意を求めてるんだよ」  広瀬はそんな暮羽を見て微笑んだ。  何をしたって広瀬には勝てない気がする。  暮羽は内心、ため息をついていた。  しかし、同じ事を広瀬も思っているという事には気付いていない。 「さ、そろそろ帰ろうか」  広瀬はそう言って、暮羽の手を握った。 「あ、うん」  暮羽も抵抗せずそれに応える。 「暮羽に女装させた本当の理由はね」 「ん?」 「こうやって外で堂々と恋人繋ぎで手を繋いで歩きたかったからなんだ」  広瀬はにっこり笑ってそう言うと、握った手を大きく振った。  暮羽は思わず広瀬を見つめる。 「快都さん······」 「世間の目はまだまだ同性愛者には厳しいからね。こうでもしないと人の多い街の中で手を繋いで歩くなんてできないだろう?」 「そっか」 「暮羽はやっぱり嫌だった?」  広瀬が伺うような顔で覗いてきた。 「そんな事ないよ。けっこう楽しかったし」  暮羽はにっこり笑って答える。  広瀬にしか見せない微笑を浮かべて。 「そっか。よかった」  広瀬も暮羽にしか見せない蕩けるような笑顔を浮かべる。  握る手に力がこもった。 「そうだ。まだ言ってなかったよね」  思い出したように広瀬を見る。 「何だい?」 「誕生日、おめでとう」 「ありがとう」  暮羽が照れくさそうに言うと、広瀬は幸せそうに微笑んだ。 「何もあげられなくて申し訳ないけど」 「暮羽がずっと側にいてくれるのが一番の幸せだから、他には何もいらないよ」 「······ほんと快都さんってこっちが恥ずかしくなる台詞を平気で言うよな」  真っ赤になりながら、暮羽は広瀬を睨んだ。 「そうかな?前にも言ったけど、思った事を素直に口に出してるだけなんだよ」  広瀬は相変わらずの笑顔で暮羽を見つめる。 「······もう何も言わないよ」  暮羽はため息をついた。 「いいじゃない。幸せならさ」  広瀬は幸せそうににっこり微笑む。 「あ、そうだ」  広瀬の言葉にため息をついた後、暮羽は思い出したように立ち止まった。 「どうかしたかい?」  広瀬もつられて立ち止まる。  暮羽は素早く周囲を見まわすと、さっと背伸びをして広瀬の唇に自分の唇を押し付けた。  広瀬は突然の事に驚いて目を丸くする。 「こんな格好じゃなきゃ、外でこういう事もできないだろ?」  暮羽は照れて顔を背けながらそう言った。  最初は驚いて暮羽を見つめていた広瀬だが、すぐに笑顔になる。  そして顔を背けたままの暮羽を抱き締めた。  一瞬びくっとなった暮羽だが、徐々に広瀬の背中に腕を回す。  しばらく2人で抱き合っていた。 「ね、もう帰ろうよ。これ以上は恥ずかしいよ」  暮羽は真っ赤な顔で広瀬から離れる。  近くに人はいなかったがやはり恥ずかしかった。 「そうだね。じゃあ、どこかで夕食を摂ってから帰ろうか」  名残惜しそうに暮羽を解放した広瀬だが、すぐににっこりと笑みを浮かべる。 「げ······」  さっきまで赤くなっていた暮羽だが、今の広瀬の言葉を聞いて今度は青くなった。 「さ、行こうか」  広瀬はお構いなしに暮羽の手を握って歩き出す。  今日は広瀬の誕生日だから仕方ないか、と諦める暮羽だった。   「はあ~っ。やっと帰って来れた······」  玄関に入るなり、暮羽は大きく息を吐いた。  もう深夜に近い時間になっている。  レストランで夕食を摂った後、今度はバーに連れて行かれてしまったのだ。  後から入って来た広瀬がその様子を見て苦笑する。 「なんだかほんとに女の子みたいだね」 「あのねえ」  笑う広瀬を肩越しに睨むと、暮羽は大きくため息をついた。 「疲れただろう?先にお風呂入っておいでよ」  広瀬はにこにこ笑いながらそう言うとキッチンへ向かう。  どうやらコーヒーでも飲むらしい。  暮羽は諦めて自分の部屋へ戻った。  アパート暮らしの頃は何もない質素な部屋だったが、ここに引っ越してからは広瀬が何でも勝手に増やしてしまう。  おかげで衣類などはいつの間にか以前の倍以上になっていた。  さっさと女装を解いて、バスルームへ向かう。  下着を脱いでいると、広瀬が覗いた。 「暮羽?」 「うわっ。おどかさないでよ。何?」  びくっと肩を震わせて広瀬を見る。 「これ。化粧落としのクレンジングオイルだよ」  広瀬はそう言って小さなプラボトルを差し出した。  暮羽はそれを無言で受け取る。 「しっかりマッサージして落とすんだよ。じゃないと毛穴にファンデーションが残っちゃうから」  広瀬はそう言い残すとバスルームを出て行った。  だったら化粧なんかしなきゃ良かったんだ、とぶつぶつ言いながらも受け取ったそれを見る。  メイク道具一式はどうやらサークルの女性メンバーに借りたらしかった。  このクレンジングオイルもそうだろう。  裏側に使い方が載っていた。  書かれている通りに使う。  ようやく完璧に女装が解けたと言った感じだ。  そして暮羽はゆっくりと風呂に入った。  暮羽がバスルームを出ると、入れ替わりに広瀬がバスルームへ消える。  リビングへ行くと、コーヒーが用意されていた。  広瀬が淹れてくれていたらしい。 「ほんと最近、コーヒーに凝ってるよな」  苦笑しながら、ミルクと砂糖をたっぷり入れる。  暮羽はかなりの甘党なのだ。  普段自分で用意する時はココアしか作らないのだが、広瀬はコーヒーに凝っているせいもあり、コーヒーしか作らない。  そのせいか、暮羽も最近はコーヒーが好きになりつつあった。  テレビをつけると、深夜の通販番組をやっていた。  ぼうっとそれを見ながらコーヒーをすする。  視線はテレビに向いているものの、頭の中では今日の事を考えていた。  本当なら女装はもうしたくないと思う。  自分が女装をすると広瀬だけでなく武田と品川が喜ぶのだ。  それが気に入らないだけだったりする。  女装する事自体は別にどうでも良かった。  恥ずかしいのは変わらないが、正体がバレたりさえしなければ問題ない。  しばらくして、広瀬がバスルームから出て来た。 「今日は楽しかったね」  暮羽の横に座りながらにこりと笑う。 「ちょっと複雑だけど。まあ、楽しかったよ」  楽しそうな広瀬をじろりと見て暮羽は唇を尖らせた。  何だかんだ言って広瀬にしてやられた形になった暮羽としては、素直に楽しかったとは言いたくないのである。 「武田君たちもどこかから隠し撮りしてたんだろうね」 「あ。忘れてた。あいつら写真撮ってどうするつもりなんだろ」  暮羽ははっとなって口元を押さえた。 「まあ、悪用される心配はないでしょう」 「それはそうだけど」 「気にしなくても大丈夫だよ」  広瀬はそう言って暮羽に口付ける。 「ん······」  暮羽も素直にそれを受け入れた。 「本当は服とか僕が脱がしてみたかったんだけどね」  広瀬は少し残念そうな口調で怪しい笑みを浮かべる。 「何それ」  暮羽は眉をしかめた。 「女装した暮羽の服を脱がせるのって、倒錯的でいいかな~なんて」 「······言葉の使い方が間違ってる」  悪びれた様子のない広瀬を睨みながら、暮羽はツッコミを入れる。  広瀬は楽しそうに声をあげて笑った。 「はあ······もう寝る」  暮羽は疲れたようにため息をつくと、ソファから立ち上がる。  広瀬も一緒に立ち上がった。  部屋は別々で暮羽の部屋にはちゃんと暮羽のベッドがあるのだが、普段は広瀬の部屋で一緒に寝ている。  暮羽は広瀬の大きなベッドに倒れ込むと、大きく伸びをした。  アルコールが入った体は心地よい疲労感に包まれている。 「もう寝るのかい?でも寝かせないよー?」  陽気な口調で、広瀬が覆い被さって来た。 「げっ」  暮羽は青い顔で広瀬を見つめる。 「何その“げっ”って」  広瀬は目を細めて暮羽を睨んだ。  しかしすぐにその顔に笑みが浮かぶ。 「寝かせないからね」  にっこり笑うと、暮羽のパジャマを脱がせにかかった。 「やっ、ちょっと快都さっ」  暮羽は抗議しようとしたが、すぐに口をキスで塞がれてしまう。  唇が離れる頃にはすっかり息があがっていた。 「や、はっ、んっ、だめだって······」  広瀬の唇が胸やわき腹を辿るたびに、暮羽の口から甘い吐息が漏れる。  もう抵抗などできる筈もなかった。  体の中心はすっかり熱くなってしまっている。  しかし、いつもされてばかりの暮羽は、逆に広瀬の股間のものを握り込んだ。 「暮羽?」  広瀬が驚いて目を丸くする。 「俺もする」  暮羽はそう言うと、自分と同じく熱くなっているそれに唇を寄せた。  戸惑う広瀬などお構いなしに、それを口に含んだ。  舌で先端をつついていると、すぐに液体が溢れてくる。  広瀬の口からも吐息が漏れた。  それでも暮羽は口での行為を止めようとしない。  何とかして広瀬の快感を煽ろうと、いつも自分がされるように舌を動かした。  やがて広瀬が小さく唸って、暮羽の口の中に放つ。  暮羽は満足したようにそれを飲み込むと、ようやく口を離した。 「今日の暮羽、変だよ」  広瀬は素直に感想を述べる。  暮羽はそれを聞いて苦笑した。  いつもと立場が逆になったような感じだ。 「だって快都さんが寝かせないって言うから。逆ギレ」  暮羽はぺろりと舌を出す。  広瀬はそれを見てにっこり笑った。 「じゃ、おかえし」  今度は広瀬が暮羽の股間に顔を埋める。 「え?あ、ちょっと、やっ、あっ」  抵抗する間もなく広瀬は口での行為を始めた。  コーヒーを飲んだすぐ後だからか、広瀬の口の中がいつもより熱く感じる。  熱を放つのにそれほど時間はかからなかった。  広瀬の口内に放った後、暮羽は脱力する。 「これからが本番だからね」  そんな暮羽に、広瀬はにっこりと微笑みかけた。 「げっ······」 「だから何その“げっ”は」  暮羽を睨みながらも、指はしっかりと暮羽の後腔を探る。 「んっ、あっ、やぁっ」  ローションをまとった指が侵入してきて、暮羽の体がびくりと跳ねた。  もう痛みを感じる事はほとんどなくなっていたが、いつまで経っても慣れない。  それは決して嫌悪や不快感などではないのだが。  広瀬の指が内壁を擦るたびに暮羽の体がびくびくと跳ねる。  その口からも甘い喘ぎ声がとめどなく漏れていた。  広瀬は感度の良い暮羽に満足そうな笑みを浮かべる。  いつまで経っても初々しい反応を示すのがたまらなく愛しかった。  指の数を増やしても、暮羽の喘ぎ声から甘さは消えない。  股間のものもすっかり熱を取り戻していた。 「そろそろ入っていい?」  広瀬が訊くと。 「ん、早く······」  暮羽が切ない瞳で見つめてきた。  満足げに微笑みながらキスを落とし、入れていた指を引き抜く。  そして今度は熱くなった自分のものをそこにあてがい、ゆっくりと挿入した。 「んっ、はあっ」  暮羽が大きく息を吐く。  根元までゆっくり入れた後、広瀬は腰を動かし始めた。  暮羽が切なそうに眉を寄せる。  それは快感を感じている時の表情だった。  広瀬にしか見せない、広瀬しか見る事のできない表情だ。 「や、あ、あっ、あぁっ」  段々と激しくなる動きに合わせ、暮羽の息もあがってくる。  暮羽が絶頂を迎えたすぐ後、広瀬も熱を放っていた。  脱力する暮羽の体を、広瀬がゆるく抱き締める。 「あ、今日は失神してない」  広瀬が珍しそうにつぶやいた。 「······何それ」  暮羽は口を尖らせて広瀬を睨む。 「いつもより気持ち良くなかった?」 「あのねえ······いつも気絶してるワケじゃないってば」  露骨に訊いてくる広瀬に、暮羽は真っ赤な顔で答えた。 「そっかー。でも何だか気が済まないから、気絶するまでやってもいい?」  赤くなる暮羽に蕩ける笑みを向け、広瀬はとんでもない事を言う。 「げっ」  今度は真っ青になる暮羽だった。 「だから何なのかなあ、その“げっ”は」  にこにこしながらツッコミを入れる広瀬は、すでに臨戦体勢に入ろうとしている。  そしてその後、気を失うまで気持ち良くさせられたのだった。      後日。  武田と品川が撮った例の写真は新聞部に売られ、フォーカス記事として扱われた。  “キャンパス一のイケてる男、広瀬君に超美人の恋人が!!”という見出しのコピー新聞は、取り分け女子学生によく買われているようだ。  そして新聞部の連中はその超美人の正体究明に乗り出したようだが、暮羽だと気付かれる事はないだろう。  あの写真を見て、その正体が男であると誰が気付くだろうか。  まず気付かれる心配はなかった。  暮羽も武田から新聞をもらって見たのだが、その表情は言葉で言い表せないくらい複雑だった。  逆に、例の写真をプレゼントされた広瀬は大いに喜んでいるようだ。  そして武田と品川は“広瀬&暮羽親衛隊”と称して日夜怪しい行動を取るのだった。  終。

ともだちにシェアしよう!