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ワガママ王子と悪戯猫(2)
「なあ、とりあえずベッドは一緒でいい?」
お風呂の準備をしながら悠さんがさりげなく言った。
「ああ、以前泊めてもらった時の。いいですよ」
二階のゲストルームを思い出して答えると、悠さんに睨まれた。
「ちげーよ。俺の部屋。ダブルだから一緒に寝られる」
え、いきなり同じベッド?と聞きかけて、俺は口を閉ざして頷いた。
悠さんは一人だと眠れないんだったっけ。
寝るときくらい、ワガママもいいか。
「おい颯人、後ろ向いてまっすぐ立て」
唐突なご注文が飛んできた。
「え、なんでですか?」
「いいから後ろ向け!」
俺が後ろを向くと、悠さんは何かを持って背中にあてた。
どうやらシャツか何かのサイズを見たようだった。
「ん。もういいぞ」
悠さんは機嫌よく離れた。
「風呂入ってこいよ。ゆっくりで良いからな。着替え後で置いとくから、着てくれよ」
「ありがとうございます」
悠さんの言葉に甘えて、一番風呂に入った。
冷えた体を湯船にゆっくり沈めて一日の疲れを癒す。
白を基調にして、ところどころに藍色が差された浴室は、清潔感があって居心地が良かった。
この家に泊めてもらうのは二度目だ。
広い湯船の中で、うん、と両手足を伸ばす。気持ちいい。
この家の主は、さっきから無駄に偉そうな男、小原悠だ。
悠さんはピアニストであり、最近ではその容姿を買われてタレント紛いの仕事も時折こなしている。
すらりとモデルのような体躯、ハイトーンなミルクティー色の髪に凛々しい面立ちが悠さんの武器……いや間違った。
悠さんの武器はピアニストとして卓越した腕前にある。
弱冠二十三歳にして国内外のコンクールで賞を総なめにし、クラシック界隈では広くその名を轟かせている。
ただ、性格に大きな問題を抱えている。
とにかくワガママ。衣装が気に入らなければ開演十数分前であろうが別の衣装を調達させるし、理不尽なお使いなんて日常茶飯事だ。
一番被害を被っているのはマネージャーの俺だろう。
越野颯人、三十三歳……今のところは独身。顔立ちが小作りなので、たまに女性に間違われるのが悩みだ。
俺の前に五人が悠さんのマネージャーになり、そしてそのワガママに愛想を尽かして去っていった。
俺は悠さんのワガママを時に右から左に受け流しながら、なんとか一年マネージャーを務めている。
そして去年の末……悠さんにプロポーズした。もちろん承諾を得て今は婚約者のポジションをキープしている。
冒頭でも悠さんに心配されたが、俺は何が悪いのか性犯罪に遭いやすく、悠さんに助けてもらったことも一度や二度ではない。
しかし最近は、公私ともに悠さんと行動を共にしていることがほとんどだからか、襲われることがほとんどなくなった。
独りでいると、まだ怪しい目に遭うが……。
ほかほかに温まってお風呂から上がり、バスタオルで水気を拭っていると、悠さんが用意してくれたらしい着替えが目に入った。
長袖のカットソーとゆったりした木綿のパンツ。下着は新品をおろしてくれたようだった。
ありがたく身に着け……。
……。
リビングに出て行くと、悠さんがソファで寛ぎながら携帯画面を見ていた。
俺は一言言おうとしたが、その前に、にやっと笑った悠さんがひゅいっと指笛を鳴らした。
「素晴らしい!パンツなんて無い方がもっと良いんだが、それでも良いぜ颯人。似合ってる」
「似合ってないでしょう!」
思わず言い返した。
パンツはやや丈が長いが裾を折れば大丈夫。
問題はカットソーで、大きめな上に襟ぐりが広すぎる。おそらく悠さんでもオーバーサイズだろう。
丈はもはやシャツワンピースだ。
どう頑張っても左右どちらかの肩からシャツが滑り落ちる。ただでさえなで肩なのに。
「あとは寝るだけだし、問題ないだろ?」
「大問題です!!」
ほら、抗議の声を上げた拍子にまた落ちた。
やってきた悠さんが、斜めになった襟を直し、また滑り落ちるのを見てくすくす笑う。
露わになった肩にキスをして、楽しそうに笑いながら悠さんは俺を抱きしめた。
「いやいや、問題ない問題ない。全然まったく問題ないだろ?」
「どこがですか」
「暖かい布団かけて、俺が温めてやるから。大丈夫」
肩先を撫でて宥められる。
「俺も風呂入ってくるから、好きにしてくれ。先にベッド入っててもいいけど」
そう言い残して、悠さんも風呂場へ消えた。
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