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第14話 Side:F

 足跡の形跡から向かった方向を突き止めた異端審査官が先導するのに付いて行く。ものの数分でそれを見出だしたのはさすがとしか言いようがない。僕らにはそういう知識はないが、彼らは随分慣れている様子だった。しかしミューがノインと別れてすぐに捕らえられたのだとしたら、すでにそれなりの時間は経っているはずである。拘束されて監禁されているという状況は、ミューにとって大きなストレスとなってしまう。ただでさえ医者に手を伸ばされるのにすら少し身を引くのに。早く連れ戻したい。何もされていないことを願うことしかできない。  先頭を走る異端審査官が目指す先にあるのは、城から少し離れた支城だった。かつてこの国が戦争に巻き込まれた際に建てられ、そのまま監視塔だったり見回り兵の詰所に利用されている場所だった。その城は僕の管理下ではない。国に所属する一大臣に任せてあった。あそこにミューが拐われたのだとしたら、犯人は明確である。あの大臣の部下には、普段僕の部屋の前で監視をしている兵もいたはずだった。恐らく、アイハが話した日に暴漢がいとも容易く部屋に忍び込めたのはそういうこと。本来ミューの身を守るために存在する兵が敵だった。僕の詰めが甘かった。それこそ信頼を置いた近衛を守備に当たらせておくべきだった。  森の中で馬を降りて、途中から徒歩で近づく。支城の周辺には三人ほどの兵がおり、周辺を警戒していた。あの大臣の部下のほとんどがこの謀反に荷担しているのだとしたら城の中にもそれなりの人数がだろう。バレないように慎重に行くべきだろうか。しかしここからでは中にどれだけ敵兵がいるか視認することは出来ない。たとえバレずに入れたとしても、中で気付かれれば挟み撃ちになるだろう。 「真っ正面から行こうか」 「分かりました、俺たちも行きます」  奴らがミューを拐った理由はすでに明らかである。向こうが僕に用事があるのは間違いない。姿を見せても即座に攻撃されるということはないだろう。それなら、こそこそ隠れる必要はない。見つかって大きな騒ぎにするよりも、大人しく正面から入って騒ぎを大きくしない方が脱出するときに動きやすいだろう。 「俺たちは姿を見せない方がいいだろうな」 「そう、だね。後ろからこっそりついてきてもらえたら助かるけど、任せるよ」 「当然、王子が潜入しようとしているのに指を咥えて見ていることはしないさ」  異端審査官の存在については、まだあまり知られていない。国の中でも特に信頼が置かれている数名にしか伝えていないため、ここを任せている大臣にも当然伝えてはいない。近衛のアイハとノインの顔は知られているが、異端審査官の顔は全く知られていない。僕が一緒に連れていると怪しまれる可能性があった。  支城には先に僕とアイハ、ノインで入ることにして、森を出て支城の正面に堂々と向かう。見回りの兵士はすぐに僕らの存在に気付き一瞬武器に手をかけるが、それを抜くことはなかった。 「お早い到着ですね」  城の入り口にまで近づくと、城の中から男が一人姿を表した。この期に及んで自国の兵の服装のままだというのが燗に障る。国を離反して起きながら、まだ国に所属しているつもりなのだろうか。わざとらしい恭しい仕草にどうにも馬鹿にされているような気分になる。僕の下についているつもりなんてないくせに。男はチラと背後についている近衛に目を向ける。置いていけと言うつもりだろうか。男は後ろの二人をしばらく見ていたが結局何も言わず、むしろ何がおかしいのか頬を吊り上げて笑った。何から何まで癪に障る。なんでもいいからさっさとミューの姿を見せろと言いたくなるが、ここはぐっと堪える。男は次に腰につけているものを捨てるように告げてくる。武器を捨てろということだろう。振り返ってみると僕と同じくイライラしている様子のノインが今にも掴みかかりそうに睨んでいた。 「……堪えて」 「分かってる」  自分よりも感情的になっているノインを見たお陰か、少しずつ昂ぶっていた感情が治まってくる。一時の感情に任せて手をあげたら、捕らえられているミューが危険な目に遭う可能性がある。今でさえどんな目に遭っているか分からないのに、これ以上の負担はかけたくない。  言われた通りに手持ちの武器を支城の外に適当に放り投げるのを確認すると、男は「こちらへ」と言って前を歩きだした。放り出した武器は後から追いかけてくるだろう異端審査官の二人が回収してきてくれるだろう。二人は僕らが行ったことでそちらに気を取られた兵士を一人一人片付けながら来ると言っていた。そうすれば背後を取られることはなくなるし、後々援軍を呼ばれることもなくなるだろう。  支城は砦に近い見た目をしており、石造りの四角い造りになっていた。もともと宿舎にすることも想定されていたため、中の広さはそれなりにある。見張り台にするための高さもある場所だった。外からの狙撃を防ぐため、極力外部から見えない造りになっているため、太陽の光はほとんど遮られており中は薄暗かった。五階立てに屋上のある城の中を男は何も言わず進んでいった。階段を登り、最上階まで案内される。そこは一階まるまる応接間になっていた。城ほどの広さはないが、玉座の間のように赤いカーペットを敷かれ、奥には豪華な椅子が置かれている。ここは仮設の謁見の間だった。かつては王が外遊した際に訪れ、兵を激励するための場所として使っていたらしい。その奥を見上げると椅子に座っていた男が顔をあげた。見覚えのある顔に少しだけ眉間に皺を寄せる。それは確かにこの支城を任せていた一端の大臣だった。疑っていなかった訳ではないが、うまく紛れ込んでいたものだと思わされる。 「何が目的か分かりますか、王子」 「目的、ね」  それが単純に僕の命ではないことくらい分かっていた。それならこんな回りくどい真似はしない。あくまで僕を生かした上で僕にやらせたいことがある。そういうことだろう。ここまで先導してきた男が僕の前からスッと身を引き道を開けた。応接間を見渡してみると壁際に数人の兵が並んで立っていた。兵は皆一様にこちらに視線を向けている。下手な真似をしたらすぐにでも拘束するつもりだろうか。 「お連れの近衛はここまでです」  開かれた道に足を踏み出す僕を追いかけようとした近衛に、男が声をかけた。ここから先は僕一人で行けと、そう言うことか。心配そうに視線をあげて僕を見たアイハに「大丈夫」と声を出さずに伝えると前を見据えて一人歩みを進める。後ろから足音はついて来なかった。周囲に響くのは僕の足音だけ。この部屋からも、下の階からも大きな物音はしなかった。それはつまり、後から着いてきているだろう異端審査官たちが順調にことを運んでいる証でもあった。この様子では、支城の中にいるほとんどの兵がこの部屋に集められている。その隙に異端審査官たちはミューのことも探してくれているだろうが、重要な人質であるミューをそう簡単に目を離すとも思えない。ひとまず、ミューの無事を確認するまでは武力行使は出来ない。 「お疲れでしょうに、そんなにアレは大切ですか?」 「御託はいいから用件を話してくれないかな、前置きも結構だよ」  素っ気なく返事をすると、偉そうに椅子に座っていた大臣は面白そうに笑った。大臣は椅子から立ち上がり、台座を降りてこちらに向かってくる。奴らが謀反者だということはもう十二分に分かっている。回りくどい話に興味はない。それが余裕のない様子に取られたとしても構わない。ただ早くミューの姿を見たかった。 「……国を寄越せとは言いません。こちらの要望は王政の廃止です。王族の貴公なら進言できるはず、王政を廃止し、国を民政にしたいと。あとは……、私をそれのトップに据えていただくだけです。王族の貴公を蔑ろにすることはないと約束しましょう」  ……寄越せとは言わないとはよく言ったものだ。それでは全く同じ意味ではないか。僕らの王国は代々王族の血を引いた人間が王位を継承し、国を取り仕切っていた。民政にしたいだけならそんな政党を発起して正面から申告すればいい。それが正規の手段であるし、明確な理由さえあればおかしなことではない。そうしないのは本来の目的はそこではないからだろう。この男は民政にしたいのではなくて、ただ自分が国の頂点に立ちたいだけだ。民政にするだけでは意味がない。自分がその頂点に立てる保障が欲しいのだろう。民衆の目もあるため王族の血筋でもないのに王になることは不可能だ。ならば民政にして、王子の僕からの直々の任命があれば認められると考えたのだろう。民政にして欲しい、までの要望から答えたのに。この男をその頂点に立たせるわけにはいかない。独裁政治を行われる未来が目に見えている。  ……しかし、どうするべきだろう。適当に頷いておいてミューを返してもらってから消すべきだろうか。そうするにはあまりに人が多すぎる。僕の一言はそれなりの力を持つ。誰か取り逃して言いふらされても困る、が。一番優先させたいのはミューの無事だ。せめて目に入るところにさえ居てくれたら安心できるのに。 「人質が気にかかりますかな?」  返事をしないことから考えていることを読み取ったのか、放たれたその言葉につい反応を示してしまう。それを見た大臣は部屋の隅にいた兵の一人に指示を出す。兵はそれに従って玉座に向かって歩き出した。それから玉座の裏に回り込む。兵はそこから何かを引き摺り出していた。灰色の毛布にくるまれている何かを抱き上げ、兵は玉座の裏から姿を表す。抱えられているそれは人の形をしているようで。それから目が離せない。

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