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第16話 Side:F

 それからミューは一日経っても目を覚ますことはなかった。全身に渡っていた細かな体の外傷は綺麗に手当てをして、親指を繋いでいた指錠も外して、僕の部屋のベッドでゆっくり休ませていた。数分置きに意識を取り戻してはいないか何度も確認したがミューの瞳が開くことはなかった。やはり、心に負った傷が大きかったのだろう。目を離すことが出来なくて、部屋から出ることが出来なかった。本当は謀反者たちの処罰を決めるために会議に出たりしなければいけなかったが、すべて蹴ってしまった。代わりに異端審査官の二人がよく働いてくれた。近衛たちもミューを心配して、時間が空けば部屋に訪れた。ミューがまだ目を覚まさないことを知ると暗い顔になってしまうのが心苦しい。心配する気持ちは僕にも十分理解できるから、心配するなとは言えなかった。  窓の外の日が沈んでいく。結局次の日もミューは目を覚ますことはなかった。部屋の中にはただミューの寝息だけが、聞こえていた。せめて穏やかに眠っている様子であることが幸いだった。もしもこんなに長く悪夢に魘されていたら、それこそ地獄だろう。ベッドに入り込んでミューの隣に寝転がる。ずっとミューを見ていたから、僕もしばらく寝ていなかった。ベッドの中で手を繋いで、肩に頭を置く。確かな暖かさがそこにあって、少しだけ安心する。目を瞑ると、眠っていなかった頭はすぐに眠気を連れてきた。明日は起きてくれるだろうか。ミューの寝息につられるように、微睡みに落ちていく。  それから数時間。完全に日が落ちて暗くなった部屋の中で目を覚ましたのは、繋いだ手を強く握る力だった。重い瞼を開けてみると、耳に深く荒い呼吸音が入ってくる。慌てて顔をあげてみると、そこには苦しそうに顔を横に倒して、早い呼吸を繰り返すミューの姿があった。また嫌な夢を見てしまったのか。 「っ、ミュー! ……ん、ミュー?」  起こさなければと思って、咄嗟に自分の身を起こそうとするとそれを止めるように繋いだ手が僕を引き寄せた。改めてミューを見てみると、ミューは震える目で僕を見つめていた。しばらくぶりの瞳の色に一瞬固まってしまうが、それどころではない。 「良かった、目が覚めて……、って、それどころじゃないよね。大丈夫、どうしたの? 怖い夢を見たの?」  優しく声をかけて、ミューの肩を起こしてこちらを向かせて抱き締める。片手は変わらず手を繋いだままにして、もう片方の手で頭を撫でる。目が覚めたのは良かった。だけど、何があったのか不安定な状態になっているようだった。まずは安心させなければ。 「フィン、ふぃ、ん……」 「うん、ここにいるよ。大丈夫だよ」  抱き締めるとすがるように頭を埋められる。ここまで素直に甘えてくるのは珍しかった。僕のことを繰り返し呼ぶ声は上擦りそうになるのを堪えるようなもので、泣いているのだと分かる。目を覚ました瞬間が真っ暗な部屋の中だったから、余計に不安になったのだろう。もう大丈夫だと、ここは僕の部屋だと伝える。時間はかかったが、ミューは少しずつ落ち着きを取り戻していった。ただ繋いだ手だけは離さず、側にいるのが僕であることを常に確認しているようだった。 「落ち着いた?」 「ん、 あぁ……だい、じょぶ……」  大丈夫というが、まだしゃっくりを上げている。それでもちゃんと応答するということは、意識はしっかりしているらしい。パニックになったりしないかと心配だったが、どうにか精神を保っている。しかし何のきっかけでその均衡が崩れるか分からない。不安定であることには変わりないのだから。 「……フィン、俺のこと、捨てる?」  ほら、この様子だ。何を言われたか知らないが、変なことを吹き込まれただろうことは想定できる。優しく頭を撫でて、不安そうな顔に笑顔を向ける。 「そんなことしないよ」  否定する言葉を贈ってもミューの表情は晴れない。言葉でならそんなこといくらでも言える。本気だと思わせるには一押し足りない。もう心を決めなくてはいけない。最初から城に戻ったら全て話すつもりだったのだ。勿体ぶったらまた何も言わないまま、ミューの本心も聞けないままになってしまう。 「……ミュー、あのね?」 「フィン」  話を切り出そうとした瞬間、ミューがまた僕の名前を呼んだ。肩を上下させて、大きく呼吸しながらミューは瞳に涙を溜めながら、上目に僕を見上げた。 「抱いて」 「……へ?」  思わず抜けた声が出てしまう。そんな要求をされるとは思わなかった。どう考えても嫌なことを思い出させてしまうだろうから。意識が朦朧としているのかと思ったがミューは少し身を倒してこちらに体を寄せてくる。 「声が、頭ん中から離れないんだよ。忘れさせてくれよ……、それとも、俺のことはもう抱けない?」 「そんなこと……、分かった。嫌になったら、嫌って言ってね」  頭から離れないというのは、恐らく支城での出来事のことを言っているのだろう。先にゆっくり話をしたかったが、ミューがこういうのなら仕方ない。ミューの肩を押して仰向けにして、その上に自分の体を転がす。ミューは早くというように濡れた目で僕を見上げていた。被っていた布団を剥がしてから、熟れた林檎のように赤い唇に舌を触れさせる。その唇を割って、舌を差し込むと熱い口内が舌を絡めとった。ミューが自分から求めてくるのなんて初めてだった。今まで僕が命令するまでその気にならなかったのに。

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