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第20話 Side:F

 邪魔だなんて、足手まといだなんて思うはずがなかった。僕が誰よりミューに依存している。こんなに好きでしょうがないのに。その人が死を望んでいるなんて。そんなの悲しいじゃないか。「ころして」と言われて、もう二度と死にたいなんて思うことがないようにこの部屋に閉じ込めたのに。その部屋の中でミューは死にたいという感情を育て続けた。相手を思うが故のすれ違い。それがまたミューを苦しませた。 「……本当は僕に、どうして欲しかった?」 「そんなの、」 「あるでしょ? 教えて? もう、間違えたくないんだ」  ミューは少しだけ迷ったように視線を落とすが、すぐにまた僕としっかり目を合わせてくれる。軍人だった頃はよく見せていた迷いのない強い群青色。歩けなくなって以来、いつもどこか遠い目をしていて、その色は見せなくなっていた。久しぶりに見る。この強い目が、真っ直ぐに生きる目が、好きだった。 「……確かに、俺は歩けなくなったよ。嫌な夢を見るようになったよ。でも、何も出来なくなったわけじゃないよな? ペンをくれたら字も書ける。渡してくれたら書類も読める。見せてくれたら剣術の指南も乗馬の指導もできる。……ワガママ、かな」 「そんなことないよ、……話してくれて、ありがとう」  僕は、僕らはみんな歩けなくなったことにばかり目をやって、そればかり心配していた。歩けないことで出来なくなったことだけをサポートしていた。ミューはちゃんと自分でヒントを示していたのに。ベッドから降りて本を読んでいたり、椅子によじ登って窓から訓練所を眺めていることなんて何度もあった。それなのに僕らが着目したのは「勝手にベッドから降りたこと」。本を読めることも、訓練を見られることも知っていたのに、それをサポートすることはしなかった。みんなしてベッドに連れ戻そうとしてくる。そんな状況でミューが言い出せるはずもない。僕らが気づくべきだったのに。役割を失ったミューに新しい役割を与えるべきだったのに。 「俺、ここにいていいの?」 「へ? 誰がダメなんて言った?」  ミューにはこれからも末永く傍にいてもらうつもりだ。見捨てるつもりなんてないし、そもそもミューが歩けなくなったのも、国の責任だ。守られた僕にはミューのその後を手助けする役割がある。それに、やっと通じ合ったのだ。両想いの恋人を手放すはずがない。ミューは両手を伸ばして僕にしがみついて、そっと口を寄せる。 「……俺は、お前以外に抱かれたよ?」  ミューの声が耳元で聞こえる。誰もそのことを責めてなんていないのに。知っている。ここで違う男に抱かれたことも、支城で手酷く陵辱されたことも。それで嫌われると思っているのだろうか。ミューが望んだ行為ではないことくらい分かっている。ロクに抵抗出来ないのをいい事に好き勝手レイプされたことを責めるつもりなんてない。むしろそのことに非があるのはちゃんと身を守ってあげられなかった僕の方にある。 「それが?」 「それでも、俺を好きなの?」 「さっき言ったよね?」 「……お、」 「好きだよ、好きに決まってるでしょ? 僕の愛舐めないで」 「……はは、まだ何も言ってないよ」  好きだという気持ちは最初に伝えた。過去の感情にしたつもりなんてさらさらない。今も昔も変わらずミューのことが好きなままだった。と、あまりに鬼気迫っていたのかミューが思わず笑ってしまう声が聞こえて、咄嗟に顔をあげる。ミューは優しい顔で僕を見ていた。そこに影はない。昔と同じ、強くて眩しい、僕の好きな人だった。 「……ミューの足は動かない。それはもう変えられない事実だ。だけど、他に変えられることはたくさんある。君が望むなら、何でも読んでいいし、どこでも連れて行く。一緒に、生きよう?」 「あぁ、……もう、目を離すなよ」  まだしばらくの間はミューは不安定なままだろう。だけど、少しずつでいいんだ。少しずつ、また笑えるようになってくれたらいい。 「ぅん……、ふふ」 「? どうかした?」 「ん、言葉にしてみたらやっぱり少しだけくすぐったいなって」 「……なにを?」 「……好きだよ、って」  見せた照れ笑いが柔らかくて、ついキュンとときめいてしまう。好きな人に「好き」って言ってもらえることはこんなに幸せなことなのか。長く片想いしていた分それはより大きい幸せになる。ミューを拗らせている自覚はあるので、そのヘラッとした気の抜けた顔ですら、もう可愛いの塊に見える。 「……フィン?」  出来るだけ表情に出さないように、真顔で堪えていたつもりだったが、ミューはふと困った顔になって僕を見上げた。首を傾げると少し言いづらそうにして、小さな声でぽそっと呟いた。 「……おっきくなった、よな?」 「あ」  そういえば、抜いてなかった。挿れたまま話始めてしまったからつい抜くタイミングを失っていた。反応したのがダイレクトに伝わってしまったらしく、ミューがまた赤くなっている。……。そんな顔を見ると、つい抜く気がなくなってしまう。 「う、え? え、ふぃん、あッ!」  落ちていた足をまた持ち上げて、足を開かせると焦った様子のミューが僕を見上げた。ここでやめろという方が辛い。もう体はその気になっている。もっとミューの可愛いところが見たい。 「ねぇミュー。婚姻記念にもっかいシない?」 「こん……、まだそこまでいってない! せめて交際記念にしろ!」 「そっちならいいんだ」  もう気持ちが通じ合った時点でミューを生涯のパートナーにする気満々だったのだけど。さすがにまだ早いらしく速攻で怒られた。でも行為は拒絶しなかった。つまり、こっちはいいということ。もう行為の承諾に命令なんていらない。  まだまだ頭の中には嫌な記憶があるだろう。そんなものすべて僕が塗り替える。僕との記憶だけが残っていればそれでいい。まだまだ夜は長いのだから。 「楽しも? ミュー」 「お前な……、もう……恥ずかしいのは、嫌だからな」 「はーい」  やっぱりさっきのは嫌だったらしい。あれでいつか顔にかけてみたいのだけど、しばらく待つしかないか。羞恥なんて、少しすれば忘れる。深く奥に触れるため、また体を寄せる。重なる体から伝わってくる温もりが、今日はいつもより心地よかった。

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