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群青に染まる空に似合わぬ漆黒の紅。 砂に塗れながら伸ばしたその腕には、確かにまだ熱が残されていた。 「・・・・・・・・・・」 外は絶えずガヤガヤと人の声が鳴り響いているはずなのに、その者を包み込む空間は酷く澄みきっており、逆に不穏な影を覗かせている。 視点が定まらぬ中、左右に歪む意識の隙間を縫うように伸びていくのは人間の腕だ。 土と泥と砂に塗れた指はゴツゴツとしていて、振戦(しんせん)が酷く、着地する場を決めかねているように見える。 澄みきっているはずなのに、耳に届くのは酷く荒れた声と、粘着質独自の音。 それはまるで、大蛇がとぐろを巻いて獲物を抱くように、揺らす水面に浮かぶ水草のように、ねっとりと絡みながら、今か今かとその時を待っているかのようであった。 「・・・う・・・」 その時、くぐもったような濁りを含む音が、微かな重みと共に頭上から降って来た。 どさりと何かを落したようなその衝撃は強く、何かが重なる衝撃が直に伝わってその者の指がピクリと動いた。 何者かの気配を直に感じながら耳を澄ましてみるものの、肝心の声は何処からも聞こえそうにない。 「???」 話しているはずなのに聞こえて来ないその状況に焦りを感じたその者は、何とかして身体を動かそうとするのだが、腕は鉛のように重く手の甲すらも動かすことが出来なかった。 やがて、何者かが話す声と共に足音が遠ざかり、降って来た重みの主もこと切れてしまったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。 「・・・・????」 喧騒に溢れたその空間は、いよいよ狂乱を増してきたらしく足音がざわつき始めた。 その者は何が起こっているのか知りたくなったが、自身がいるこの場所が一体どこなのか見当がつかないままだ。 その場所から這い出て景色を見ようと思うのに、先程からじっとりと絡みつく重みのせいで手足を自由に動かすことが出来なかった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 どさりとまた重い衝撃が直に伝わり、その者の意識はそちらへ向かった。 少し離れた場所からは、わぁわぁと甲高い声が周囲のあちらこちらから上がってきている。 「・・・・・・・」 ぼそぼそと話す声が今度は鎖のように伸びて来て、その者の四肢にまとわりついた。 異様なほどの静けさが周囲を覆い、途端に腹部を中心に猛烈な吐き気がその者を襲い始めた。 「・・・ぐ・・・ぅ・・」 グイグイと力強く下腹部を押し込む様に迫るそれは心地が悪く息が苦しかったが、呼吸すら満足にできぬ状態なのに、その者の周辺は静まり返ったように物音ひとつ聞こえて来ない。 「・・・ぐ・・・ぅ・・」 冷汗を全身にかきながらブルブルと体を震わせるその者の顔は赤黒く染まり、その顔をなぞるように細かな墨字が沸々と湧き出ては、その者の体内へと染み込んでいく。 「・・・・・ぐっ・・あ・・・・あぐっ・・うっ・・」 とうとう我慢できなくなって口を開いた瞬間、今度はその開いた口を狙うように細かな墨字が喉の奥へと流れ込んできた。 「開けてはいけなかったのか」と一寸思うも既に遅く。 やがて、十分に体内を満たした黒い墨字は、地を這う虫の如く緩やかな動作と共に、その者の眼球や耳、鼻といったありとあらゆる場所から外へと飛び出し始めた。 何かに吸い寄せられるように外へと這い出す墨字は意志を持ったように力強く、その動きに迷いなどありはしない。 声にならない声を上げながら、ふと視線を前方に傾けてすぐ、ある事に気が付いた。 墨字ばかりが蠢くその隙間を縫うように、何者かがこちらの様子を窺うようにジッとこちらを見ているではないか。 『嗚呼。誰か。誰でもいい。助けてほしい』 焦燥感を胸に抱いたまま声にならない声を上げて助けを乞うが、眼前に映るその者は大きく見開いた眼を動かそうともせず、ジッと眺めるだけだ。

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