4 / 43

「あんな綺麗な奥方を連れて行くなんて、襲ってくれって言ってるようなもんでさぁ」 「そうだそうだ」 「やめときなって・・」 『ん・・・?』 商人たちの声を聞いて二名の脳裏に疑問符が飛び交った。 今、この商人は何と言った? 店主の会話と遠雷を比べ見て、昂遠(コウエン)は困ったように耳の後ろを引っ掻いた。 「ハハハ。こいつはこんな服装をしちゃあいるが、れっきとした男だよ。俺の弟なんだ」 「へあっ!?」 「おとこぉぉぉ!」 昂遠の声に、腰に手を当てたまま遠雷がエヘンと胸を張っている。 「・・・そーよそーよぉ。男なんですのよぉ~。アテクシ。何ならお脱ぎしましょうかぁ?男を知らぬ純潔の娘さんよりは見劣りしますが、私の柔肌もなかなかなものだと思いますわよぉ~」 脱ぐ?脱ぐ?と自ら襟に手をかけながら踊る遠雷に、昂遠はズキリと頭が痛くなった。 「脱ぐな。脱がんでいい」 「えー。見せるんじゃあないのぉ?」 「なんで見せる必要があるんだ?」 「え~見たいくせにぃぃ?」 「もうお前は黙れよ!」 ぎゃあぎゃあと互いに言い合う男二名を前にして店主の口が段々と開いてくる。 「・・・お連れさんは・・」 変わっとるんですなぁと言いかけて、彼はグッと口をつぐんだ。 それは周囲を賑わす商人たちも同じだったようで、皆一律に同じような笑みを浮かべている。 「あ・・こほっ」 我に返った昂遠はゴホンと咳払いをした後、馬を二頭買おうと財布を取り出した。 「もうすぐ陽も落ちます。どうかお気をつけて」 「ああ。ありがとう」 店を離れ手綱を引きながら山道の入口へと向かった二名は、さっそく馬に乗るとポックリポックリと馬に揺られて歩き出した。 周囲はひっそりとしていて、群青の闇だけが空を覆っている。 肌を撫でる風は涼しく、虫の鳴く声が道を照らすように優しく響いた。 「・・いい声だ」 ふと、そんな言葉が突いて出る。それは遠雷も同じだったようで、音に耳を傾けながら頷いた。 「もうすぐ陽が完全に落ちていくな」 「ああ」 「俺は見えないが、星はさぞかし綺麗なんだろうなぁ」 「ああ。綺麗だと思うよ」 困惑を隠そうともせずに話す昂遠の声に、遠雷の口角が僅かに上がった。 「周里(シュウリ)には行ったことが?」 「昔・・・何度か」 「そうか」 「お前は?」 「俺か?莨都(ロウト)に行くのに、この道をよく通ったな」 「莨都(ロウト)(コク)公の城がある場所じゃないか?なんでまたそんなところへ?」 「莨都(ロウト)は酒が美味い。市にはいろんな味の酒が並ぶ。美酒の国だ。あとは茶も上手い」 「確かに、酒も茶も有名だが・・」 莨都(ロウト)(コク)公の城がある土地で、果実栽培だけでなく酒造りも盛んな土地だ。 狼国(ロウコク)には四名の王がそれぞれの土地を治めているが、その中でも(コク)公の治める土地は少なく、領土も狭い。そんな中、自分たちだけでどうにか生き残ることが出来るようにと、黒公が中心となって奔走し、民と共にあらゆる策を講じてきた。 だが、治安まではなかなかうまくはいかないらしく、あちこちに夜盗や破落戸(ごろつき)が現れては狼藉を働いている。 昂遠達も自分たちに協力出来る事があればと思い、民から依頼が来れば容赦なくその腕を振るっているのだが、イタチごっこをしているだけで根本的な解決には至っていない。 「・・ここからは賊が増える。警戒して進もう」 「賢明だな」 全身が緊張感に包まれる昂遠とは対照的に、遠雷の声は始終穏やかだ。 入口から中腹に差し掛かった頃、馬が急に速度を落とし後ろに下がり始めた。 歩みを止めてしまった馬を見て、これは賊が潜んでいるなと思った二名はそれっきり話すのを止めてしまった。 途端に周囲はシンと静かになり、馬も彼らの指示を待つように大人しくその場に立っている。

ともだちにシェアしよう!