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『いい子だ。お前は勘が鋭いな』
昂遠は馬の背を優しく撫でると、馬の顔が上下に動いた。
「へっへっへっへ」
ざりざりと小石を踏む音と共に何者かが集団でこちらに近づく気配を感じながら、彼らはほぼ同時に敵の数を探ろうと考えた。
敵の足取りが重いのは手に武器を持っているせいだろう。
遠雷は閉じていた瞼をこじ開けると、手綱を持つ手に力を込めた。
『こういう時、見えないというのは逆にありがたいな。俺の視界は昼も夜も変わらないから何かあった時、昂よりも距離感を掴みやすい』
そうまで考えて、ふと『いや、待てよ。相手が棍棒か縄鏢(じょうひょう/紐の付いた手裏剣)、もしくは鞭(べん)を手にしていたら厄介だな。一斉に投げられて袖に巻き付けば馬上は不利だ。武器は何も剣だけとは限らないんだ。薪割りの斧だって投げれば立派な武器になる。それに馬を降りて戦うにしたって肝心の馬を奪われてしまっては元も子もない』
と、思案した。
それは昂遠も同じだったようで『護身用に腰に剣を下げてはいるが、それにしたって一斉にかかられては不利になる。せっかく買った馬に怪我をさせては申し訳がないし。ここはやはり無理にでも走り抜けるのが得策では?』と、うんうんと唸っては逃げる方法を考えている。
「・・・・・・・」
さて、一戦交えてもいいが、やはりここは一点突破が得策であろうと、二名が互いに息を合わせようとしたその瞬間、眼前に立つ賊達が何やらわぁわぁと騒ぎ始めた。
「?」
「ひっ!」
「ひぃぃぃ!」
『何だ?何が起きている?誰かいるのか!?』
予想していなかった出来事を前にして、二名はより緊張感を強くした。
両側は木々が生い茂り、獣道だけが広がっているこの道は、舗装されていないこともあって至る所に岩や切り株がそのまま放置されている。
灯りを点けて進めば良いのは分かっていたが、逆に賊に狙われてしまう為、二名は敢えて灯りを使わず、闇の中を進んでいるのだ。
そんな中、相手が賊であれば対処も出来るが、他に手練れた者がいればそうもいかない。
『・・・さて・・剣で戦うか?いや、後ろの遠雷を置いては行けない。彼は気功が使えるが目が見えないんだ』
あらゆる感情が湧きあがっては消えていく一方で、背後に立つ遠雷もまた、困惑の色を隠せない様子で首を傾げている。
「・・・ひっ!」
「ゆっ!」
「・・・ゆ?」
悲鳴が混ざるその声に、昂遠と遠雷の唇が同時に尖った。
「ゆうれぇぇええええええ!」
「ぎいゃぁぁあああああああ!」
「ひっ!ひぃぃいいいいいいいい」
「・・・ゆう・・れい・・・?」
「きっ!殭屍 だ!殭屍 がでたぁあああああああああああ!」
先程までの緊迫した空気は何処へやら、賊の誰かが発したその声に、たちまち周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまった。
闇の中を右往左往しながら逃げている為、時折何処からか
「いてっ」
「うぶっ」
とぶつかり合う音が聞こえてくる。
最初、その声を聞きながら首を傾げていた昂遠であったが、何かに気付いたように後ろに立つ遠雷を見た。
『確かにこれは・・』
改めて彼の姿を見た瞬間『ははぁなるほど』と、彼は心の中で何度も呟いてしまった。
頭から靴の先まで真っ白なその出で立ちは、何処から見ても立派な雪だるまだ。
それだけではなく、よくよく見てみれば、ぼんやりと青白い光まで放っているではないか。
確かにこれは幽霊だと言われても反論のしようがないその姿に吹き出しそうになった昂遠は、一度呼吸を整えると
「今が好機だ!ここを突破する!ちょうどいい!先に行けっ!」
と、笑いを噛み殺しながら手綱を引いた。
「おっお前!覚えておけよ!」
ぐふっぐふっと肩を震わせる昂遠とは対照的に、理由が分かった遠雷の頭からは勢いよく湯気が噴き出している。真っ赤に染まり、ふうふうと息を吐きながら唇をギリギリと噛みしめるその形相を見ているだけで、誰もが両手を挙げて逃げ出してしまいそうな勢いだ。
賊は変わらずギャアギャアと声を上げながら逃げ惑っている。
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