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「・・・・・・・・・・・・・」 遠雷はもともと気位の高い妖怪である。嬉々としながら太鼓を持ったり、自分から膝を折って頭を下げたりしているせいで誤解をされがちだが、気位に関しては昂遠よりもはるかに高いのだ。 ただ、怒りの沸点が微妙な位置にある為、彼がどの部分で激高し拳を先に繰り出すのかが、正直言って付き合いの長い昂遠でもよく分かっていない部分が多かった。 だが、今回ばかりはシュウシュウと煙を吹き出し怒り心頭なその様子を前にして、 『無理もないな。店主には奥方と間違われ、賊には幽霊だの殭屍(キョンシー)だのと叫ばれてしまっているのだからなぁ』と納得し、より深く彼の怒りを知ろうとしたのだが、まずは逃げるのが先だと思い直し 「話はあとで聞いてやる!行けっ!」 と、遠雷の立つ方へ声を荒げた。 急に話を振られた遠雷の反応が一瞬遅くなる。だが、彼は気を取り直すと 「おお!」 と、声を張り上げた。遠雷の声にヒヒィーンと咆哮し前足を高く上げた馬が、賊を蹴散らすように駆け抜けていく。 ひたすら駆ける馬の声に賊の声はさらに高まり、昂遠もまた遠雷の後を追うように馬を走らせたのである。 『あの時はどうなるかと思ったが、本当に馬に助けられた・・馬に感謝せねば・・』 「・・何か言ったか?昂」 「何でもないよ」 空は快晴。そよそよと吹く風は何処か涼しさを含んでおり、とても心地良い。 獣人と人間の混血である黒公が治めるこの西側は他とは異なり、獣人が数多く住む土地だ。だからではないが、すれ違う民に視線を向ければ、人間とは異なる容姿の者を見かける機会は他よりもずっと多い。 頭に布を巻いているとはいえ、獣の血が混ざっていない昂遠の姿は、この地では逆に新鮮に映るのだろう。数珠を手に進む彼の姿を見て「ああ。お坊さんかぁ」と話すその声に、もうすっかりと慣れてしまった。 『・・・まぁ、傍から見ればそんな坊さんにピッタリくっついて離れない銀髪の謎の男は一体何者だ?って表情をする奴の方が、きっとずっと多いんだろうが・・』 そんな事を考える遠雷達の側を通り過ぎるように、どの民も背中に荷を背負い談笑しながら歩いて行く。 ゆったりとした心地の良い時間を感じながら歩く二名の頬も自然と緩み、そんな彼らを包み込むように穏やかな時間だけが過ぎていった。 「・・・・・・」 「・・・・・・・」 ふと、昂遠が少し歩く歩幅を狭くした。 遠雷の足音が間近に迫り、ひっそりと息遣いが聞こえてくる。 もしかすると無意識なのかもしれない。けれど、背に伝わる遠雷の熱と足音から余計に彼を身近に感じてしまい昂遠の顔がみるみるうちに桜に染まった。 息を詰まらせながら歩むその足は何処かぎこちなく、カクカクとした動きを見せている。 その妙な足音に遠雷は一瞬、首を傾げたのだが昂遠からは声が聞こえて来ない為、何か踏んだのだろうと思い直し、また前を見て歩き出した。 視界を流れる景色は昔と何も変わっていない。その光景に懐かしさを感じた昂遠は 「ちょうど十年になるのかぁ・・。奴は命の恩人でな。もともと薬を売り歩く商人だったんだ。やっと安住の地を見つけたと大層喜んで、今はそこに小さな店を構えて薬を売ってるんだ」 と呟くとフフフと笑っている。 「・・へぇ」 『珍しいこともあるものだ』 お世辞にも口数が多いとは言えない昂遠の声が珍しく弾んでいる。よほど嬉しいのだろう。 声だけでその足取りの軽さが浮かんできて、遠雷の表情も穏やかだ。 周里の町に足を踏み入れてみれば、市が開かれているらしく、客を呼び込む賑やかな声に乗って香ばしい肉の匂いが煙と共にやって来る。 隣を歩いていた昂遠は、遠雷が誰かにぶつからないようにと、彼の前を歩くことにした。

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