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「・・・この市は・・とても賑やかだな」 ポツリと呟いた遠雷(エンライ)の声に、昂遠(コウエン)の声が重なった。 「ああ。鼠国(ソコク)の市に比べたら小さいものだが、狼国(ロウコク)の西側はもともと果実の栽培が盛んな土地だろ?だからじゃないが、市に並ぶ品は果実や野菜が多い。だがこの周里(シュウリ)の地は箕衡(ミコウ)莨都(ロウト)とは違って、家畜を育てて売る民が結構いてな。肉料理が有名なんだ」 「へぇぇ」 「特に串焼きが一番うまい。あと包子」 昂遠の声に、遠雷の口が段々と緩んでくる。馬を預けて泊まった宿でも食事はしたが、肉を食さない昂遠に合わせて野菜中心の料理で腹を満たして来たこともあって、遠雷の表情がパッと華やいでいる。それ程にジュウジュウと肉を焼くこの煙は腹の中心をチョイチョイと突いてくるのだ。 「いいなぁ。串焼き、私は好きだぞ」 「そうか」 「肉と言えば煮込みを出す店が殆どだが、焼き肉も嫌いじゃない」 「豪快に焼いた肉は確かに美味いな」 「ああ。それにどの料理も味が良い。(スープ)も美味い。特に肉は米によく合うからなぁ。うんうん。注いだ粥に肉を合わせればこれ以上にない程の一品が出来上がる」 「そうだな」 「それに酒も美味い。料理や肉に美味い酒は欠かせんからなぁ・・ああ。腹が減ったなぁ」 「この匂いだからな」 「ああ。そうとも!この腹を突く肉の香り。嗚呼・・まずは飯を食わないか?昂」 「・・・・いや、飯は後でも食える」 「・・・・隣の店は包子だな。美味いよなぁ」 「そうだな。美味いな」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 段々と沈黙の数が多くなる。路銀はたんまりあると聞いていたから、けして買えないわけではないはずだ。ああ。食欲をそそるこの香り。あっちの店は肉粥か。 こってりとした味付けってのも美味いよなぁ。魚があるってのは珍しいな。 そちらの店は麺だな。湯気がそう訴えている。鼻をくすぐる五香粉や八角の匂いがたまらない。嗚呼、生姜が私を呼んでいる。唐辛子の匂いもするぞ。酒はあるのか? そんなことを思いながら、ぶすっとした表情の遠雷は、気付けば無意識に自身の指を動かしていた。 『・・・食べたい・・』 そう思いながら目の前を歩く昂遠の衣を遠慮がちに引っ張ってみるも、兄の気配は変わらない。 目の前の食よりも、懐かしい友に会いに行きたいという気持ちの方が勝っているということだろう。 『・・・それにしても・・・』 賑やかな市に隠れるように、なにやらざわざわと胸の辺りが騒がしい。 いつもは閉じたままでいる瞼をうっすらと開けてみれば、足元を流れるように(うごめ)く赤紫の影が見えた。 『・・・・・・・・・・・』 その影をジッと見る遠雷の表情は変わらない。前を行く昂遠もまた同じだろう。 わざわざ自分から厄介なことに首を突っ込む必要はない。そんなことを思いながら、遠雷は前を歩く彼の背に視線を向けることにした。 少しずつ市が遠くなっていく。後ろ髪を引かれていることを悟られたくない遠雷は更に会話を続けるが、その意識は先程の市の串焼きに留まっている。 「・・・その者は・・」 「ん?」 「妻子がいるのか?」 何故、そんなことを聞こうと思ったのかは自分でも分からない。けれど、この空気を変えたいと思っていた事だけは確かだった。 「ん?ああ。いるぞ。確か・・息子が三人いるはずだ。父親は長棍の使い手でな、息子たちがそれを習おうと小さな身体を動かして父親に向かって行く姿が何とも可愛くてなぁ」 「ほぅ」 懐かしい。ぽつりと呟くようなその声に『嗚呼。やはり、親しい間柄だったのだな』と、そんなことを遠雷は思う。胸の中に浮かんでは消えていく、このもやもやとした感情を何と伝えて良いものか分からない。しかし何とも言えないその居心地の悪さに彼の眉が少し歪んだ。

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