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「・・・・」 床に転がっている人の亡骸につま先が触れる度に腰を降ろし、腕や衣に指を伸ばしてみるも、これと言った反応は返って来ない。状況を詳しく知るために卓上に手を伸ばして初めて、指の先に箸のような細長い何かが置かれていることに気が付いた。 「・・・箸・・だが、皿は無い。これは草か・・野草?いや、薬か・・ん?」 散らばった草に手を伸ばしているうちに、硬い何かが指に触れた。 よく見るとそれはうつ伏せの姿勢になったまま息絶えている女のようであった。 「・・・・・・・」 彼はゆっくりと女の背後に回ると、その亡骸に手を伸ばした。 女の結った髪は乱れ、長い髪が背中にまで伸びている。そのまま腰に触れると、今度は顔に手を伸ばし、咥内に指を差し込むとフムと頷いてまた先を見た。 どうやら、外にいる者達を襲った凶漢(きょうかん)は、それだけでは飽き足らず、見つけた女を片っ端から犯してはその命までも奪って去ったらしい。 女の表情までは確認していないが、穏やかな表情ではない事だけは確かであろう。 「・・・・・・・・・」 壁伝いに歩き、そのまま厨房に向かってみるも、鍋には調理をした形跡は何処にも無く、鍋の中には何も残されてはいなかった。鳴き声に気が付き鍋の先に視線を向ければ、数羽の鶏が籠の中で羽をバタつかせながら歩き回っている。よくよく目を凝らせば天上に吊るされた籠のような物から葉がだらりと垂れ下がっているではないか。 「あれは野菜か・・?」 奇妙なこともあるものだ。 それがこの小屋に足を踏み入れて得た違和感だった。 綺麗すぎるのだ。全てが。 貴族はもとより、どのような身分であったとしても、復讐をさせない為に一族の命を奪い立ち去るという光景は、この国ではけして珍しいものではない。その場合、夜盗に見せかけるために命を奪うだけでなく、ついでに金品をむしり取り食材まで奪っていくのが常だ。 死人は飯を食わない。金も使わない。だからじゃないが、生きている者がそれらを手にし、友好的に使う。それに関しては遠雷(エンライ)も同じ意見である。 昂遠(コウエン)は刑部の役人に全て任せるというかもしれないが、それだって最終的には役人達の袖に消えるのだから同じことだ。 それに比べてこの光景は何だ?息絶えているのは住んでいた人間ばかりで、鶏を始めとする動物たちは健康的に歩き回っている。酒の入った壺もそのまま置かれ、蓋すら開けられていない。棚に手を伸ばせば、衣服も書物も薬に金さえも綺麗なまま残されているではないか。 これを奇妙と言わずして何と言う? 遠雷は何度も首を傾げていたのだが、外の様子が気になってしまい小屋の外へ出ることにした。 『状況がよく分からない』 やはり最初に思ったのはそれである。昂遠から聞いていた家族の人数はおよそ五名。住む人数を考慮したとしても、この狭い小屋の中では(しょう)(寝台にも出来る長椅子)を確保するだけでも大変苦労するに違いない。 だが、実際のところ、小屋には息絶えた者が三名。机にうつ伏せの姿勢で倒れていた女に加え、床に転がっていたのは男が一人と女が一人だ。 それに、外にも数名もの亡骸が転がっていなかったか・・? 「物盗りでは・・ない?」 外に出てふと空に視線を向ければ、朝から曇りがちだった空がゴロゴロと唸っては灰色の雲を揺らしている。 「雨が降るな」 そんな事を呟いて暫く小屋の外を歩いていた遠雷は、市場で昂遠が話していたある事を思い出した。 「・・・長棍・・とそうだ。子どもは何処へ行った?」 確か、昂遠が覚えている範囲で話していた家族は五名。 長棍の使い手の父親に子が三名、妻が一人だ。 そう考えると家の中に女が二名倒れているというのも奇妙な話だし、ぼんやりとしか確認できないが、他にも息絶えている女がいるというこの光景は何処から見ても妙である。 『それにしても・・・』 遠雷はうんざりしたような表情で腰に手を当てて、本日何度目かの重い息を吐いた。

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