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受けた衝撃が強すぎたせいだろう。肩を落としたまま友を探す昂遠の姿を思い出した遠雷は
「仕方ない。やるか・・・」
と呟くと、強張った筋肉をほぐすように身体を何度もねじり始めた。
そうして、直立の姿勢に戻ると、瞳を閉じて何度も深呼吸を繰り返していく。
すると、ゆっくりと熱が体内に入り込んでいくのがすぐに分かった。
彼は下ろしていた手をゆっくりと腹部まで上げると、呼吸を整えながらコポコポと湧き上がる水を想像した。
深呼吸を繰り返し、その動きに合わせるように、新鮮な水が身体を満たしていく様子を脳内に描きながら、手を上下に揺らせば、体内を廻る気が流れる水の如く揺れ、循環していく様がありありと浮かび上がってくる。
伸ばした手を一度揺らし、甲を上にして足を肩幅程の広さに開き、身体を左に揺らしていく。掌で風をすくうように撫でながら、緩やかな動きをそのままに右へと動くと、揺れる度に長い袖がはらりと風に舞い、銀色の髪がキラキラと艶を帯びてくる。
頭部から足の先まで自身の姿が消えていく感覚を直に感じながら、ゆっくりと体の力を抜けば、ふわふわとした浮遊感が全身を満たしていった。
次に身体を左右に揺らしながら掌で円形を作ると、球体を作るようにクルクルと回転させていく。そうすると最初は小さかったはずの円が段々と大きく変化し、やがてフワフワと浮かぶ球体へと形を成していった。
彼は呼吸を整えながら球体の中に気を溜め込むと、息を吐く動作に合わせてその円を自身の腹部へと押し込んだのである。
「・・ぐ・・」
押し込むと同時にドッと全身から冷汗が吹き出し、汗が何度も頬を伝い落ちていく。
彼は肩幅まで足を開いたまま手の甲を上にすると、息をゆっくりと吸い込む動作に合わせて、今度は自身の目の位置まで移動させるように手を動かした。
体内に激しい風が吹き、袖がヒラヒラと左右に揺れる。それは、同時に彼の長い銀髪をも動かすほどの衝撃であった。
ふぅぅと息を整えて初めて閉じていた瞼を持ち上げる、と先ほどまでぼんやりとしか見えていなかった視界が段々とハッキリ見えてくる。
彼は乱れた髪を整えるように前髪を何度もかき上げ、ちらりと亡骸に一瞥を向けたかと思うとフイっと顔を逸らし、足早にその場を立ち去った。
少し歩くと腰を落したままの昂遠の背が見えてくる。
遠雷は重い息を吐き出すと、静かに彼の側に寄り添った。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・まさか、赤子の命まで奪うとは・・」
昂遠の声が段々と小さくなっていく。眼下に視線を向ければ赤子を庇う様な姿勢のまま息絶える女の姿があった。衣が乱れていない所を見ると、どうやらこの者は手籠めにされる事無く息を引き取ったのだろうと容易に推測できる。
その事にホッと安堵しつつも、この先の事を考えずにはいられなかった。
「・・・旧友には会えたのか?」
「・・・いや。まだだ」
「そうか」
「刑部に届けねば・・」
「いいだろう別に」
「・・・・・・・・・・」
「この山奥を通った者がいれば、すぐに刑部に連絡が行くはずだ。だがかなりの時間が経過していたのに動く様子は見られない。誰もここを通らなかった証拠だよ。昂」
「・・・・・・・・・・」
「どうする?」
「・・・・・荼毘に伏す」
「・・・わかった」
それだけを言うと遠雷はまた踵を返すように小屋に向かって歩き始める。
昂遠の声だけがか細く響いた。
「何処へ行く?」
「埋葬するんだろ?農具を取って来るんだ。土を掘って埋めなきゃならねえ」
「・・・ああ・・・そうだな」
呟いた昂遠の声は遠く、吹く風に溶けて消えてしまった。
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